第21話 別れ


“依ちゃ〜ん!おばあちゃんきたわよ〜。”


鉄平と別れを惜しんで身を寄せていると、祖母が祖父を連れて訪ねてきた。


現在時刻は、午後6時55分。


「あ、おばあちゃん...。」


“あらぁ?依ちゃんも可愛い坊やも、泣いていたの??”


祖母は、鉄平の顔を覗き込むと、よしよしと頭を撫でた。

祖母くらいになると、35の立派な男性でも坊やになるらしい。


“ばあさん、そこは黙って見過ごせ...。男は泣き顔なんて見られたくないもんだ。

すまんなぁ、若者。

妻は、パーソナルスペースが昔っから壊れてるんだ。

まぁ、そんなところも好きなんだがな!がっはっはっ!”


いきなり惚気をぶっ込んできた。

依は、呆気に取られた。どうやら、祖父は情熱的らしい。


依は、動く祖父を見るのは今回が初めてだった。

物心ついた頃には、すでに鬼籍に入っていたから祖父のことはほとんど知らない。


対面した祖父は、50代半ばという感じで、立派な体躯をしていた。

なるほど、確かにおばあちゃんがいうように男の中の男っぽい。

豪快に笑うところなんか、人情家っぽい。


「おじいちゃん。初めまして。依だよ。」


”おぉ!依!!本当に、見えてるんだなぁー。

毎年、私がきても気づかれなかったから、婆さんが依と話してきた、って自慢してきても理解できなくてなぁー。“


”ね!だから言ったでしょう。依ちゃんとお話したって。“


もうっ!と頬を膨らませながら、祖父を怒るが、その顔はどこか嬉しそうだ。

祖父と一緒にいられて幸せなんだろう。


「おじいちゃん。いつも気づかなくってごめんね。

私も、なんで今年はおじいちゃん達が見えるのかわかんないんだ。」


”何十年も、お盆に帰ってきてるが、見えるやつなんてほとんどいないぞ。

今まで2人かな...。あ、こいつ見えてんなって思ったのは。“


「そうなんだ。

でも、他の幽霊は、見えないの。

ここにいるみんなしか見えないの。なんでかなぁ〜。」


”そればっかりは、わからないなぁ。

神のみぞ知るってところじゃないか?“


「神様っているの??

おじいちゃん、会ったことある?」


”ない。“


「ないのっ!?」


依は驚愕した。横で、鉄平も目を見開き驚いている。


「じゃあ、天国ってどんなところ??」


鉄平も真剣に祖父の話に耳を傾ける。

鉄平は、まだ天国には行ったことがない。

気づいた時は空を漂っていたからだ。

これから行く天国が、どんなとこか気になるのだろう。


”んー。それは...、なんとも形容しがたいところだな。

だが、悪いところではないってことだけは言える。“


「そうなんだぁ。そっかぁー。」


よかったね、鉄平さん。安心したね。と、依は話しかける。

だが、鉄平はそれよりも気になることがあった。


”あ、あのっ!

来年も、お盆の時期になればこっちに帰って来れるんでしょうか?“


”ん?あー、お前さんは、ばあさんが拾ったんだったな。

名前はなんていうんだ?私は、依の祖父の立花幸雄っていうんだが。“


”僕は、佐久間鉄平と言います。“


ここにきて初めて、鉄平の苗字を知った。

最初の自己紹介で、名前しか交換してなかったからだ。


”鉄平か、なるほど。

来年も来れるのは間違いない。毎年、私がこっちに帰ってきてるからな。

生まれ変わらなければ、来れるだろう。“


鉄平は、ホッと一息ついた。


「おじいちゃん、生まれ変わるタイミングってあるの?」


”ん?あるんじゃないのか?

そうじゃなければ、現世は幽霊で溢れかえってるぞ!ガハハ!

未練がなければ、生まれ変わるんだろうよ。

私に限っては、ばあさんがくるの待ってたから、ずっと天国にいたぞ。“


”あら?そうなの?

嬉しいわぁー!待っててくれてありがとう!“


”当たり前だ。ばあさんは、私の半身だ。

だから、ばあさんが、子供達の成長を気にしなくなるまでは、天国にいるだろう。

生まれ変わるなら、ばあさんと一緒がいいからな。“


ふんっと男くさい笑みで、おばあちゃんを見つめるおじいちゃん。

それに応えるおばあちゃんも、本当に嬉しそうだ。

互いに愛し合っていて、素敵な夫婦だ。


ちょいちょいと、鉄平が依の指を引っ張り、依の意識を自分によせ口を開いた。


”依さん。

来年もここに来ていいですか?“


鉄平が依に向き合い答えを待つ。

ちょっと不安そうにしているが、当然、依の答えは『YES』しかない。


「もちろんです!そんなこと聞かなくても、帰ってきてくれると当然思ってましたよ。

1年に4日だけだけど...それでも、私は帰ってきてくれたら嬉しいです。

だって、織姫様と彦星様よりマシ...、そうでしょう?」


依は、自分に言い聞かすように鉄平に話しかけた。


4日しかじゃない。4日もあるんだ。きっと来年も会える。


そんな心中を表すかのように、触れ合っていた依の大きな指と鉄平の小さな手は、どちらも震えていた。

体の奥からでてくる、身を裂かれるような切なさに、小さな震えが止まらない。


”そうですね....、その通りですね。

ふふ、癒し姫と笑わない王子は、1年に4日だけ逢瀬ができるんですね。なんだかロマンチックですね。“


二人は泣きそうになりながら、無理やり笑顔を作って微笑む。

最後の印象は、泣き顔より笑った顔でいたい。涙は、なるべく出したくない。


そんな二人の様子を見ていた祖母は、気づいてしまった。二人がただならぬ関係になっていることに。


”あらあら?依ちゃん。そういうこと??

あらぁ...。おばあちゃん、恋のキューピッドになった感じ?

孫の幸せは、嬉しいけどぉ。

ちょっと複雑ねぇ〜。

なかなか難しい恋愛よぉ。幽霊と人間じゃ種族も違うし、流れる時間も違うわぁ。“


祖母の心配は、ごもっとも。

だけど、依の覚悟はとうに決まってる。


「もう、そういうことで悩むのは過ぎちゃったよ、おばあちゃん。

そういうの含めて、鉄平さんを好きになっちゃったから。

この人しかいないって、わかっちゃったの。」


依のこの言葉を聞いて、鉄平は愛おしげに依を見つめる。

僕が愛した人は、なんて強くて素敵なんだろう。


”ばあさん、それは余計なお世話ってもんだぞ。

ほら、二人の顔を見てたら、納得できるだろう。

満ち足りた顔をしてるじゃないか。

はっはっは!結構、結構。

鉄平くん、依をよろしくな。

あとな、天国に行っても依の様子は、たまに見ることが出来るぞ。

手も出せないし、話すことはできないが。

わからないよりマシだろう。

それに対し依は...寂しいかもしれんな。

来年まで鉄平くんが何をしてるかわからないからな。

不安になるかもしれんが、まぁ、頑張れ!

ばあさんの血が入ってるお前なら大丈夫だ。

何せ、何十年も会えなくても私一筋で、ずーっと思ってくれてた良妻だ。

ありがとうな、ばあさん。“


慈愛に満ちた目で、おばあちゃんを見つめるおじいちゃん。

おばあちゃんも、ふふっと微笑んでいる。


そして依は、そんな二人の仲睦まじい姿を見てたら、生前のおばあちゃんの様子を思い出し笑ってしまった。


「ふふ、そうだったね。本当だ。

おばあちゃん、いっつも、惚気てたわ!

私も、頑張る!」


祖父はふむと一つ頷き、孫は大丈夫そうだと安心すると、時計をチラリと見た。


”そろそろかな。あんまり遅いと近所迷惑になる。

依。送り火で送ってくれ。“


時間を見ると、7時20分になっていた。

ちょっと話しすぎた。

遅くても、8時には終わらせといた方がいい。


「ほんとだ。大変っ、みんな茄子に乗って。」


庭先に茄子の精霊馬を3つ並べる。

幽霊の存在を知ったから、人数分の茄子を用意したのだ。


”依さん。また、来年会いましょう。“


「はい。鉄平さん。お待ちしてます。」


涙を堪えて、見つめ合う。さよならは言わない。


鉄平は小さな体で伸び上がると、依の唇にキスを一つした。

今度は、端じゃない。真ん中に。


”名残惜しいですが、何回もすると立ち去れないので...

また来ます!“


とびっきりの笑みを依に向けると、さっと茄子に乗って、前を向いた。


依は、準備が整ったことを確認すると、新聞紙にマッチで火をつけた。


火がオガラに移り、煙が出てきた。

風がないので、天に向かってまっすぐ煙が伸びていく。


すると、実物の茄子はそこにあるのに、ふわりと精霊馬が浮いた。

分身した精霊馬がみんなを運んでいくようだ。


”依ちゃん、またね。“

”依、またな。“

”...依さん。愛しています。“


ゆっくりと空を歩き始める精霊馬。

最後に振り返り、みんなが別れを告げた。

だが鉄平だけは、別れの言葉じゃない。

最後の言葉は、依の心に刻みつける鉄平の強い想い。


心の奥深くまで釘が刺さるように...、ありったけの愛を込める。


忘れないで。待ってて。

誰もその場所に、近づけないで。

誰よりもあなたを愛している。

毎日、毎秒、僕のことを考えて。


重い重い愛の情熱をただ一言の『愛してます』に込めて...。



依は、涙を堪えて、見えなくなるまでジッと鉄平を見つめていた。

そして、完全に見えなくなると。


「わたしも...あいしてます...。

鉄平さん....、来年も待ってます。」と、つぶやいた。

依はそっと、囁くように空に向かって、言葉を紡いだのだった。


依は、鉄平たちが見えなくなっても、少しずつオガラを足して煙を出し続けた。


途中で道がなくならないように。

天国まで無事につくように...。

慎重に慎重に、オガラを火にくべていった。


柔らかな火に照らされた依の顔には、涙がつぅーとひとすじ流れていた........



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