第17話 依の自覚

翌日、鉄平と依は、牧場にいた。


今日の鉄平の格好は、古着を取り入れたコーディネートパート2である。

変哲もない白のTシャツに、擦り切れたワイドデニムパンツを履いてもらった。

Tシャツは裾を少しだけパンツに入れ、腰部分のベルトを少し見せることで、鉄平の長い脚が美しく見え、惚れ惚れする。

最後に黒のジレを着せて全体を引き締め。

もちろん、銀のチャームがついた革のブレスレットもしてもらってる。


顔とスタイルがいいからこそできるコーデである。

下手したら、もさっとしたダサい人になる。

だが、鉄平が着てるから問題ない。

そこはかとなく、おしゃれに見えていた。

イケメン万歳!



昨日、お風呂を見せてもらったから知ってたが、意外と筋肉質だった鉄平。

鉄平の腕の筋肉がかなりいい仕事をしている。

筋がいい具合に入り、上腕二頭筋もきれいな盛り上がりを見せている。そこだけでも色気がすごくてグッとくるが、さらに黒のブレスレットが、その筋肉にマッチして男っぽい色気を増し増しにしている状態だった。


この格好をさせた依は、それはもう満足し、朝出かける前には当然写真を撮りまくった。

依の携帯の写真ホルダーは、すでに鉄平の写真だけで100を超えていた...。

初孫を可愛がるおばあちゃんみたいである。


ちなみになぜ牧場にいるかと言うと、昨日の話のあと、鉄平が牧場に行きたいと言ったからである。


おわかりだろうが、鉄平が元カレに嫉妬したのだ。


だから、同じ牧場に行きたいと依におねだりした。

その時鉄平は、にっこりと天使のような笑みを浮かべながら可愛く『僕も行ってみたいな。』と言っていた。


その様は、鉄平の心うちを知っているものがいたら、ゾワっとするほど寒気がしただろう。

元カレに憎々しげな嫉妬を燃やした鉄平だったが、そのことを微塵も感じさせない笑みで、おねだりして悪い大人代表のようであった...。


とにかく、今日は楽しかった元彼との牧場デートの思い出を上書きする魂胆である。



そういった経緯が昨日あって、依は、久しぶりにレンタカーを借りて高速に乗ってやってきた。

だけども、ここまでくるまでにも色々あった...。


結論から言うと、女が一人で車に乗って遠出をすると、やたら声をかけられることがわかった。

旅の恥は掻き捨てと言うが、開放的な男性が多いこと...。

バイカーから2回、男性グループから1回、声をかけられた。

2時間のドライブで、異常の多さだ。


その度に、鉄平がバックの中から威嚇をする。

幽霊なのに、あれ、ライオンだったかな?と思うくらいグルルっと喉から音を出していた。

相手には、鉄平のことが見えない聞こえない状態なので、お構いなくグイグイ喋りかけられ、依は困った。

その間も、きれいな顔を般若のように歪めた鉄平が、やいのやいのと、バックの中からナンパ男に抗議をしていて、依の脳は処理落ちしそうなほど聞き分けるのに忙しかった。

結局、不快に思われないギリギリを見極めながら、ナンパ男をあしらい、去っていったわけだが。

そのあと、鉄平が不機嫌になり、機嫌を取るまでがセットだった。


今は、牧場についたので、機嫌がいい鉄平。

周りは、家族連れもしくはカップルで、男だけで来ているような奴がいない。

依を独り占めだ。


「鉄平さん、暑いですね....。辛かったら、早めに言ってくださいね。熱中症になったら大変だから。」


幽霊が熱中症になるのかは、わからないが念のため。

依は、帽子を抑えながら鉄平に話しかける。

今日の帽子は、野球帽だ。流石に、麦わら帽子は被れなかった。イケメンの前で農作業を連想させる麦わら帽子は、間違いなくアウトだろう。

依の格好は、白のプリントTシャツに、スキニージーンズだ。そして、このシンプルな格好に、鉄平とお揃いの黒のジレを羽織って縦方向にスタイル良く見せている。


Tシャツがピッタリしているタイプだったので細い腰も、大きめな形のいい胸も、わかる。

スキニージーンズでは、小ぶりなキュッと引き締まった美尻と健康的な足のラインもわかって、すごく魅力的な体つきであった。


その依に夏の日差しが容赦なく照りつける。

元々の白い肌が、太陽に照らされることで光り輝き、透明感が増していく。依の周りだけが切りとられたかのように、存在感が増していた。


惚れた欲目だろうか、鉄平は目を細めてしばし見惚れた。

そのうち、浮き上がった汗が光りながら、一筋玉をつくり首からゆっくりつたっていった。

胸の谷間に流れていく様がスローモーションのように感じられ...、


鉄平は、知らず知らずのうちにゴクリと喉を鳴らしてしまう。


色気が....、依さんの色気がっ!!

決して厭らしいものでなく、グワッとくる色気がぁぁぁぁっ!!

魅惑的な色気がっ!!

心臓が痛い…。腰にっ、ずんって…くるっ。

はわわわわっ!!


鉄平の理性が、大混乱である。

ここ数日で、残念なイケメンになってしまった感が否めない。



そんななか最初に行ったのは、ブルーベリー狩り。

これも、当然、鉄平が強請った。今日は、昔のデートをなぞって行動するつもりだ。

そして、鉄平との方が楽しいと依に思わせたい。


依が、プラスチックのカップを持って、食べながら摘んでいく。たまに、人がいないかキョロキョロと見渡してから、鉄平の口にブルーベリーを持っていく。

顔の半分くらいの実を、カジガジと食べる鉄平に癒される。

口の周りどころか、顔全体が果汁まみれになる。

その度に、依は顔をウェットシートでそっと拭いてあげた。

二人は、終始微笑みながらブルーベリーを食べていった。

時間いっぱいブルーベリー狩りをしたあとは、カップに摘んだ実をジャムにしていく。

農園の横に、小型コンロと雪平ナベが置いてあるガゼボがあり、そこでジャムが作れる。

鉄平は、ジャムができる様をキラキラみていた。

ジャムの作り方は知識として知っていたが、実際に見るのは初めてだった。


材料は、厳選して摘んだブルーベリーと、受付でもらったグラニュー糖とレモン汁だ。

作り方の紙を貰って、それ通りに作るだけ。


ブルーベリーを鍋に入れて、弱火で炒める。

ブルーベリーから水分がでたら中火にして、グラニュー糖とレモン汁をいれてぐつぐつ。

アクが出てくるから、それをとって、焦げないようにたまにかき混ぜる。

とろみがつくまで、だいたい10分混ぜ混ぜ。

火からおろして、粗熱を取ったら、受付のお姉さんから瓶を貰って流し込んで完了だ。


少し温かい時に、鉄平と一緒に味見をした。

柔らかい甘さのジャムに舌鼓をうつ。

自然と笑みがこぼれた。


“依さん。出来立てのジャム、初めて僕食べました。なんだか幸せな気持ちになる味ですね。”


鉄平は、クセのない甘さのジャムが気に入った。

もちろん採れたてで作るジャムだから、美味しいのだろうが、依と収穫から料理まで一緒にした過程が、よりいっそう美味しく感じられるスパイスになったのだろう。

依の穏やかな笑顔と会話が、鉄平に、ぽかぽかするような幸せの味をもたらしたのだ。


ジャムを作り終わったら、ちょうどお昼どき。

ご飯は、流石に一人バーベキューをする勇気が依にはないので、お弁当を作ってきた。

人気がない芝生広場の大木の根元にレジャーシートを引いて、ピクニックにする。

依のお弁当と、鉄平のお供え済みのお弁当を出し、いただきますを言う。

お弁当の中には、サンドイッチが入っていた。


“依さん、サンドイッチ美味しいです!これ、初めて食べました。”


鉄平が食べてるのは、コンビーフとポテトサラダを混ぜ合わせたサンドイッチだ。

コンビーフの塩気とポテトサラダのマヨネーズが、いい感じに合わさって、いくらでも食べれる。


「ふふ、美味しいですよね。

今日は、時間があったらからポテトサラダから作りましたけど、忙しい時はパウチのを買って時短サンドイッチにして食べるんですよ。お肉と野菜が一気に取れるので、結構忙しい朝に重宝してるんです。」


“依さんは、料理が得意なんですね。”


「これで、得意なんて言えないですよ(笑)

一人暮らしだから、やらなくちゃ食べるものがないだけですもん。それなりにですね。」


それなりと言うが、ここ数日食べた料理は、彩りもいいし、満遍なく栄養も摂れるような献立だった。

なかなかできるものではない。

鉄平は、生きていたら....と、思わずにいられなかった。

鉄平の人生に縁のなかった家庭的な暮らしを、幽霊になってから体験するとは思ってなかった。


生きて生身で、依さんに会いたかった....。


また自嘲的な笑みを浮かべてしまって、依に心配される。


「鉄平さん?」


鉄平は、首を横に振り、笑顔をつくる。


”...なんでもないです。楽しいですね、依さん。“


強がるような笑顔だったが、依は、そうですねと、ニコリと笑って同意し、気にしてないように振る舞った。


こうも頻繁に、苦しそうに鉄平が笑みをつくると、流石にわかる。

生に執着がわいてきてるのではないか。

何気ない時によくこういう顔をしている。

忙しかった人生とは反対の、のんびりした幽霊生が気に入ったのか、たまに微笑みあって「幸せだな」って、依が思った時に、こういう顔をしているように感じる。

でも...、

依には何もできない。生き返らせることなんてできない。

歯痒くて仕方ない。


こんなに素敵な人なのに...。


自分の生活にするりと入り込んだ鉄平の存在が、時間と共に大きくなり過ぎてしまっていた。

まるで、昔から知っていたかのように居心地がいい。静寂も苦じゃなく、ただただ落ち着く。

それこそ、前世があるなら夫婦だったのではないかと思うほど、しっくりくる。


そこまで考えて、依は唐突に理解した。


そっか、わたし...鉄平さんのことを好きになっちゃたんだ...

まだ出会って間もないのに。

この居心地の良さを手放したくない、一緒にずっと居たいって思っちゃってる。


でも....、

鉄平さんはもう幽霊だから…、16日の送り火には天国に行ってしまう....

この事実は覆らない。リミットが決まってる恋だ....。

ううん、違う。恋なんてものじゃない。

鉄平さんのことが愛しい。

愛しくて切なくて、胸が苦しい...。

鉄平さんのつくる空気が、わたしの全てを、暖かい空気で包んでくれる…。

なんとも言えない安心感と多幸感をもたらしてくれる。

それと同時に、私も鉄平さんを包み込んで幸せにしてあげたいという感情があふれてくる。


完全に鉄平さんに堕ちてしまった。認めるしかない。


鉄平さんが好きだ...。


でも....でも...、

せっかく、唯一の男性に会えたのに、明後日にはお別れしなくちゃいけない....。


わかってるけど、こんなことって!

ないよねっ!!

こんな完璧な人っ、もう絶対、一生会えないっ!

それなのに!

運命の人が、すでに亡くなってるって、残酷すぎるっ!


依は、出会わせてくれた神に感謝をしつつも、鉄平を連れて行ってしまう神を同時に恨んだのだった。

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