第18話 鉄平フィーバー
【ふれあい広場】
鉄平と依は、ふれあい広場にいた。
子羊にミルクをあげるためである。
一人で来た依は、ちょっとギョッとされた。
チラチラと、周りに連れがいないか確認された。
さもありなん。
牧場大好き女子ってことで、ほっといて。
思わずスンっと、無の表情になってしまった。
でも、そんなことは小さい子羊の前では些細なことで、すぐにでれっと顔が崩れる。
片腕に抱えられるほどの大きさで、毛並みは真っ白。
大人のくすんだベージュではなく、真っ白!
毛もサラサラで、耳がぴこぴこと動いて、めちゃくちゃ可愛いぃぃ!!
哺乳瓶を口元に持っていくと、クピクピと飲む子羊。
鉄平も依の膝に乗って、哺乳瓶に手を添えている。
哺乳瓶より少し大きい鉄平が、鉄平の何倍もある羊にミルクをあげる姿に、ほっこりすると同時に、笑いが溢れる。
どっちがお世話してあげてるんだろう(笑)
ミルクの量は少量だったので、あっという間に終わってしまって、ちょっと残念...。
このあとは、ふれあい広場で他の小動物と戯れる流れになっている。
スタッフさんに子羊ちゃんと哺乳瓶を返して、広場の方へ向かう。
しかし、子羊ちゃんがなぜか抵抗。
スタッフさんの腕に抱かれたくないというふうに、暴れ出した。
ぐいっと首を伸ばして、依と鉄平に顔を寄せる子羊。
そして、小さなお口を必死に開けて、鉄平の髪の毛を....、
食べた。
ムシャッ!!
「へ?」“わぁ!!”
見ると、鉄平の頭をはむはむしている子羊ちゃん。
どうやら、この子羊ちゃん。鉄平が見えているようである。
周りの人間には鉄平が見えないので、依の腕を子羊が食べてるように見えていた。
ギョッとしたスタッフが慌てて裏に子羊を連れて下がっていった。
その際、よだれが、だらぁ〜んと、解放された鉄平の頭から子羊の口まで伸びて、プチっと切れた。
“…。”
残されたのは、涎まみれの鉄平と依。
鉄平は、チベットスナ狐のような顔で静止している。
「ぷっ。あはははっ!」
覗き込んだ依がたまらず吹き出す。
小さな声で鉄平に話しかける。
「鉄平さん、大丈夫ですか(笑)?ぷっ、ふふ、あの子っ、鉄平さん認識してましたね。頭を食べられて痛くなかったですか(笑)??」
“依さん....、ひどいです..。えらい目にあいました...。”
ジト目で、依を睨む鉄平。
依と目が合い、そのまま二人で笑い合う。
イレギュラーの存在に、イレギュラーな出来事。
こんなことは、鉄平と依の二人しか経験できない。
ますます、絆が深まる二人。
しかし、笑いがおさまったあとは、残りわずかな時間しか一緒に居れないことを思い出して、ぎゅっと心臓が鷲掴みされるような切ない想いが二人を襲う。
幸せだと思うほど、終わりが近づくことが怖くなる。
その後スタッフが慌ててタオルを持ってきてくれたので、依の腕と鉄平の髪の毛を拭かせてもらう。
“臭い....。”
鉄平の全身から獣臭が漂っていて、苦虫を潰したような顔で鉄平が静止した。
依は再び、笑いが込み上げてきて、忍び笑いが止まらない。
依は、楽しくて楽しくて仕方なかった。
そんな依を見て、鉄平も楽しくて幸せな気分になったのだった。
場所を移して、小動物のふれあい広場に来た二人。
ここでも鉄平フィーバーが起きた。
どうやら、動物には幽霊は認識される存在のようだ。
新たな発見である。
今は、ニンジンスティックを杖のように掲げた鉄平が大量のウサギに追いかけられている。
依は、鉄平が潰されないか、かじられないかと、ヒヤヒヤしながら見ていた。
一方の鉄平は、巨大なウサギに追いかけられながら、めちゃくちゃ笑顔だった。
肝が据わっている。
曰く、もう死んでるんだから、多分食べられても変わんないんじゃないか?ということらしい。
何その理論?と、依は首を傾げたが、最初の頃の鉄平とは段違いに明るく楽しそうにはしゃぐ鉄平を見て、まぁいっかと納得した。
ちなみに、今広場には誰もいないので、自由にやらせている。
他の人が見たら、ニンジンが一人でに飛び回っている事案だ。
You◯ubeに投稿されたら、一大事である。
しばらくすると、子供連れのファミリーが、こっちに向かってるのが見えたので、ニンジンを回収した。
今は、鉄平を抱っこして座り込む依の周りに、ウサギが大集合している。
鼻をヒクヒクさせたウサギたちが、我先にと鉄平に押し寄せて来ているのだ。
遊んでくれた鉄平のことが、気に入ったみたいだ。
「ママ~、あのお姉ちゃん、ウサギさんに囲まれてるぅ。」
「あら、ほんとねぇ。」
やってきた幼児が、密集したウサギの塊をみて、指さす。
手には、ウサギの餌を持ち、羨ましそうに見ていたので、鉄平は、可愛い幼児のために場所を譲ることにした。
”うさぎさん。うさぎさん。
あの子と遊んであげて。
僕は、もう行くから。
依さん。モルモットの方に行きましょう。”
テシテシと依の腕を叩いて、要求する。
依は、にこりと頷くと、可愛い幼子にその場を譲って、モルモットがわちゃわちゃしている台に移動した。
そこでも、鉄平は大人気になる。
依が鉄平をモルモット台にそっと降ろすと、モルモットが一斉にグリンと体勢を鉄平に向けた。
その目は、キラーんっと獲物を見つけたように、生き生きしている。
しばらくの見つめ合いの後、どたどたっとモルモットが急襲する。
”おぉっ。”と、一瞬たじろぐ鉄平だったが、手を広げて受け入れた。
もふもふしたモルモットに囲まれる鉄平。
ぐいぐいと、鼻先を押し付けられて、鉄平がモルモットの背中に乗ってしまった。
「わぁ~。すごい。うらやまし~い。ふかふかですか?」
ころんと転がり、モルモットの背中で仰向けになった鉄平に依は話しかけた。
”暖かくて、気持ちいいです。眠くなりそうです。”と返す鉄平。
とろんとした顔で幸せそうに言う鉄平に、依もほんわかする。
まるで二人のいるココだけが、世界から切り取られているようだ。
互いにおりなす空気が、木漏れ日のような穏やかさで、安心する。
いつまでも、この時間が続けばいいのに...と、思わずにはいられなかった。
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