第10話 鉄平のトラウマ
翌朝、依が目覚めると、横に鉄平がすやすや寝ていた。
無事に、つぶさないで寝れたようだ。
昨日は、話が尽きなく、夜遅くまで喋っていたが、流石に2時すぎると寝ようという事になった。
だけど、ここでちょっともめた。
布団が一セットしかないため、一緒に寝るしかなかったのだが、鉄平がそれをごねた。
こんななりでも、たとえ幽霊でも、成人男性な自分が、女性と一緒の布団では寝れないと必死だった。
依のほうは、鉄平の見た目がマスコットサイズなため、危険なんて感じず、むしろ一緒に寝たくて仕方なかった。小さいころぬいぐるみを抱いて寝た、懐かしい気持ちになっていた。
だがしかし、鉄平からみたら、依は巨大ではあるが、女性であるし、さきほども胸をみてしまったし、なんなら親切にされて癒されて少なからず好意を持ってしまったような気がしている女性である。
一緒には寝れない。
鉄平から襲うことは、体の大きさからいって出来ないが、自らの体が反応してしまう危険がある。
ちょっとした攻防の結果、お菓子箱の枠だけ残したものをベットに置き、タオルを掛布団にし、敷布団だけ共有にした。
鉄平からは、依が見えない仕様であった。
依は半身を起こして、横でまだ寝ている鉄平を観察する。
それにしても、なんなんだろう。
なんで、幽霊が見えるようになったんだろう?
しかも、こんな可愛い小人サイズ。不思議だなぁ~。
今は、もう明るいけど幽霊って消えないんだぁ~。
鉄平の瞼が、ピクピク動く。
そろそろ起きそうだ。
”ん…。あさ…ですね…。おはようございます、依さん。”
「おはようございます。鉄平さん。」
目をしばしばしながらも、依をみつけた鉄平が挨拶をした。
その姿の可愛さに、依は朝からきゅーんとしてニコニコ笑顔を振りまく。
鉄平は、顔を慌てて伏せて目元を隠す。朝から、寝間着の依の姿と、輝かしい笑顔で顔が赤くなってしまった気がしたのだ。
”落ち着け。落ち着け。
僕は、幽霊…。死んでるんだから、邪な目で見てはいけない。”
鉄平は、依には聞こえないような声量で自分に言い聞かせた。
「鉄平さん。今顔洗うもの用意しますね。
それが終わったら、朝ごはんにしましょう。
鉄平さんは、御飯派ですかパン派ですか?」
”僕は、どちらでもいいです。依さんに、お任せします。”
「では、ご飯にしましょう!
会社に行くときはパンが多いんですが、せっかくの休日なんで和食をゆっくり食べたい気分なんです。お付き合いくださいねっ!」
にこっと笑いながら首をこてんと横に倒す。
いわゆるあざといと言われる仕草。
効果音でもつけるなら、きゅるるん♡だろうか。
これが、狙ったものではなく天然ものなのだからタチが悪い。
朝から笑顔の大盤振る舞いに、鉄平の一度落ち着かせた心臓がふたたび早くなったのだった。
依も鉄平も身なりを整え、といっても鉄平はTシャツを変えただけだが、テーブルに着席する。
手を合わせて、一緒にいただきますを言う。
「”いただきます。”」
目の前には、あおさの味噌汁と白米。ひじきの煮物に、漬物。卵焼きに、焼き海苔。あと、焼き鮭が並んでいる。
簡単なものだが、気張った朝食ではなく普通のものの方が、遠慮されずに食べてくれるだろうと思ったのだ。
仏壇に、同じ内容のものをお供えしたので、鉄平の前にはちょうどいい大きさで朝食が並んでいた。
「鉄平さん。しゃけ以外はおかわりがあるので、必要でしたらいってくださいね。」
”有難う御座います。
すっごく、美味しいです。旅館の朝ごはんみたいですね。特に、このお味噌汁、すごく好きです。”
「ほんと?嬉しい。お味噌汁って、家庭の味が出ますよね?
私が使うのは、いつもこうじ味噌なんです。おばあちゃんの地元で製造しているものを、今も取り寄せてるんです。
鉄平さんちは、何味噌でした?」
”う~ん。何味噌だったんでしょうか。
うちは、昔からお手伝いさんがいまして、出されたものを食べてただけなんです。
たぶん、白みそだったと思います。”
「お手伝いさん?あっ、そっか。お父さん、社長さんだったんでしたね。
ふ~ん、いいとこのお坊ちゃんだったんですね~。そっかぁ。
お口に合いましたでしょうか?
鉄平坊ちゃん(笑)?」
”ははは。お口にあいましたよ、依さん。
毎日でも飲みたいです。”
依の揶揄うような坊ちゃん呼びに対して、ひと昔まえに、はやったプロポーズのセリフを悪戯っぽく言ってやり返す鉄平。
二人でふふふと、微笑みあう。
こんな感じで食事の間中、ゆっくりとした心地よい空気が流れていた。
”ふ~。ご馳走様でした。こんなにゆっくり食べたのは、何年ぶりだろう。
社会人になってからは、なかった気がします。
いつも、デジタルパッド片手に仕事しながら食べてましたから。”
「そうだったんですね。
私も、この家でこんなに幸せな気分で朝食をたべたのは、社会人になって初めてです。
やっぱり誰かと一緒に食べるのは、おいしく感じます。」
鉄平も、依の言う事がよくわかった。
会話がなくても、依と食べる朝食は、なぜか落ち着き、心が温かくなっていた。
”僕もです。食事がこんなにおいしく感じたのは、初めてかもしれません。
死んでから、幸せな気分になるって、なんだか不思議ですね。”
なんだか自嘲するような笑顔で笑う鉄平に、依は気づく。
今まで忙しくて、家族の時間もあまりとれなかったのでは?
「幸せな気分になれて、何よりです。
今まではともかく、これから、ここにいる間は、私が幸せにしますからね!
そういえば、お食事をお手伝いさんが作られていたのなら、お母さんはどうしてたんですか?」
どのくらいのお金持ちなのか想像できてないが、食事だけは母親が作ったりしないものだろうか?
”あ~。母は、料理が出来なかったんじゃないでしょうか。しているところを見たことがありません。
それに、母自体、僕が小学生の頃家を出て行ってしまったので。どっちにしても、おふくろの味ってないんですよ。
お手伝いさんも、適度に変わるのでいつも一緒の味ではなかったですから。”
「そうだったんですね。すいません、なんだか嫌な気持ちにさせてしまいましたね。」
”気にしないでください。それに、この数日は依さんの朝食が食べられるんでしょう?
僕はそれが嬉しいです。
だから、僕の現世での思い出の味は、依さんの料理になりますね!”
前向きで、気遣いができる鉄平の様子に、依は、胸が苦しくなった。
こんなに素敵な人なのに、なぜ死んでしまったのだろう。
なぜ、生きているときに誰も甘やかしてあげなかったんだろう。
知らず知らずのうちに、依は目に涙を浮かべていた。
その姿を見た鉄平はハッとする。
なんて心がキレイな人なんだろう。会ったばかりの自分に、感情移入してくれ、せっかくの休みを自分のような幽霊に使ってくれて、なおかつ幸せにすると言ってくれる。
初めて、甘やかされた気がする。
もう、死んでるんだから、ここでもっと甘えてもいいだろうか。
”あ、あの…。
依さん。聞いてもらいたいことがあるんですが、良いですか?
今まで、心にくすぶっていたことがあって...。
それがあって、生きている時は女性を信用できなくなっていたんですが、もう死んじゃってるので時効かなと、思いまして。
天国に行く前に、依さんに聞いて欲しいです。”
「もちろんです。私が聞いてもいいのなら、話してください。
誰かに話すことで、楽になることって確かにありますよ?
この際、天国に行く前に、心のわだかまりを全部現世に捨てていきましょう!」
鉄平は、依の力強さに安心を覚え、ゆっくりと話し出した。
鉄平には、小学3年生までは母がいた。
幼い時には、抱っこもされたし遊んでもらった記憶も僅かだがある。大好きだったような記憶もある。
そして、父と母は仲が良かったと、思っていた。
母は、父と顔を合わせればしゃべるし、笑うし、スーツの上着を着せたり、鞄を手渡ししたりと、ちょっとしたことでも、寄り添って父に接していた気がする。
一般的な母親みたいに家事は一切しなかったが、そんなものかと幼い時は思っていた。
運動会にも授業参観にも来てくれて、たまに父と一緒に旅行にも行き、幸せな幼少期だったと思う。
だけど、2年生の時だったかな。
会社の偉い人たちがあつまるパーティー、いわゆる創業記念パーティーとか懇親会だね。それに、僕も行くことがあったんだ。
初めての社交場だったから、よく覚えてる。
そこで、母と父の関係に違和感をもったんだ。
他の夫婦はパートナーと一緒に行動して、会話をしているのに、母は違ったんだ。
僕には、父と離れてはいけないと言うと、一人でパーティー会場の奥の方へと行ってしまってね...。
父に、なんで別行動なの?ってきくと、母は社交場で仕事の話をするのが苦手で、時事とかにも疎いから肩身の狭い思いをさせたくない、だからパーティーでは別々に過ごすんだ、愛ゆえの別行動だ。って、父は言ってた。
僕は、母が好きだったから、父と一緒に行動しながらも母を視線で探した。
するとね、母はいろんな男の人と常に喋っていたんだ。
でも、父は、母がどんな人と喋っているのかは知らなかったみたいでね。
父は仕事の話をするのに忙しくて、母を気にかけてなかったんだ。
不思議な気持ちだったよ。家での母と父の距離が普通だと思っていたのに、そこで見る母と男の人の距離がすごく近くてね。
母の顔もいつもと違って、なんだか子供ながらに胸がざわざわしたんだ。
いまなら、わかるけどね。あれは、母の顔ではなく女の顔だったんだ。
家では父に『愛してる。ご苦労様。』と言っているのにね。
それも、たぶん言葉通りじゃなかった。
お金をたくさんくれるからお仕事ご苦労様。お金をもってるあなたを愛してる。って意味だったんじゃないかなぁ。
母は、本当は父を愛してなかったんだ。
それから、しばらくたってから母は、よく家に、ある男の人を呼ぶようになった。
僕には、その人のことを『関口さん。』と呼ぶようにと言われたから、そう呼んでたんだ。
その関口さんと母と、いろんなところに出かけた。遊園地とかレジャー施設にね。
父にも僕は、話したよ。関口さんとどこに行ったとか楽しかったとかね。
家の執事の一人がね、あっ、うん。
執事がいたんだよ。ごめん、お金持ちだったから。ははは...。
その執事も、運よく関口さん…。
わかる?僕が、父に伝える関口さんと父が考える関口が、違うんだ。
僕はね、浮気の片棒を担がされていたんだよ。
それでも、家では普通の母だった。父にも、今まで通り接する母だった。
僕はね、関口さんが父の知り合いで、忙しい父の代わりに遊んでくれてると信じきっていたんだ。
だって、母は父を邪険に扱うこともなくて、罪悪感を浮かべることもなかったからね。
そのうち、母は関口さんと深い関係になったんだろうね。
一緒に3人で遊びに行くうちに、母の態度が子供から見ても粘着質なものになったから。
それからまもなく、父の会社が少し傾いたんだ。
そこで信じられないことに、母は、すぐさま父を捨てることを選んだ。
父が連日会社に詰めている時に、関口さんが家に来て、僕に選択を迫った。
母とくるか、父のところに残るか。
関口さんは、僕のことが気に入ったみたいで、息子として受け入れると言ってくれた。
でも、その時の目つきが怖かった。
僕を商品として見定めてたって感じかな。愛ゆえに引き取ると言う感じではなかった。子供でもわかるって相当だよね。
僕は、父を選んだよ。
でも、その後の母の言ったことがショックだった。
母はね、父のことは、最初から愛してなかったって言ったんだ。
そして生まれた僕は、見た目が良かった。頭脳も、言われたら言われただけどんどん吸収する地頭があった。
だから、僕のことはそこそこ愛してるって。将来有望だって。
酷いよね、笑顔で愛してるって言っていたのに、父に至っては愛したことはなかったし、僕のこともそこそこ。
しかも、そんなこと全く感じさせなかった演技力が、何より気持ちが悪かった。
目の前にいる母が、母の皮を被った悪魔に見えたよ。
僕は、それから大人の女性が信用できない。
楚々とした女性も、もしかしたら母のような人かもと思ってしまう。
目に欲を浮かべた女性は、論外だ。
だから、今まで付き合ってた女性は何人かいたけど、結局疑い疲れて別れてた。
だけど、それで良かったのかな。
結局、僕は死んじゃったんだもんね。
僕に妻子がいたら、後悔してただろうから....。
でもね、今になって、女性をもう少し信じても良かったと思ったよ。
依さんのおかげだ。
幽霊になった僕にでも、損得なく接してくれる女性がいるってわかったからね。
ありがとう。
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