第4話 沢崎の決意

今まで、恋をしたことがなかった。

30も過ぎたおっさんが、何言ってんだと思うだろうが、本当だ。

だからと言って、全く彼女がいなかったと言うわけではない。

そのときどきで、好意を寄せられ、いい雰囲気になれば、恋人になった。

だが、熱量が違う。向こうは、重たい愛をいつも俺に押し付けてくる。


一応、俺の顔がいいと言うことは自覚している。

それに、筋トレや運動も適度にこなし自己研鑽も欠かしていないので、体格もできあがってる。

だからか、常に言い寄ってくる異性は、中坊から切れたことがない。


社会人になったら、仕事の能力も高かったらしく、どんどん出世していった。

すると、顔がいい・地位も高い・金も持ってるとくれば、恋人になった女性は俺を逃さないためにアレコレ尽くしてくれるようになる。


忙しい身としては、尽くされることは助かっていた。

だが、その後のしてあげたアピールが面倒くさかった。

あなたのために、これだけやってあげてるというスタンスが本当に無理だった。


俺は、望んでない。そんなことなら、尽くしてくれなくていい。なんだか、俺が悪いような気がしてくる。

一緒にいても、居心地が悪くて、心が休まらない。


そんな態度が、出るんだろう。大体、そのあたりで振られる。

『あなたは、私のこと本気で好きじゃないのねっ!!』と言われること数回。正直数えたことはないが、10回は超えているだろう。歴代の恋人の数が、両の手で足りないからな。


ただ、そのセリフも全くその通りだから、声を荒げることなく黙秘する。

その空気に耐えられなくなった相手から、別れ話が出るのだ。


この時には、恋人関係にうんざりしているし、こっちから振るのも面倒だからというだけでずるずる付き合ってる状態になってるから、円満に別れられてよかったと思って、サヨナラだ。


そんなことも続くと、自分は恋愛不適合者なのだと気づく。

相手の女性にも、悲しい思いをさせるくらいなら、最初から付き合わない方がいいと思うようになった。

だから、30過ぎてからは、恋人も作らなくなった。

丁度仕事も忙しくなったし、プライベートの時間も限られてきたから、いなくても特段困らない。


そんななか、2年前、俺がいる第2営業部に、立花依という新卒研修が終わったばかりの勤続2年目の社員がやってきた。

彼女の第一印象は、いたって普通。キレイ系かカワイイ系かというと、カワイイ系だろう。

化粧の感じも、盛ったりすることなく必要最低限の自然な感じ。香水なんかもしていない、しいていえば柔軟剤が香るくらい。

つまり、あった瞬間に運命を感じるとかもなかった。


そして、挨拶をみなの前でする姿は、しっかりと教育を受けたお嬢さんという印象。

しっかりと背筋をのばして、はきはき喋る姿は好印象。

なにより、俺の顔をみてもギラギラしたり媚びをうるような視線を向けないところが、部下として当たりだなと思ったものだった。

まぁ、実際俺が直接挨拶する為に対峙したときは、かなり目を見開き驚いていたが。それも嫌な感じもしなかった。

挨拶をかわし終える頃には、立花も通常運転に切り替えていた。


後日、歓迎会の飲み会では、既婚者の南に「課長に惚れなかった??」と聞かれても、「いやいや、そんなありえませんよ。聞いてたよりも彫刻めいた美しさで、びっくりしましたが、惚れませんでしたね。むしろ、これ隣にいたらヤバイやつだ、と自分の容姿を顧みちゃいました。」と答えていた。

その顔は、嘘をついているようではなくいたって普通。

面倒くさいことにならなそうだから、ホッとした。


しかし、後日仕事をふっていくと、その評価は修正される。

普通なんてとんでもない。天井知らずで上がっていった。


営業補佐として、営業が持ち帰った仕事のおこし作業も完璧。そのときに、つける資料も的を得たものだし、効果的なデザリングで、忙しい時にもぱっと読み進められるものを提出してくる。

それに、仕事の能力以外にも空調やお茶菓子、備品整理などいつやってるのかわからないが整えてくれて、使いやすくなっていた。

細やかな気配りが出来ることに、好印象を抱く。

なによりも、過去の恋人たちのように、私がしましたというアピールがない。

実際、俺があれっ?と思ってから大分後になって、空調付近や給湯室でたまたま作業している立花を見かけて、確信したくらいだ。


南に聞くと、気づいていたらしく「いい子よねぇ。依ちゃんみたいな娘がほしいわぁ。」と絶賛。

年配の女性陣には、いたく気に入られている。

立花は、おばあちゃん子だったらしいので、さもありなんというところか。


先日だって、坂田に的確なアドバイスをするし、さすが立花だ。


いつ、特別になったかはわからないが、徐々に次に付き合うなら立花だと思うようになり、今では結婚して生涯を共にすごしていけばさぞ幸せになれるだろう、と思うようになった。


そんな中、今回のホテル事件。

あそこに、ラブホテルがあるとは、全く気付いてなかったが、天が味方していたのだろう。

たまたま目について空きが一室。運命かなと、現実主義の俺でも思った。

誘うときには、平静を装って立花に声をかけたが、変じゃなかっただろうか。

あの時の立花は、一瞬だけ動揺をみせてくれたがすぐにいつもの立花に戻ってしまった。

特別な感情が相変わらず見えなくて、悔しかった。

だが、よく見ると顔はうっすら赤くなり、完全に意識をしてないってわけではなさそうで、このまま様子を見るしかなかった。

それでも、部屋に入って二人きりになると、隠しきれない動揺が強烈に伝わってきて、思わずそのまま抱きしめたくなるほど可愛かった。

でも、まだ早い。囲って囲って逃げ道を防がなくては。


立花をお風呂に先に入らせて、室内を物色。

ラブホらしい自販機の品もチェック。もこもこの手錠が売っていたので、念のため買うか迷ったが、やめた。

やるなら、次の日会社がない時だ。まだ早い。

結局、何も買わずに届いた飯を食べることにした。

しかし、出てきた立花に衝撃を受ける。


バスローブから覗く谷間が想像よりくっきりしていた。脚も普段見えないとこまですらりと出ていて、なによりも、ストッキング越しじゃない生足。

惚れた女が、そんな恰好で目の前に現れたら、不味いだろう。

滾る兆候を、必死に抑えて、努めて冷静に食事を誘う。すんなりと、今回は受け入れてくれたことにホッとするとともに、食べられるほど緊張が解けてしまったことに残念に思う。俺を意識しろ。


差し出した食事を食べるために目の前に座られたが、バスローブだから足の付け根ギリギリまで見えそうだ。

俺の心中は、大混乱だ。


なぜ、そこに座った!!

確かに、恋人じゃないから横は難しいかもしれないが、俺の理性を試されてるのか!?

見えそうだぞ!あっ、サンドイッチを取ろうと前かがみになるんじゃない!

胸がよりくっきり見えるじゃないか!下着の色が少し見えたぞ!!白なのか!?

小さくサンドイッチを食べるんじゃない。その小さな口に、喰いつきたくなるじゃないか!?

舌でソースをなめとる姿が、まずい!理性が決壊しそうだ。

しかも、初めてすっぴん見たが、あんまり変わらない。普段のカワイイ立花のままだ。唇は、薄桃色だったんだな。可愛いじゃないか!!


じっと、見ていたら立花と目が合った。

冷静に冷静に答える。

とにかく目に毒だ。風呂に逃げ込み、落ち着かせよう。

でも、その前に立花を揺さぶっておこう。

多くの有象無象が、赤くなる笑みをすれ違いざまに披露する。

案の定、立花は、真っ赤になり唖然とした。

くくっ、いつもは反応しないのに。この場所が立花をそうさせるのか?めちゃくちゃ可愛いじゃないか!!



そのあとは、寝ていることをいいことに、告白の練習をする。35にもなって、何してんだ俺…。

でも、好きだと行った時、嬉しそうに立花が笑ってくれた。

深層心理として、寝てる時は正直だと聞いた事がある。もしかして、受け入れてくれるかもしれない。

今すぐ起こして、体から落とすのも手か?と、脳裏に浮かんだが、連日の残業で睡眠は大事だと思い直す。ここで、起こして機嫌を損ねたらだめだろう。

朝になってから、立花を再び揺さぶってみようと決意して、俺も寝ることにした。


思ったとおり、薄目で観察していると、好感触。初めて立花の目に、色恋の欲らしきものが見えた。

よし!と確信した俺は、勝負にでることにした。

結果、立花の真面目さに負けて一旦ひいたが、パニックになってる立花も可愛かったな。

でも、攻めは止めない。

グラグラしているところを、揺さぶっていく。

帰り際に、ワザと下の名前を呼ぶと、立花の顔が完全に俺を意識するものに変わった。

もう、絶対逃がさない。覚悟しろよ、立花。


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