第15話 その写真は...世に出せません
【猫足バスタブ】
依と鉄平は、買い物を終えて帰ってきた。
汗だくになったので、順番にお風呂に入る。
依が先に入って終わり次第、シャンプーや石鹸をお供えして、鉄平の入浴の準備をする。
ショッピングモールの小物屋さんで購入した、念願の猫足バスタブもさっそく用意する。
本来の用途は、アクセサリー入れであったが、鉄平が使えばぴったりである。
白磁の陶器の湯船に、金のメッキをあしらった流線形の足。側面には、淡い青で菫の花があしらってあった。
本をたてかけ衝立代わりに、洗い場用の油をきるバットも置いて、細々としたものは、どんどんお供え。
そっと、水着を置くのも忘れない。
着てくれるかな?どうだろう?
にやにやがとまらない。
絶対カワイイ。鉄平さんの入浴シーン!
買うときは、ちょっとすったもんだしたけど、多分着てくれると思うんだよね。
なんだかんだ言って、鉄平さん押しに弱いもん。
『買ってもらったから、着ないともったいない』とか言いながら、しぶしぶ着てくれるに違いない。
鉄平さんの話を聞く限り、ものすっごいお金持ちだとわかるんだけど、物や食事をすごく大事に丁寧に扱うのよね。
嫌味な金持ちみたいに気に入らないポイってしないところが、好き。
「鉄平さ~ん。準備出来ましたよ。お待たせしました!
お湯が熱かったりぬるかったら、言ってくださいね!すぐに、用意します。」
鉄平は、依がお風呂に入ってる間から今まで、テレビを見ていた。
その姿も、とっても可愛かった。
リモコンの向きをヨイショッと全身でずりずりと押して、センサーに反応するように角度を変える姿は、大玉転がしをする幼稚園児並みに可愛かった。
そして、チャンネルを変えるときは足でえいやっとボタンを気合を入れて踏みつける姿は、親の仇を取るように必死で、それはもう可愛かった。
依は、お風呂に入る準備をしながら、その様子を横目でみていたのだが、あまりの可愛さに蹲ってしまったほどである。
”ありがとうございます。入らせていだきますね。
着替えは、これですか?”
まだ、夕方なので部屋着は早いかと思い、ゆったりとした古着ファッションパート1を用意してみた。
紺色のサルエルパンツに、裾が長い群青色と灰色のマーブル模様のTシャツ。
これに、シルバーのチェーンベルトもしてもらう。これは完全に、遊びだ。
財布を持ってるわけではないけど、腰からぶらさげたワイルドな鉄平さんが見たかっただけ。
鉄平は、着替えを一つ一つ確認して、ふむふむと見ていく。
絶対、自分ではしない格好が並んでる。
サルエルパンツなんて、股下になぜこんなスペースが??と、疑問に思っていた。
すると、着替えの間からペラっと、何かが落ちた。
“ん?”
拾ってみると、海パン。
“よ、依さんっ!!”
「はいは〜い。どうしました?鉄平さん。」
ひょいっと、本の衝立の裏から顔を出す。
目を白黒させてる鉄平が、水着を両手で摘んで立っていた。
“依さんっ!!
これは、明日ビニールプールで一緒に水浴びするって話で購入するって話で、終着したはずですよねっ!?なぜ、ここに??
もしかして、まだお風呂に入ってる僕を見るの諦めてなかったんですかっ!?”
てへへっと、目を弧にして満足そうに鉄平に微笑む依。
「ん?ビニールプールでも着ますよ。ふふふ。
それはこっちの水着です!じゃぁ~んっ!!」
見ると、依の手には上下揃ったラッシュガードの水着が。
「紫外線が気になるでしょ?外では、こっちです。」
”え~…。”
鉄平は、仕事では揚げ足取られないように、細かいところまで確認するが、普段はそこまでしない。
依にやられた…。と、苦笑いをする。
「鉄平さんが、バスタブに入ってる姿がど~しても見たくて!
ダメですか…?」
”くっ…あざとい。可愛い。”
上目遣いで懇願される姿に、鉄平はぐっときた。
惚れた方が負けであるというが、その通り。
完敗だ。
”わかりました…。湯船に入るときに着ます…。”
「わぁ~!!そう言ってくれると思ってました!!
鉄平さん、だ~いすき!!」
鉄平の頭の中で、依の『大好き』が、何度もリフレインする。
胸が痛い。依が小悪魔に見える。
どんなことでも、叶えましょう!!、という気持ちになる。
「じゃ、着たら教えてくださいね!!お風呂ごゆっくり~。」
依が台所に、夕ご飯の仕込みをしに行った後ろ姿を確認し、鉄平は洋服を脱いでいく。
鉄平は、仕事ばかりの人生だったが、見た目もこだわらなくてはクライアントに良い印象を与えられないため、スポーツジムには定期的に通っていた。
ばさりと、Tシャツを脱ぐと引き締まったお腹が見える。
服を着ると細身に見えるが、実際にはソフトマッチョであった。
体と頭をゴシゴシ洗い、用意してもらったお湯で流していく。
最後に髪をかきあげ、水滴を後ろに流した。
見ているものがいれば、壮絶な色気であっただろう。
そして、鉄平は海パンをしぶしぶ履いた。
”依さ~ん。お風呂はいりますよ~!”
「はーい!今行きまーす!」
パタパタとスリッパを鳴らしながら、ひょいっと依は顔を出す。
「はうっ。」
見た瞬間、依は、天を仰いだ。
なんて、可愛いの~!!
猫足バスタブいい仕事してるじゃない!!
気品も感じられるし、このサイズ感ぴったり!
鉄平さん、めちゃくちゃ天使~!!
”よ、依さん??だ、大丈夫ですか…??”
依は、未だに天井を向いて顔を覆っている。
「大丈夫です…。感無量…。」
鉄平は、失笑しながら、喜んでもらえるなら着て良かったと思った。
『パシャ!』
シャッター音がしたので、依の方を見てみると、スマホを鉄平に向けてかざして、依が写真を撮っていた。
”依さん。写りますか?”
幽霊なのに、大丈夫だろうか?と、鉄平は疑問に思ったので聞いたのだ。
依も、鉄平のあまりの可愛さに思わず撮ってしまったが、そう言えば鉄平さん幽霊だったと思い出して「ちょっと待ってくださいね。」と言いながら、写真フォルダを開き、たった今撮った写真を確認する。
すると、依の顔が、衝撃で固まる。
「だめだ。これ…お蔵入りだわ…。」
”心霊写真みたいに、ぼやけちゃいましたか?”
「違う…。これは、見せちゃダメな奴だ。」
顔を片手で覆った依は、スマホの画面を指の間から凝視している。
スマホに写った鉄平は、想定外に、くっきりしっかり写っている。
だがしかし、それは...卑猥であった。
色気が壮絶。
後ろに、薔薇を背負ってるように見える。
とにかくスマホに写した構図が悪かった。
寄りで撮ったので、鉄平のサイズ感が小さくない。
つまり写真だけ見ると、普通に鉄平がお風呂に入ってるだけであった。
「これは、これでいいんだけど...。
違うのっ!私が撮りたかった写真は、こうじゃないの!!」
依が、悔しそうに悶えているので、鉄平も見せてもらうことにした。
思わず、鉄平は赤面する。
”依さん。…消してください…。これ恥ずか死ぬ…。”
自分で見ても、なんのグラビア撮影かっ、というような写真であった。
湯船の水面ぎりぎりまで顔を近づけ、鉄平が顔を隠して恥ずかしがっていると、再び『パシャ』とシャッター音がした。
”依さんっ!!”
慌てて顔をあげて依をみると、恥ずかしがってる鉄平の姿を撮っている依がいた。
鉄平が、それに抗議の声をあげると、再び懲りずに『パシャ』と撮影する依。
プリプリ怒ってる鉄平が可愛すぎて、写真を撮りたい衝動が抑えられなかった。
鉄平は、そんな依に”も~…。”と一言だけ言って、呆れて諦めた。
写真くらい...いくらでもどうぞ...。
「ふふ。鉄平さん、イケメンさんだから写真撮りがいありますね。
大丈夫です。
今度は、後ろの景色もちゃんと撮ってるので、ミニチュア感が出て可愛い写真になってます。」
”…好きにしてください。”
鉄平は、恥ずかしい意識を彼方において、今はお風呂を楽しむことにした。
...あー、お風呂あったかくてきもちぃ〜。
「はい。勝手にしますね♪」と、依は、引き続きニコニコと観察を続ける。
「そうだ。鉄平さん、この容量のバスタブなら、温めた牛乳で100%牛乳風呂が出来ますよ。してみます?」
乙女の夢のような、水で薄めない完全なる牛乳風呂。
きっとお肌もすべすべになるに違いない。
”牛乳風呂ですか?いや、遠慮しときます。”
「えっ?どうして?」
”温めた牛乳100%なんですよね?
なんだか、スープの具材になったような気がしそうです。
…それに、臭そう。”
そのセリフに、二人で固まる。
「”ぷっ!!”」
アハハ!と、同時に噴き出し、笑いが止まらない。
「具って…!!臭いって…!!確かにっ!!
鉄平さん、シチューになっちゃうね。
クリーム鉄平シチュー!!
お腹よじれるぅ~!」
目には笑い過ぎて涙がでていた。
いつも一人で過ごしていた家に、今年は鉄平がいることで、笑い声が満ちる。
おばあちゃんが死んで初めてのお盆だったが、寂しい気分とは無縁のものになった。
依は、鉄平に感謝の気持ちを抱き、つかの間の幸せな休暇を謳歌していた。
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