第19話 最終日
早いもので、今日は鉄平さんと過ごす最後の日、8月16日。
今日の夕方、送り火で鉄平さんは天国へ帰ってく。
朝一番に起きて鉄平の寝顔を見た依は、ぎゅーっと胸が苦しくなった。
目に水の膜が勝手に張られて、鼻がツンと痛くなる。
好きだと気づいたら、別れることが余計に辛く胸が引き裂かれそうになった。
鉄平さん....。
今日で最後だよ。
すごく寂しい。もう会えないなんて、実感湧かないよ。
延々に、今日が続けばいいのに...。
鉄平との思い出が、依の中で走馬灯のように駆けめぐる。
そういえば最初会った時、すごいイケメンきたぁって驚いたんだよね。
私のおじいちゃんが、こんなにかっこよかったなんてすごい!って、見当違いの勘違いしちゃったのも懐かしい(笑)
お供えしたら小さくお茶が現れた時、二人で唖然としたのも懐かしい。
私の簡易仏壇のスペックが凄かった件も...。
スーツなんて、畳まれて顕現したし(笑)
水羊羹をちまちま食べていた鉄平さん、可愛かったなぁ。
幽霊が飲食できる事実にも驚愕したなぁ。
それに、この家で初めて他人と向き合って食べる食事は、得難い経験だったな。
楽しくて、美味しくて、ほんと幸せだったぁ...。
凝ったものなんて作ってなくても、毎回「美味しい」って言ってくれて、満足そうに食べてくれる姿....ほんと嬉しかった。
ただの食事なのに、毎回嬉しくなって楽しくて...明日から食べるの嫌になりそう...。食べるたびに鉄平さんを思い出すんだろうな...。
お風呂もイヤイヤだったけど、覗かしてくれて。うふふ。
色気が爆発しちゃったグラビア写真は、絶対消せない(笑)
水着をつまみ上げて、すごく焦ってたなぁ。
可愛かったぁ〜!
はぁ、癒し。ほんと好き。
ショッピングモールのお出かけも楽しかったし。
目新しいことに、キョロキョロしている鉄平さんが楽しそうで、微笑ましかった。
途中で、南さんに会ったのはびっくりしたけど。
あ、そういえば....全然、課長のこと思い出さなくなってた。
うわぁ、私って!!あぁぁぁ、薄情!?
違うか、薄情じゃなくて、尻軽?いや、お尻は無罪ね!
んー、単純?お手軽女??
しっくりくる単語がないけど.....、しょうがないじゃない?
鉄平さんが、好きになっちゃったんだから。
数日しか過ごしてなくても、鉄平さんが居るのが自然なことだと、胸にストンと収まっちゃったんだもん。
一生に一度の恋をしちゃった。
この人が運命の相手だと思っちゃった。
いい男代表みたいな、課長のことでさえも忘れちゃうくらい、好きになっちゃった。
考えれば考えるほど、鉄平が好きという感情が溢れてくる。
依はその度に、忙しくニヨニヨしたり、破顔したり、慌てたり、赤面したりと忙しない。
その様を、いつのまにか起きていた鉄平が繁々と観察していたのは気づかなかった。
少し前から起きていた鉄平は、依が幸せそうに微笑んでるところから、現在顔を赤くしてジタバタしているところまでバッチリ見ていた。
依さん....、朝から百面相していて可愛いなぁ。と、微笑んでいた。
ひとしきり、依の様子を堪能してから声をかける。
“ふふ、依さん!おはようございます。”
「あ、お、おはようございますっ!!起きてたんですね!」
“はい。起きてましたよ。”
「ま、まさか、見てました...?」
“いいえ。見てませんよ?依さんが顔を覆ってジタバタしている姿なんて、見てませんよ。”
「見てたんじゃないですかぁぁぁ!!」
はははと弾けるように笑いながら依を揶揄う鉄平に、もうっ!と顔を朱に薄く染めながら怒る依。
こんなひと時が幸せで、楽しくて、せつない。
互いに、リミットが決まっている共同生活に焦がれ翻弄される。
好きだと言っても相手に迷惑をかけるのが、互いにわかっているから余計に恋焦がれる。
現世に残される依には、鉄平という枷が残るだろう。
将来を少なからず縛り付ける。
死んでいる人間が、言い逃げなんてずるいだろう。
もう後がない鉄平からの告白を拒絶するのは、依には難しいはず。
拒絶した場合、鉄平が居なくなった後に、後悔を抱えて生きていかなくてはならない...。
仮に依も鉄平が好きと受け入れてくれた場合、もう誰とも結婚できなくなる可能性が高くなるだろう。
そして、依は依で同じようなことを考えていた。
もし依が告白し鉄平も同じきもちだったら、鉄平が現世に留まりたいと未練が生まれてしまうだろう。
気持ちを受け入れられなくても、依を振ったことで心苦しい気持ちにさせた状態で、鉄平が天国に行くのは本意ではない。
だって依は、鉄平に約束したのだ。
「ここにいる間、幸せにする!」と。
笑顔で送り出さないといけない。
モヤモヤさせた状態で、天国に行かせるわけにはいかない。
朝食を食べ終わった二人。
最後の1日の今日は、いつも依が過ごす夏の過ごし方を提案した。
庭で、お酒を飲みながらプールで涼む自堕落大人の過ごし方だ。
依と鉄平は、全身に日焼け止めクリームを塗る。
幽霊が日焼けをするのかは、わからないが念のため。
この幽霊、飲食もできるし、汗もかくし、匂いもする。
日焼けもしそうだ。
ただ、汗はかくが、皮膚の表面温度は冷たい。
幽霊には謎が多い...。
依は、水をプールにはり、パラソルを広げて、飲み物も用意した。
鉄平用の小さなプールも用意した。
ただの洗面器であるが、小さな鉄平にはプールになる。
あとは水着に着替えるだけ。
鉄平は、ラッシュガードに着替えて依の着替えを待つ。
「お待たせしました!」
依が、ウキウキ脱衣所から出てくると、鉄平は固まった。
あまりの依の可愛さに心の中で悶える。
か、可愛いっ!!うわぁ、足が綺麗なのは知ってたけど、思ってたより腰が細いし!胸が大きい!えろすぎっ! と、口には出さないが、依の魅力に打ちのめされていた。
依の白い肌に、水着が映える。
ホルターネックのワンピース。白地にカラフルなエキゾチック柄。
胸の部分には、フリルがあしらわれていて谷間はしっかり隠れているが、胸が大きいためそのフリルが体から浮いている。それが余計にエロくさせている。
背中はガバッと開けているが、数本の紐が後ろで交差しているので肌が適度に隠れている。
紐の締め付け感が、スラリとした肩から腰までのラインを強調して、すごく魅力的であった。
“依さん、可愛いですね。似合ってます。”
「ほんとですか!?嬉しい!
でも、学生の時のだからちょっと子供っぽいんです。
こんなことなら、大人っぽい黒いビキニでも買っとけばよかった〜。」
黒ビキニ!?とぎょっとする鉄平。
いやいや!
黒のビキニなんて着られたら、僕の僕がえらいことになったはず!!よかった...依さんに、ゴミ屑を見る目で見られなくて本当によかった!!と、心の中でしみじみ思う。
“依さんは、可愛い水着の方がいいですよ!
スタイルが良すぎるので、危険ですよ。男は狼なんです!”
冗談ではない!こんなに魅力的なんだから、やめて!!
「またまた〜。そんなことないですよ。
私なんかに、反応なんてしません。
周りに素敵な女性がいっぱいいるんですよ?わざわざ、私なんて。」
ケラケラ笑い、本気にとらない依に思わず鉄平は、「そんなことない!」と、強く声を張り上げた。
“依さんは、自己評価が低すぎますっ!
いいですか!?依さんは、素敵です!
スタイルがいいし、顔も可愛い!
目元は、くりっとしてるし、少し垂れ気味なところが癒されます。口は、ぷるんとしていて、エロいです!食べつきたくなるんです!
それにっ!!
明るくて前向きで努力家で家庭的で、笑うと癒し効果が抜群で、それでい「わぁぁぁっ!!もういいです!ストップ、ストップ!恥ずかしい!」て...、”
依は、鉄平の怒涛の褒め言葉に一瞬ポカンとしたが、じわじわと恥ずかしくなり居た堪れなくなる。
思わず途中で言葉を遮った。
“まだ、あるんですが...。”と、恨みがましい目で見る鉄平。
「もういいです...。
鉄平さんに褒められて嬉しいんですが、とにかく恥ずかしいです...。
もう勘弁してください。」
依は、ぷしゅ〜っと、頭から湯気が出そうなほど赤くなった顔を両手で覆う。
そんな依のことを、鉄平は可愛いなぁと、顔を緩ませながら微笑んで見ていた。
好きだと言えない代わりに、言葉と態度で仄めかすくらいは許してほしい。
できれば、自己肯定感を持たせて、異性に対する危機管理を持って欲しい。
見た目が清楚でおとなしげな女の子だから、押せばいけると思うバカ男がこれからいっぱい出てきそうだ。
だけど、これからは、自分はそばにいられない。守ってあげることもできない。
たとえ、そばにいれてもこんな姿では...。
抱きしめられないし、依さん以外の人には触ることも出来ないから火の粉を払うことも出来ない。
自らの小さな手を見つめて感傷的になる。
「鉄平さんっ!!早く入りましょう!」
羞恥心から立ち直った依が、逃げるように庭に出てプールに浸かった。
ザブンっと、水飛沫が立ち上がり、依が笑う。
冷たくて気持ちぃ〜!と、振り返って笑った。
鉄平は、そんなキラキラした依の行動が眩しかった。
鉄平も庭のプールに向かう。
途中、ベランダから庭に降りる必要があるのだが、高さは鉄平の背丈よりも高い。
よって、ベランダから地面に降りるときは慎重になる。
指を枠の端っこに引っ掛けて、ゆっくりと体を足から外に投げだす。
全身を伸ばしても地面には届かない高さなので、だらりと体をぶら下げたあと、ヨイショっと勢いをつけてジャンプして着地した。
着地と同時にピコンっと電子音が鳴った。
音元の方を振り返って見ると、依が動画と写真を撮影していたみたいだ。
携帯をこっちに向けて、ニコニコ笑っている。
“依さん、僕の情け無い姿撮りましたね...?”
「ふっふっふ。はい!もちろん撮りました!
ちょっとした大冒険でしたね!
見てください!このぶら下がった鉄平さん。
背中しか写ってないのに、必死な感じが伝わってきませんか!?」
“ははは…、ほんとですね。僕、ダサっ...。”
もう少しで、足が地面がつきそうなのに、つかない。
なんとなく腕がプルプルしてそうな感じが、写真からそこはかとなく出ていた。
鉄平が入った洗面器を水面に浮かし、依がそれを抱え込むような姿勢でプールに浸かる。
大変、仲睦まじい雰囲気である。
持ち込んだデジタルパッドで旅行記を見ながら、あれこれ話す。ここ行ってみたかったとか、建造物の歴史など話に花を咲かせる。
どちらか一方が行った場所は、その時の思い出話を相手にしてあげて、穏やかな心地いい時間が流れる。
もう鉄平は、旅行に行くことは出来ない。
でもだからこそ、少しでも、行った気がしてくれたら良いなと思う。
そのあとは配信サイトで、映画を見た。
今度は、コメディータッチの探偵ものだったので、気恥ずかしい思いはしなかった。
依は、犯人がわからなかったが、鉄平は早い段階で犯人がわかっていた。さすが、頭がいい人は違う。
ちょっとした仕込みがあれば、必ず見つけて、ここが怪しいねと依に教えてくれる。
しかも途中で、“この人が犯人ですね。”なんて言うもんだから、映画を途中で止めて推理を聞いた。
映画の最後のどんでん返しで犯人が分かるはずなのに、途中でネタバレしちゃった事案である。
でも依は、途中でネタバレしても怒らないたちだ。
あらかじめ、小説を読んでから映画を見るタイプだから気にしない。
でも、大多数の人たちは、ネタバレをされたら怒るだろうってこともわかってる。
鉄平さん、私以外の人にやっちゃダメですよ?
鉄平が完璧に推理したため、映画のラストは復習する気持ちで、犯人が追い詰められる様を見た。
「名探偵てっぺいですね。」と、依が誉めると、鉄平が“真実はいつも一つ!まるッとお見通しだ!”などと、いろんな推理ものを混ぜて返してきて、ふふふと笑いあう。
ジョークも言える間柄になれたことに嬉しくなる。
穏やかな時間も癒されて好きだが、こういうふざけ合う時間も楽しくて仕方ない。
映像の鑑賞の仕方も、笑いの価値観も、常識の価値観もぴったりあって不快になることがない。
どんどん、深みにハマっていく。
時間は限られてるのに、好きになる気持ちが止められない。
それゆえに、だんだんと刻一刻と迫る別れが気になってしまい、気もそぞろになってしまう...。
どちらから言うこともなく自然とプールからあがった。
室内でテーブルを挟んで向き合う二人。
今回の鉄平の格好はキレイめ古着スタイルで、王子様っぷりに磨きがかかってる。
しかし、依のテンションは上がらない。
あげようとしても、別れを意識しちゃって無理だ。
携帯を構えて写真を撮ってはいるが、パシャパシャと おざなりな感じになる。
鉄平も別れる時間を意識してなのか、笑顔が固い。
20時には、送り火を終えなくてはならない。
もう時間がない。
「鉄平さん。最後の晩餐にしましょうか!」
依は、努めて明るく振る舞うことにした。
最後まで、楽しかったと思っていて欲しい。
来年、もし可能ならまた迎火で来て欲しい。
来てくれるなら、織姫と彦星よりもマシだ。
一日だけではない。4日も会えるのだ。
言い聞かせるように、心で何度も唱える。
来年もきっと会える…。
最後の夕飯は、一日中家にいたので朝から煮込んでいた角煮だ。
箸で簡単に崩れるほど味が染みた角煮に、青ネギをそえたもの。それと、野菜たっぷりのけんちん汁。スモークサーモンとかにかまを散らしたサラダ。
ご飯は、生姜の炊き込みご飯で、角煮の油っこさをさっぱりさせる。
もうちょっと最後の晩餐らしく豪華なものにしたかったが、依にはこれが限界だ。
付け合わせの常備菜を素敵な小鉢に少しずつ出して、彩り良くするので精一杯。
可愛い女子力の無さにへこむが、いつも通り鉄平が喜んでくれてるのでほっと胸を撫で下ろした。
「“いただきます”」
“今日も、美味しそうですね。いつもありがとうございます。朝から、いい匂いがずっとしていて楽しみにしてました!”
「最後の晩餐らしい、豪華なものと思ったんですが、無理でした...。面目ないです。
パーティー料理を作っても、2人じゃ食べきれないし。
残ったものを明日以降も食べるとなると、多分わたし泣いちゃうから。
鉄平さんとの楽しかった食事を思い出してしまうでしょう?
わたし..ここ数日の鉄平さんとの食事がほんとに楽しかったんです。
ほんとに幸せで…、明日から一人で食べなきゃいけないのが、...ぐすっ....寂しいです...。」
泣いちゃうと言いながら、喋ってるうちに苦しくなって、我慢できずに涙が出てしまった。
涙を止めようとしてるのに、涙が勝手に次から次へと出てきて止まらない。
“依さん.....。”
鉄平は、小さな手を懸命に伸ばして依の顔に添える。
涙を拭いてあげたいのに、届かなくて歯痒い。
頬までしか届かなかった。
”泣かないでください…。”
とんとんと頬にやさしくタッチして、励ます鉄平だったが、鉄平の目にも今にも溢れそうな涙があった。
依は、顔をあげて鉄平のほうをむく。
ふにゃっと笑うと、鉄平を抱き寄せた。
「鉄平さんだって、泣いてますよ?」
”気のせいです。35にもなった男は泣きません。”
「泣いてもいいんですよ。年齢なんて関係ないです。
思いっきり泣いてスッキリして天国行きましょ。」
”はは、生きてた時は泣いた事なんてなかったんですが。”
「いいじゃないですか。ほら、男が泣いて良い時は3回あるっていうじゃないですか。」
”結婚式の定番ですね、ふふふ。僕は、35にもなって独り身なんで、しょっちゅうスピーチで聞きました。
生まれた時、親が亡くなった時、自分が死ぬときでしたっけ。”
「そうです。最後のは諸説ありますけど、タンスに小指をぶつけたときとかオチに走るものもありますけど。
鉄平さんは、自分が死ぬときに不本意ながら該当してますよ。
思いっきり泣いて下さい。」
依は、ギュッと抱きしめる腕に力を込めた。
”ははは、そうですね。僕死んでるんですよね…。
はぁ~、悔しいなぁ。せっかく愛する人に会えたのに…。”
「え?」
鉄平は依に聞こえないくらいすごく小さくつぶやいたのだが、依が抱え込んでいたので、聞こえてしまった。
今言われたことが信じられず、依は何度も繰り返し脳で再生する。
愛する?愛する人?と、何度か繰り返すと、それが意味のある言葉として入ってきた。
衝撃で涙が引っ込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます