第16話 依の答え

お風呂から上がった鉄平は、用意してもらった下着と服を着て、衝立からでてきた。


”お風呂頂きました。有難う御座います。”


依が振り返ると、そこには古着ファッションパート1の鉄平がいた。


「わぁお!なかなか似合ってますね!」


依は、鉄平の脇に手を差し入れてヒョイっと持ち上げた。


その際に揺れるチェーンが、いい仕事をしている。

いつもの色気にワイルド風味が混じって、新鮮だ。


“依さんっ!!”


焦った声で呼ばれて、チェーンから目線を上げると、真っ赤な顔でプルプルしている鉄平がいた。


35歳にもなって、女性に持ち上げられたことに羞恥を覚えていた。

バタつこうにも落とされたら痛そうなので大人しくしていたが、たとえ幽霊だとしても女性に軽々と持ち上げられるのは…、矜持が許せない。


「あれ?」


“...降ろしてください...”


ストンと降ろすと、ムーッとほっぺを膨らませて拗ねられた。


依は、あまりの愛しさに全身がムズムズとし、目尻が下がりきってしまう。

すかさず『パシャ』と写真を一枚。


拗ねてる鉄平を、すかさず写真に収めた。


可愛く口をとがらせ気味に拗ねている鉄平の顔と、ダボッとした全身スタイルのバランスが絶妙。

服に着られてる感もない、イケメンは何を着てもかっこいいらしい。


”よ~、りぃ~さーんー?”


ちっとも反省してない依に、鉄平は恨みがましい顔で睨む。


腕を組んだ鉄平と、スマホ片手に首を傾げ知らないふりをする依が、黙って見つめあうこと数秒...。

そして、同時にふっと表情を緩め微笑んだ。


さっきもあった光景。


なにげないこういうやり取りが、すごく嬉しい。

鉄平とだと、自然と笑みがこぼれ幸せな気分になる。

依の休暇が、いつもよりも充実したものとなっていると実感できる。



お風呂のあとは、夕飯の時間までテレビを一緒に見ることにした。

今は、配信サイトで以前から見たかった恋愛映画を見ている。

濡れ場さえなかったが、主人公たちの揺れ動く恋愛模様を異性と見るのは、気恥ずかしいものなのだと気づく。

失敗した...と、依はつくづく思った。


愛を告白しあうシーンは、なんだかムズムズと居たたまれない気分になった。

ちらりと、依は横目で鉄平のリアクションを確認してしまったほどだ。

だが、鉄平は、意外にも真剣に見ていたのでホッとした。

依だけが意識してしまったみたいで、これまた気恥ずかしかった。


そのあとの展開は、二枚目の横やり男が出てきたり、親の反対にあったりと、波乱万丈。だけども二人でそれらを乗り越え、結婚してハッピーエンド迎えた。

王道な展開であったが、熱烈な告白シーン以外は、感情移入して見れた。


今はエンドロール。

恋愛映画にぴったりな甘めな声の男性歌手が歌う曲が流れている。

切なくなるような歌詞とも合っていて、今度スマホで動画検索して聞こうと思った。


映画を見終わると、夕食の時間にちょうど良くなったので、メインのお肉を焼いて、味噌汁を温め直す。

今日も和食で、そろえた。

メインは、ポークソテー。千切りキャベツとトマトときゅうりとコーンのサラダで彩りよくつけ合わせる。お味噌汁は、オクラと豆腐。白菜と人参の浅漬けも添えて。副菜は、作り置きのひじきの煮物とボイルしたタコの酢の物。

いつも通りの飾らない食事。


鉄平の分をお供えしてちょうどいい大きさに出現させると、二人で手を合わせていただきますを言う。

食べてる間の会話は、先ほどの映画だ。


”依さんは、先ほどの主人公みたいな男性どう思いますか?”


主人公は、才色兼備な華のある完璧な男性で、性格は俺様な感じであった。

そんな彼が、ひょんなことから関わった地味なヒロインに惚れて、強引に迫るという内容であった。


「そうですね…嫌いではないです。」


依は、一瞬躊躇したが、正直な気持ちを言う。

なんとなく、主人公の人物が、課長を若くしたような感じだったのだ。

もっとも、主人公はチャラい感じで、誠実な課長とは全然違うのだが、もてる容姿に自信家、押しが強いところや、仕事が出来るところまでが、まさに課長。

依は、課長と混同しないように映画の主人公だけを考えて口を開く。


「きっと、あれだけ綺麗な男の人にぐいぐいこられて、嫌な気持ちになるって人はあまりいないんじゃないでしょうか?たしかに、揶揄われすぎたら嫌になるかもしれませんが、あの俳優さんみたいに目に愛しさが表れてたらまんざらでもない、…コロッといっちゃう、のかも?」


”ふふ。なぜ、疑問形なんですか(笑)?”


依の気持ちが揺れているために、つい疑問形になってしまったのだが、それを鋭く指摘された。


わずかに目を見開く依。


課長と切り離して話そうと思ったのだが、やっぱり脳裏にちらちらと課長が浮かんでしまって、結局意見を言ってる途中で、主人公だけのことじゃなくなってしまった。

話しながら課長と置き換えてしまったわけだ。


そうなると、今現在依は、コロッといくどころか、絶賛足踏み中なわけで...。はい喜んでとは、ならない。

それゆえ、軽い調子で好きになっちゃうとは言えなかった。


どこか後ろめたい感じがして、慌てる依。


「そ、そうですね。

なんで、疑問形になっちゃったんだろう?不思議ですねぇ、ははは。」


不自然に笑う依が何かを隠しているのは、明らかにわかる。

だけど、鉄平は深く追求しないことにした。

それよりも、嫌いじゃないという事は、ああいう男はタイプではないのだろう。それがわかっただけ御の字だ。

鉄平は、軽薄そうな雰囲気とは真逆だし、会社では笑わない王子と言われるほどの堅物。

押しも強くない。どちらかといえば淡泊である。

女性が苦手というのもあって、主人公みたいにいろんな女性と関われない。

仕事が出来る整った顔の男という点以外、真逆な人物だったので、依の心情が気になったのだ。


愛の告白シーンのときは、自分ならあんなふうに衝動任せに感情を爆発させた告白するなんて到底できないなと、冷静に考えていた。

しかし、横目でみた依が、そわそわしてるのは気づいてしまったので、まさかこういう男が好きなのかと深読みしてしまった。

ともかく、タイプじゃないなら良かった。


でも、自分には未来がないのにこんなことを考えても無駄なんだけどな…と、何度目かわからない自虐的な笑みを思わず浮かべてしまった鉄平。


「鉄平さん…?」


そんな鉄平に、心配そうな顔をする依。


”いえ…何でもないです。それよりも、依さんのタイプってあるんですか?”


まただ...。そんな顔で笑ってるくせに、なんでもないなんて嘘。

今朝も元カレの事を話し終えた後、泣き笑いのような顔していた鉄平さん…。

何を思ってるの?何が苦しいの?何が不安なの?


なるべく憂いなく天国に行って欲しいのだけど、何が鉄平の心を悩ませているのかわからない。

今回もなんでもないと言われたので、引くしかなかった。

とりあえず、今はタイプを聞かれたので考える。


「…タイプですか?難しいですね…。」


と、んーっと考え込む。


今まで付き合った彼氏は、友達の延長。つまり、気が合う人。

タイプはどの人も全然違う。

おちゃらけた明るい人と、真逆な優等生タイプの落ち着いた人。

最後に付き合った人は、自分勝手なところがあったけど、不器用な優しさがあり、一緒にいる時は、たくさん愛を捧げてくれた男らしい人。


どの人からも、依は告白されて付き合った。

ただ、友達でいる時から互いに好意を持っているのが、わかっていたので、告白されてすぐに付き合った。

そのあとは、仲睦まじい恋人関係だった。互いに敬い、好きを重ねていった。

だが、若いこともあり、相手が依に物足りなさを感じるのも早かった。

依は、変わらず好きだったが、最後は別れを切り出されて終わった。

2回続けて、別れを言われた依は、少なからず自信がなくなった。


好きって言ったじゃない…、落ち着いた雰囲気が好きって。

なのに…。

ちゃんと好きなのか、わからない?自分以外の男にも優しい私が、信じられない?

じゃあ、なんで付き合ったの?最初から私は変わってない…。

いつもそのあと、私と真逆の雰囲気をもつ女の子と付き合いだした元カレを見るたびに、悲しくなった。

結局、キラキラしている華のある女の子には、自分は勝てない。


最後の彼氏だけは、忙しい依にも原因があったため自然消滅したが、互いに嫌いにはなってなかった。

それだけがまだ救いだ。


依は、過去の恋人を改めて思い起こしてみたが、やはり、タイプとは??と、答えが見つからない。


「タイプ…ない?かも?

過去に好きになった人はバラバラで、真面目系、陽気系、漢らしい系で。

顔もみんな全然違うんです。私、どんな人がタイプなんだろう?」


話しながら考えるが、わからない。


「もしかして、逆に守備範囲が広いとか??もしかして、私、尻軽!?」


衝撃なことを思いついてしまった。思わず、口から言葉が出た。


”ふはっ!依さんが、尻軽??ははは!それは、ありえないでしょう…ぷくくっ。”


鉄平は、依りの発言に笑い転げる。

こんなに真摯に人に向き合う依が、だれでもいいなんてことはない。それなら、彼氏の数は、両手で足りないほどになってるはず。

こんな素敵な女性だったら、好きになる人は大勢、…いるはずだから。

その可能性を思いついた鉄平は、チクッと胸が一瞬傷んだ。


”依さん、あなたはきっと、相手の素敵なところを探すのが上手なんです。見た目じゃなくて、その人の魅力的な性格に惚れたんですよ。”


今までの元カレの話は、昨夜聞いていた。

どの元カレのことも、悪いことはほとんど言わないで、良いところばかり話していた。

どの話をしているときも、懐かしむような慈愛を含んだ笑みを浮かべていた。本当に(依にとっては)魅力的な男性だったんだろうと、聞いていた鉄平は素直に思ったものだった。

振られた話の時は少し寂しそうにしていたが、相手のことが好きだったのがよくわかった。


「そうかな…?」

”そうですよ。”


真剣な顔で鉄平がいうので、きっとそうなんだろう。

少し、依の気持ちが落ち着いた。


”じゃあ、質問を変えます。どんなデートが好きですか?”


「デートですか。あまりこだわりはないですけど、牧場デートは楽しかった思い出がありますよ?」


最後の彼と、ドライブで行った牧場。あれは、楽しかった。

中の施設で、バーベキューしたり、収穫したブルーベリーでジャムを作ったり、子ヤギにミルクをあげたり動物と触れ合った。

二人で協力して何かをするのは、すごく幸せだった。


「そっか、私のタイプがなんとなくわかりました。

わたし、二人で協力してなにかをやり遂げることが好きなんです。

信頼できる、尊重できる、思いやることが出来る人で、一方通行じゃなく互いに同じくらい返してくれる人が好きです。」


ニコッと、すっきりした顔で笑う依。

同時に、心の隅で課長が顔を出す。

概ね課長に当てはまってるから、流されてもいいかな。と、思えたのだ。

だけど、最後の『同じくらい』というところがネックだったのだ。

付き合う時点で、同等の愛情がなければ自分は付き合えない。


だから、社会人になったと同時に、彼氏のつくり方が分からなくなった。

プライベートがみえないのだから、さもありなん。

しっくりとこないのだ。


はぁ~と、大きくため息を吐き、脱力した。


”どうしました、依さん?”


「ふふ、あのね。鉄平さん、聞いてくれる?私ね、お盆の前に告白してくれた人がいたの。

今返事をまってもらってて、休み明けに返事をするんだけど。迷ってたの。」


鉄平は、ひゅっと息を呑んだ。

そんな男が、すぐ近くにいたのかと唖然とする。


”そ、それで?付き合うことにするんですか…?どんなひとなんですか?”


「うん。さっき言ったように、信頼できる人で、尊重も出来る、思いやりもある人なの。

職場の上司なんだけどね。仕事もバリバリできて、カッコよくて…。

完璧超人!!

完璧すぎて、嫉妬で神に怒りさえ湧くような人よ?

だから、流されてもいいかなぁって、ずっと思ってたんだけど…、なにか違うのよ。

飛び込んでもいいって思えなくて。

それがなにかわからなかったんだけど、さっきの鉄平さんの質問でわかったの。

さっきまではね、互いのプライベートがわからない状態で付き合って、素の私を知って、上司に嫌われるのが怖いから踏ん切りがつかないのかなぁ?って思ってたんだけど…。

そもそも、その前段階で違ったのよ。

付き合う時点で、の愛情や、尊敬、信頼が必要なの。そんなの、わがままよね。

付き合ってから、知っていって、愛情を同じくらいにするべきなんだけど、私臆病なんだわ。

試しに付き合うって、できないみたい。」


”じゃ、じゃあ、その上司の人の返事は?”


鉄平は、おそるおそる依に問いかけた。


「うん、今の状態では付き合うなんてできない。断るわ。」


こんなことじゃ、これからずっと誰かと付き合うなんて出来ないのは、わかる。

だけど、自分の心が大事なのだ。

もう、物足りないとか他人と比べられて、別れるのはうんざりだ。

わかってなかったけど、結構、過去2人の元カレから言われたことを引きずっていたようだ。


”そっか。”と、鉄平は安心した。


でも、上司がそれで依を諦めるとは到底思えなかった。

自分なら、まず恋人じゃなくて、友達になろうと妥協案をだす。

そしてプライベートを一緒に過ごして、全力で堕とそうとするだろう。

さりげなく、行動に愛を滲ませて、心地よい環境にするように囲い込む。

愛情が感じられるようになったときに、再度交際を申し込む。


依の事だけを考えるなら、今考えたように、キスも肉体的接触もない友達のような付き合いを提案し、恋人未満友達以上の関係になった上で、再考すればいいんじゃない?と、アドバイスをするべきだ。

そうすれば、上司は素の依を知ることが出来る。逆に依も上司の素がわかるだろう。

依さえ、相手に愛を感じることができたら、怖がらずに、依もYESと言えるだろう。

だって、こんなに素敵なんだ。素の依に幻滅するなんてありえない。

こんな愛情深い素敵な女性他にはいない、ますますのめり込むに決まってる…。


だけど!


やはり自分が惚れた女性を他人に委ねる事はしたくない!


たとえ、心が汚いという事で、天国に行けず地獄におちることがあってもいい。


今だけは、いや、これからも依の心には自分が居座りたいのだ。



鉄平は、醜い心を隠して、依に微笑んだのだった。



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