第14話 鉄平と課長の違い



え....?キスされた?

え?夢?


依は唖然とする。


気...、のせい?顔が近かったから、あたっちゃっただけ?

口だった?

でも、感触が....。

唇だったのか他の部分だったのか、わかんない。


鉄平の顔のどこかが、口の端に触れたことはわかったが、接触面積が小さすぎて、どの部分で依に触れたのかがわからなかった。


でも、でも、鉄平さんは正面を向いていたから.....、

多分、くちびる…?


目まぐるしく思考が駆け抜けていく。


依は、冷静を装うとするが....、

無理だった。

じわじわと、顔に赤みがさしていく。


“依さん。キスをして困らせてしまいましたか?嫌でしたか?”


しょぼんとしながら、上目遣いで聞く鉄平が、あざと可愛い。

キュンとしてしまう。


それよりも、やっぱりキスだった。

口の端にあたったのは、唇だった。

その事実に、さらに顔が赤くなる。


どうして、私にキスを?どう言う意味のキス?

そして、全然、嫌じゃななかった...

見た目がマスコットだから?でも、ちゃんと鉄平さんは成人男性であって。

むしろ....、好ま...なんて事考えてるのぉ!!わーたーしー、しっかりー!!


頭の中で、大混乱中の依。


そして、鉄平は、そんな依を見て内心ニヤついていた。

キスに嫌悪感を抱かれてる感じがしない。

今、依さんの頭の中は、僕でいっぱいだ!


それから、鉄平が外面だけは申し訳なさそうに依を見上げ続けるもんだから、依はブンブン首を横に振り「嫌じゃなかったですっ。」と慌てて取り繕う。


“よかった。”と、鉄平はふわっと微笑んで、安堵の表情をした。


そんな悪気がなさそうな天使な笑顔に、依は顔を赤くなったまま、グヌヌっと唸り声を上げるしかなかった。


しかし、場所が場所。

その前の会話で、キスをされるような発言はなかった気がする。

依は、理由を鉄平にドギマギしながらも尋ねた。


「な、なぜここに?」


“本当は、ぎゅって抱きしめたかったんです。

でも、この体じゃ出来ないでしょう。

でも、努力してくれるって言ってくれた事が本当に嬉しくて、愛おしさがこみあげてきちゃって、衝動が抑えられなくて…。

それで、キスがしたいなって思ったんです。

今できる僕の最大限の感情表現はコレかなって。だから、目の前にあった唇にね。

でも!恋人じゃないから、壇上の想いで!

....端っこにしました...。本当は、ちゃんとしたかったんですが....。

すいません、依さんが可愛くて素敵な女性だと、改めて思ったら止まらなくなっちゃって。

唇が美味しそうで、思わずしてしまいした。”


鉄平の想いがどんどん加速してしまって、止まらなかったようだ。

それにしても、すいませんと謝ってるのに、ちっとも、悪気がなさそうだ。にへらっと笑ってる。


なぜなら、鉄平は後悔なんかしてなかった。計算の上で、わざとしたのだから。一緒にいる時間は限られてるから、余裕なんてない。

恋を自覚したいま、少しでも自分を印象付けたい。


『少しでも、依の心に自分を刻みたい。忘れられたくない。』と、正直な気持ちが溢れて行動してしまったわけだが、依の『嫌じゃない』というお墨付きをもらって安心していた。


それに対して、依の心中はまたもや大混乱だった。


なんなのぉ(泣)!

鉄平さぁぁぁん。

思わずって、どういうこと??

女性が苦手だったはずじゃない。

実は、百戦錬磨の女泣かせだったりしたの!?

社会人になってからご無沙汰な私なんかじゃ、大人の恋愛って、わかんないのにぃぃ。

それに...、

嫌じゃなかった私が、一番わかんない!

マスコット枠だから?

いやいや、そんなことない。鉄平さんは小さくても幽霊でも、しっかりと男性だし。

なにより!

嫌と思う以前に、しっくりきちゃったのが問題!

安心しちゃったし、なんなら多幸感まであった気がする…。



こないだされたジェットコースターのような刺激的な課長とのキスと違って、鉄平さんとのキスは、縁側で日向ぼっこをしているような温かさを感じた。


依は、鉄平とのキスが課長とのキスと全然違う事に困惑した。


課長の事は、人として好き...。

上司としても尊敬している。

でも...、

男の人として考えると、どうしても一番先にくるのは、おこがましいという気持ち。


対して、鉄平と先ほど話していた時のことを思い出すと...


鉄平と結婚するために努力すると、自然と口から出た。

身を引かずに、並び立てるよう自信をつけるといった。


課長とは何が違うんだろう?

課長と付き合うために努力をしようという気持ちが、申し訳ないが今のところ湧いてこない。

多分、休み明けに『YES』と答えたら、腹をくくって努力する自分は想像できる。

でも、やっぱり腹をくくってと気合いを入れる必要があるところで、無理をしてるのは間違いない。


それに対して、鉄平さんと結婚できるかと言われた時は、自然と努力しようと思えた。


何が違うんだろう…。


依は、考えれば考えるほど、深みにはまっていった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る