第3話 一線は超えて....ません?

「立花。軽く何か食べるか?」


「いえ!

それよりも、シャワー浴びて寝たいです。

沢崎課長は食べたければ、頼んで頂いて。

どうぞ、どうぞ!」


顔の前でぶんぶん手を振り、慌てて答える。


一緒に、ラブホの机で向き合ってご飯を食べるなんて、ぜったい出来ない。無理ぃー!

なにか自分が変わってしまうような気がする。

思い込み激しい傲慢な女には、逆立ちしたって決してなれないが、心の中の変な箱を開けてしまいそうだ。


「じゃあ、俺は頼むことにするな。

しっかり、1日分の栄養を摂取しないと、翌日動きが鈍るんだ。

立花は先に風呂入ってこい。俺は、食べてるから。」


なるほど、その素晴らしい体は、日々の食事管理で維持してるんですね!

新たな課長の秘密を一つ知っちゃった!


課長の言葉に甘えて、先に入らせていただくことにした。

備え付けのアメニティを確認すると、ここの寝巻きはバスローブだった。

ひくっと顔がひきつり、気まずくなる。


ここのところ、泊まりが多いので着替えと下着は持っていたが、パジャマは持ってない。

いつもビジネスホテルの浴衣を着ていたからだ。

浴衣なら、はだけずに着ることは可能だけど、バスローブは、しっかり来ても谷間は見えるし、足は歩けばほぼ全開。


まずい、まずい。お目汚し!!

メーデー!メーデー!

と、頭の中は大混乱。

だが、これしかないのだ。諦めるしかない...。


ささっと、メイクを落としてシャワーを浴びる。

無駄に体をしっかり洗ってしまうのは、仕方ないことだろう。

浴室からでて、下着を身に着ける。

そして、諸悪の根元であるバスローブを広げて持ち上げてみる。


じっと見ても、やはりバスローブ。どこからどうみてもバスローブ。

ムムムと唸るが、バスローブ...。


仕方ない、着るしかない。ここで、明日着るはずの服をきたら逆に失礼な気がする。

意識なんてしてねぇのに自意識過剰って思われるに違いない。勘違い女になってしまう。


うんと、一人でうなずいて、エイヤッとバスローブを着て部屋に戻った。

部屋に戻ると、課長が焼きそばを食べていた。

ラブホという場所で焼きそばを食べる課長、正直違和感です。だけど、普段絶対見れない課長が見れて、ちょっと嬉しい。

思わず、にへらっと笑ってしまった。


課長は、出てきた私を見て少し目を見開いた。

やはりお目汚しだったか?

やばい、お風呂に入ったのに汗が出そうだ。


「お、おう。立花、あがったか。もう寝るか?

良ければ、サンドイッチもあったから頼んどいた。

食べれるなら食べろ。食べれなくても、俺の腹に入れれるから勿体なくはない。どうする?」


一瞬、動揺したようだが、すぐにいつもの課長に戻った。

そうだよね、私に異性としての魅力なんて感じないよね。


「あ、じゃあ課長が要らないなら、いただいても良いですか?」


「おう。

食べろ、食べろ。力が出ないと、明日も辛いぞ。」


バスローブを着たことから比べると、目の前で食べることなんて些細なことに思えたので、お言葉に甘えることにした。

さっと、課長の前のソファーに腰掛け、サンドイッチをつまむ。一口齧って、課長をちらっと見た。

すると、課長はこっちを見ていたようで、目がバチっとあった。


「な、なんですか?」


「いや、なんとなく?見てた。すまん、気にしないでくれ。

俺は、もう食べ終わるから、風呂入ってくる。先に寝てて良いぞ。」


最後の一口をズルズルッと食べ終わると立ち上がり、長い脚でバスルームに歩き出した。

そしてすれ違いざまに、肩をポンと叩かれ、男らしいセクシーな笑みを浮かべながら「じゃあ、お休み...立花。」と就寝の挨拶をされた。


ポカーンと、口を開けたまま、見惚れてしまう。

バスルームに消えていく後ろ姿に、慌てて「お、おやすみなさい。」と声をかけた。


なんとなく、肩が震えていたから笑いを堪えていたんじゃないかな。

10歳も違えば、私なんて小娘なんだろう。

ショックを受けたら良いのか、ほっとしたら良いのか複雑なところだ。


とりあえず、課長が上がってくる前に食べ終わって寝てしまおう。

バクバクとかき込むように、サンドイッチを頬張り、ごっくんと飲み込む。

シャカシャカ急いで歯磨きをして、早々に布団に入った。




疲れていたから、秒で寝れた。

でも、他人がいることで眠りは浅い。遠くの方で、課長が何かをしている音がカチャカチャ聞こえていた。

そのうち、支度もすんだようで布団に入ってきた気配がする。

動かなくなったので、きっと寝たのだろう。

しかし、しばらくするとギシッと音がした。


寝返りにしては、音が大きかった気がする。

でも、うとうとと半分寝ているので、深く考えることなくそのまま私は寝ていた。

しかしそしたら、課長が話しかけてきたわけで....


「なぁ...立花。寝てるのか....?」


ん〜....、課長。寝ている人間に話しかけちゃダメなんですよ。常識です.....。脳細胞が死ぬらしいですよ....


返事もせず、そのまま寝続ける依。

沢崎は、そんな依にガックリと項垂れる。


「はぁ....。全く意識されてないな、これは....。」


意識?そんなの、するだけで無駄じゃないですか....。


頭の中だけで、返事を返す依。

沢崎は、返事がないことをいいことに、勝手に話し始める。


「俺さぁ、さっきも坂田に言ったけど、身を固めようと思ってるんだ。」


そうですか...。それは、良いことですね。社の男性陣が喜びますよ.....。


「その相手なんだが.....。」


あっ!言わないでください!聞きたくないです....。

トップシークレットを知っちゃったら、誰かに話したくなっちゃいますよ......

ていうか、寝ている人間に独り言言うんですね....。

私のお父さんと、私と、仲間ですね.....

独り言言っちゃうなんて、親近感です.....


依が、うとうとと、夢うつつで聞いていると、またギシッとベットが軋む音がした。


何やら耳付近が暖かい....??息があたる...?顔に近づかれた...??


すると、信じられないことが起きる。


「お前が好きだ。」


なんと課長に告白された。

耳にそっと囁かれた内容に、依のまぶたがぴくりと反応した。


え....、何言ってんの?課長....?

あー、わかった。これ夢の中で夢を見てるんだ。

そっか、そっか。

頑張った私に神様からのご褒美だ....


夢だと思って、寝ながら依の顔がニヤける。


「なんだ。無意識下でも嬉しいのか?

そうか...、俺にも脈がありそうだ。

明日、起きたら覚悟しろよ。そんな色っぽい格好で、ウロウロされたこっちの身にもなれ。」


挑戦的な顔で、ニヤリと笑う。

そして徐々に顔を依に近づけると、チュッと額にキスをおとした。


えー...、キスされた??めっちゃいい夢.....。


むふふと、笑いながら依は深い眠りについたのだった。




朝になり、携帯のアラームが鳴った。

目を開けると、目の前に課長がいた。

ビクッと驚いたが、声はかろうじて出さずに済んだ。


そうだ。昨日一緒にラブホに泊まったんだった。朝一番に、イケメンがいるってすごいな。

うわぁ、まつ毛なっがぁい!肌、きめ細かいな。35歳ってありえなくない??


ここぞとばかり凝視して、課長を観察していたが、フルフルと課長の体が震え出した。


「くくっ。おはよう、立花。俺の顔すっげぇ見てたな。」


「課長!起きてたんですか!?」


「立花のアラームで、俺も起きた。お前の反応が見たくて、薄目で見てた。」


「なっ!?なんでそんなことっ。課長って、そんな意地悪だったんですか!?」


顔が真っ赤なことがわかるほど、顔が熱い。

観察してたのを最初から最後まで見てたなんて、恥ずかしすぎる!!


顔を覆って、なるべく見られないように隠した。

すると、「立花。」と声がして、ギシリとベットが音を立てた。

ん?と思い、指の隙間からちらっと覗くと、課長の顔が目の前にあった。


「なぁ、立花。顔を隠さないでくれないか?俺は、お前の顔が見たい。」


「何言ってるんですか!?可愛くもない私の顔見ても、誰も得しませんよっ!」


「俺が得するな。」と楽しげな声がする。


なんなの!?どうしちゃったの、課長!!紳士な課長はいずこへ!?


「しかも、お前、もしかして誘ってるか?」


ふっと耳に息を吹きかけられ、ひゃんっと声を思わず上げて手をどかしてしまった。


「絶景。」


課長が、口角を上げて雄臭い笑みを浮かべていた。

心臓が早鐘をうち、バクバクとする。

まじまじと見てくるので、視線を辿ると、バスローブの上部がはだけていた。


「腕を上げたらそりゃバスローブなんだから緩くなるだろ?

俺にこの綺麗な胸見せつけて、朝から積極的だな。」


つぅっと胸の谷間に指を滑らせられ、ゾクゾクと体が反応した。


「据え膳食べなきゃ、男がすたるってな。いいか?」というが早いか、首に唇が触れてチュッと軽くリップ音が響く。

慌てて課長の体を押しやるが、ビクともしない。

そもそも嫌悪感がないから、大した力もないわけで、子猫がじゃれつくようなものだ。


両手を恋人繋ぎで拘束され、シーツに押しつけられる。

課長と自分の間に、阻むものは何も無くなった。

目の前の課長の色気が、ダイレクトに襲ってきて、心臓が痛いほど早まった。


徐々に、課長の顔が近づいてきて...、もうすぐ口と口が触れそうに.......


無理!!キャパオーバー!!


目をギュッとつぶって、叫んだ。


「課長!!待って!!

無理です!!心臓が持ちません!!」


すると、課長はピタッと止まって少し体を離してくれた。

手はそのままシーツに縫い付けられているが、まだ空気が吸えるだけマシだ。


「なぜ?俺が嫌いか?」


真剣な眼差しで問いかけられるが、そういうことではない。

どんどん課長の色気が襲ってきて、失神しそうだ。


「あ、あのですね!嫌いじゃないです!!」


「じゃあ、すき?」


「好きです!尊敬してます!!」


「ん?それは、男としてじゃないのか?」


「当たり前ですよぉぉ。私如きが、課長に恋愛的に好意を寄せるなんて烏滸がましくて無理ですぅぅ!!」


「そんな、ごときなんて言うなよ。俺が惚れた女なんだ。

俺にとって、立花は最上だ。」


「へ?」


何を言われたか脳が処理できなくなった。

ホレタオンナ?何かの呪文かな?


依が混乱をしているなか、沢崎の追い討ちは止まらない。

おでことおでこをくっつけて、至近距離で力強い眼差しと声で口説いてくる。


「もう一度言うぞ。俺はお前が好きだ。」


もう、誤魔化しはできない。

この人は、私が好きなんだ。


でも.........無理っ!!


「あ、あの!!このままエッチをするのもですね、やぶさかではないんですがね。えーっと、ずいぶんこういったことはしてなくて、繋がるまで時間がかかると言うか....。

今日は、サクマにも伺うし?朝イチで南さんに確認してもらわないといけないし?

ちょっと、無理じゃないかなぁ...って。

それに、課長早漏だったりしますっ!?

それならなんとか頑張れば、仕事間に合うの、かな??

いやでも、頑張る方向性が違うって言うか?

あのですね、課長のことは好きですが、今まで恋愛的な好きじゃなかったので、えーっと....。

私もっ!もう25なので、エッチが出来ないとかカマトトぶったこと言うようなものでもないような?

でもでも、課長とセフレみたいに、まず体?からって言うのは、なんか違うっていうか。何言ってるんだろう、わたし!?

えーっと、とりあえず、今はエッチは無しにしませんかっ!?」


パニックになりながらも、なんとか言い切った。

そろりと、目線を上げて課長を見ると、目を丸くして凝視していた。

しばらく見つめあっていると、ブハッ!と課長が笑いをこぼした。


「ははは!必死だな、立花。くくっ。

わかった、今はやめよう。今日も仕事だしな。」


課長は、ひとしきり笑うと、パッと手を離して、はだけた私のバスローブの合わせを整えてくれた。

そして、淫雛な雰囲気を霧散させ、よっこいしょと、覆い被さっていた体勢を崩して、ベットから降りる。

くるりと、振り返るともういつもの課長だった。


そのあとは、先ほどのことは夢だったんじゃないかと言うように、二人で仲良くモーニングを食べて、身だしなみを整えて会社に向かう準備をした。

だが、入り口の精算機でチェックアウトを済まし、靴を履こうとしたときになって、また課長が動いた。


ぐいっと引き寄せられ、課長のがっしりとした胸に飛び込む形になる。

ギュッと抱きしめられ、しばらくそのまま拘束された。

抱きしめ返すほどの余裕もなく、されるがままだったが、接した耳からは課長の心音が聞こえていた。

通常よりも明らかに速い心音。

仕事ができて、涼しい顔でなんでもこなすこの人が、こんなにバクバクしていることに驚いた。

顔に似合わない余裕のない心音に、なんだか切なくなる。

このまま課長に流されてしまえばいいんじゃないかなと、心の片隅で思ってしまう。


「立花。好きだ。俺は、お前に本気だ。

だが、いきなり言われて困惑しているのもわかる。

だから、明日からちょうどお盆休みの連休だし、俺とのことを考えてみてくれ。

俺はいい歳だが、いきなり結婚とかじゃなくていい。ゆっくり立花と恋人として過ごしていく延長で結婚があったらいいと思ってる。

会社が始まったら返事を聞かせてくれないか?」


ゆっくり丁寧に、もう一度課長が告白してくれる。

声は、いつものセクシーで自信溢れるイケボで、体の奥にズクンとくる。

でも、やっぱり耳に聞こえる心音は、めちゃくちゃ早くて緊張してるのが丸わかり。

なんて可愛い人なんだろう。こんなの、好きになっちゃうよ。

でも、落ち着いて考えなきゃいけないよね。こんなに真剣に好きだと言ってる人に流されて付き合うのは違う気がする。


おずおずと、顔を上げて課長を見上げて返事をする。


「お盆の間、しっかり考えますね。こんな私なんかを、好きと言っていただけて、嬉しかったです。」


と、にこりと笑って、体を離した。


課長は、一瞬切なげな表情をしたが、すぐに射抜くような獰猛な目になり、噛み付くようなキスを私にした。


「なんかじゃねぇ。って言っただろう。お前は、いい女だ。わかったか、依。」


初めて名前で呼ばれ、私の心臓は再び死にそうになった。

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