第20話 来世があるなら...

「あ、愛する人...?」


依は、鉄平を抱きしめていた力を緩めて、目を合わせた。

鉄平は、目を見開き依を見ている。

鉄平も涙が止まったようだ。


“僕が言った言葉....聞こえてま...し、た?”


「...はい....。聞こえちゃいました...。」


しばらく黙って見つめ合う二人。

互いに今起きてることが、信じられず静止している。


先に、現実に戻ってきたのは、鉄平だった。


“あ、あ、あ。あの!えっと、愛する人っていうのは....。

違くて!いや、違くなくて...。“


ワタワタと焦る鉄平。

何か言い訳をしなくてはいけないと思っているが、まともな思考が戻ってこない。

聞こえてしまったことで頭が真っ白になったし、今もまとまらない思考回路に四苦八苦していた。


とにかく、愛を伝えるつもりはなかった。

今日が終われば、自分は居なくなる。

そんななか、告白するのは自分の自己満足でしかないと思っていたから...。


それに、将来のある愛する女性に、同情もされたくなかった。

居なくなる自分に、その場限りの色好い返事なんか要らない。

きっと、依の優しい性格上、告白を断るということは無いんじゃないかと思ってる。

同じ気持ちでなくても、多分、いや多分じゃないな、きっと表面上は受け入れてくれる、優しい人だから...というのは想像に難くない。

だからこそ、自分の気持ちは言わずに、言葉や態度や目線に愛を込めていた。

自己満足で一方的な愛をささげていた。

自分という幽霊が、好意を寄せていたんじゃないか。と、一時だけでも依の心の中に植え付けられれば、それで満足だったのだ…。


正直な気持ちをいうと、『自分という存在を、永遠に依さんに縛り付けたい。』


しかし、幽霊である自分がそんなことを望んではいけないということはわかっている。

でも、だけど...。いつまでも自分のことを引きずって生きて欲しいという気持ちが捨てられない。諦められない。


僕は、あさましい。


将来彼女の心を占めるだろう未来の旦那が、憎くて仕方ない。そんな奴、一生現れなければいいのに。

できれば、今、依さんに死んでもらって…。


そして、一緒に、天国に行きたい!

このまま攫って行きたい!

でも...、ダメだ。


本能のままに行動すれば、もうそれは悪霊の類だ。

生身であれば、ヤンデレというものになるんだろう。

生きていた時には、自分にこんな一面があるなんて想像もしなかった。


理解した途端、唖然とした。

自分は、人を愛するとのめり込むタイプだったのか。

それも病的に…。


「鉄平さん??」


“あ、依さん。すいません…。

何といったらいいのか、まとまらなくて…。”


でも、それじゃいけない。

依さんが、僕の言葉を待ってくれてる。何か言わなくては…。


意を決して、言葉を紡ぐ。

もう知られてしまってるのだから。ちゃんと、けじめをつけなくては。


“あの…、ですね。僕も…、隠そうとしてなかったので、うすうすわかってたと…思いますが…。”


一度言葉を切って、ぐっと歯を食いしばる鉄平。


そして、意志の強い視線を向けて、ただ一言。


“好きです。”


この4文字に鉄平のありったけの想いをのせて、依に告げた。


鉄平の視線が、まっすぐに依を射抜く。

鉄平の視線は、真剣そのもの。

ピンと張りつめた空気に、強い気持ちが伝わってくる。


依の心は、ドクドクと早鐘をうつ。

嬉しくてむずがゆくて、ギューッと締め付けられた。


嬉しい気持ちがほとんどだが、やっぱり苦い気持ちも片隅にある。


身を任せるには、未来がない。

堰き止めていた好きな気持ちが、素直に表すことが出来ない。

最後のひと回しが、かちりとはまらない。

でも...。


課長の時とは違う。鉄平さんとなら...。


とまどうし、せつないし、口を開くことが重く難しく苦しいけど、答えは一つしかありえない。


迷いはない。

ただ、『好き』のみ。


でも、私も好きだと応えたら、鉄平が現世に未練を残すことになるのでは…?

それだけが気がかりだ。


だから、なかなか返事が出来ない。

すると、沈黙を破って鉄平が言葉を続けた。


”ただ…依さん。

僕は死んでいる身です。貴方を養って幸せにしてあげることが、どうやったって出来ません。

だから、答えを欲しいわけでは…”


悔しさを隠すことなく、絞り出すような声を出す鉄平。

そんな鉄平に、依はハッとし、言葉途中ではあったが、慌ててとりなすために口を開く。


「わ、私はっ!!

そんなこと望んでません!望んだこともありません!

そもそも養われるつもりも、一方的に幸せにしてもらうつもりもないっ!」


専業主婦に憧れはない。

生涯をともに歩む人とは、支えあい、寄り添い、自らも相手のことを幸せにしたい。

それが、依の理想の夫婦像だ。

だから、そんなことで不安になるのは見当違い。

ただただ、そばにいて欲しい。


「私は…、鉄平さんが…そばにいてくれるだけでいいんです。

鉄平さん。私も貴方が…、好き、…なんです。」


依の目からは、涙がポロリと落ちた。

喋っているうちに、胸が張り裂けそうになり涙がたまらず溢れてしまった。


鉄平は、必死に手を広げ依の顔を抱きしめる。

依も鉄平の手に顔をすりっとすりつけ、鉄平のぬくもりを心に抱く。忘れたくない。一生覚えていたい。鉄平の声も香りも、生きた人間よりも冷たいぬくもりも、思い出もすべて。


時間が永遠に続けばいいのに…


二人の思うことは一緒だった。


「ふふふ、鉄平さんと私、両思いだったんですね。知らなかった。」


”僕も、思ってませんでした。依さんは、僕の事ペットのように思ってるのかと…。”


「まさかっ!そんなことありえません。最初から、鉄平さんは男の人でした!」


”ほんと?”


「はい!すごくドキドキしてましたよ。鉄平さんのスーツの残り香なんて、すごかったです!」


”あー、あれね。うーん、多分、あれは僕のことでドキッとしたわけじゃないんじゃないでしょ。もやっとしましたもん。“


「え?ソウダッタカナ?」


依はその時のことを思い出して、片言でとぼけた。

そうだった。鉄平さんの匂いで、課長の匂いを比較してあの夜の事を思い出して、恥ずかしくなったんだった。

思っていたより依のことを、よくみていたらしい。


鉄平は、あの時、自分以外の男を思い出して赤面した依に嫉妬した。

多分、今までの話からして、沢崎という上司なんだろう。完璧超人という男。

でも、以前はどうあれ、依に選んでもらえたのは自分だから、気にしないことにする。


今は、依との触れ合いの方が大事である。

時間は有限である。


”依さん。この4日間楽しかったですね。”


「そうですね。こんなに、自分を偽ることなく自然に過ごせたのは、鉄平さんが初めてでした。」


”僕もです。女性の前で、笑えたのは初めてです。

依さんは、陽だまりのように僕を温めてくれました。いつも、この辺がポカポカして、幸せでした。”


鉄平は、胸に手を当てて、ゆったりと微笑む。

いつも、仕事上必要な時でも義務的な笑顔しか女性にむけていなかった自分が、こんなにかわるとは…。

愛はすごい。


「わたしも、幸せでした。ほんとに、胸がポカポカしてました。

一緒にいればいるほど、しっくりときて…。

きっと、前世では夫婦だったんじゃないかな、なんて思ってました。言い過ぎかな?ふふふ。」


”実は、僕も思ってました。運命の女性がいるなら、依さんだと…。

そっか、前世で僕らは夫婦だったと考えると、確かにしっくりきます。”


二人は、涙をためながらも微笑みあう。


”依さん。僕は、死んでしまったけど、今世もあなたに会えて良かった。

願わくば、来世は生きて会いたいです。”


鉄平は、額を依の手にあてて、懇願する。

依は、反対側の手で鉄平の体を抱き寄せた。


トクトク トクトクっと、依の穏やかな心臓の音が鉄平の耳に響く。


「わたしも。来世があるなら、鉄平さんを探します。

そして、鉄平さんとまた牧場に行きたいです。」


再び涙が、互いの目からぽろぽろと流れ出す。

小さな額と大きな額をそっとくっつけて、泣きながら微笑んだ。


もうすぐ7時。タイムリミットだ。

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