第2話 上司と宿泊!?

そんな感じで、バタバタと仕事をまわしていった結果、結局坂田さんのBプランになった。

鉢植えはとても喜ばれたそうで、後で坂田さんから『依ちゃん、さんきゅーね~!』とアゲアゲで言われた。


てんやわんやでピリピリしていたフロアーの雰囲気が、坂田さんのパリピポーズでのお礼で、ほっこり息抜きになり、空気が和らいだ。

坂田さんの明るさ、好き。


そして、当然のように残業が続いて、へとへとのへろへろ...。最後の方は、家にも帰れず、近くのビジネスホテルにお世話になっていた。


だけど、こんなことになるとは全く想像してなかったわけで…。






明日がXデーで、大詰めを迎えていた水曜日のこと。


「だぁーー!!

立花ぁ、ここの数式がおかしいぞぉ~!

なぁ〜ぜぇ〜だぁ〜!!」


ここさえ数字が合えば完成するのに、どうしても合わないと、坂田さんが嘆いていた。

坂田さんのプランになったので、坂田さんが特に忙しく動いていて、疲労度も一番やばかった。

目の熊は、何匹もいるし、髪の毛の艶もない。いつものおちゃらけた明るさも、今ばかりはなかった。

机の上には、ウィーダ○ンゼリーとユンケ○皇帝液がずらりと並んでいた。


「お疲れ様です…。

坂田さん、そこの数字が合わないのは私のせいではありません。残念ですが、私の専門とは離れております。」


坂田さんは、決して私を攻めてるわけではない。私をいじって、気分を変えてるだけだ。

そして、いつもなら私も便乗してふざけて乗ってあげるのだが、私の仕事もまだ終わらない。

カチカチとキーボードを叩いて、顔も上げずに返事を返すので精一杯だ。

すでに、時刻は終電間近。今日も家には帰れない。


「坂田。」


沢崎課長が、そんな坂田さんに声をかけた。


「そのデータ俺に送れ。そこの数字が合わないだけなんだろう?

じゃあ、第三者が見た方が間違いに気づく。俺が引き継ぐから大丈夫だ。

お前は家に帰って久しぶりに布団で寝ろ。明日、サクマまで俺といかなくちゃならないんだ。

そのスーツもちゃんとしたものに変えとけ。お前の頑張りには助かってるが、酷い状態だぞ。」


坂田は、ここ2、3日会社で丸まって寝ていた。

スーツもシワだらけである。

シャワーだけは、浴びて清潔ではあるが、見た目がひどい。

明日の商談では、ちゃんとパリッとしたスーツが必須だ。


そんなふうに課長に言われた坂田さんは、疲れて涙腺も馬鹿になっていたようで、課長ぉ~っと言いながらポロポロ涙を流し始めた。

思わず、私もギョッと顔を画面から上げて見てしまう。


「だ、大丈夫ですか!?

坂田さん!帰りましょう!

もう、坂田さんは十分頑張りました。

沢崎課長がやってくれますから、帰って寝た方が良いです!」


「依ちゃん…やっとこっち見てくれたぁぁ。おれぇ、おれぇ、ざみじかったぁぁ。」


ぐずぐずと幼子のように泣く坂田さんに、先ほど顔も上げずにあしらった自分の行動に申し訳なくなる。

ちゃんと、対応してあげればよかった。


「ほら。坂田。30にもなる男が、立花みたいな若い子に、寄りかかるな。癒されるのは大いにわかるが。

ほら、鞄持って。今日は帰れ。」


「ぐすっ。課長、俺より歳くってるのに、なんでそんな清潔感醸し出してんすか??

俺たちと一緒にいつも泊まり込みの状態のくせに…。

不条理だぁ~!顔もいいし、体も引き締まってるし、仕事も出来るしぃ!!

うわぁん、受付の里奈ちゃんも課長が好きだって言ってたしぃぃ!!俺の好きになる子はみんな課長が好きなんだぁ!!ひどいぃぃ!!

早く、身を固めてくださぁい!!こっちに女の子が流れてこないんですぅ!!」


鞄を坂田さんに押し付け、帰りを促す課長に、坂田さんがウザがらみを始めた。

本当に限界だったみたいで、自分がふられたことも泣きながら暴露している始末。

今残ってるのは、私と課長だけではあるが、聞いても良かったのだろうか。

ぽかーんと大口を開けて私は固まってしまった。


「はぁ~。坂田ぁ、俺も身を固める気はあるから安心しろ。とりあえず、お前は帰れ。」


課長は、背中を押して入り口までエスコートする。さすが、紳士代表だ。

よろよろと歩いた坂田さんは、くるりとこっちを見て「ごめんね。依ちゃん、情けなく泣いちゃって。出来れば、忘れて欲しいかな…。じゃ、また明日。」というと帰っていった。


なんか可愛い人だなぁ。頭に子犬の耳が見えた気がする。


はっ!!やばい!

なんかわたしも限界が近い!?

よれよれで泣く大人の男性が可愛いわけないじゃん!!


ぶるぶると、首を振って、再度仕事に取り掛かる。

しばらくすると、課長があーこれか…。と、問題の箇所を見つけたようで、無事仕事が終わった。


「立花。そっちは終わるか?」と声をかけられたが、こっちも丁度終わった。


「こっちもちょうど終わりました。明日、朝一に南さんに確認して貰って終了です。」


「よくやった。明日というかもう今日だけどな…。」と、課長が苦笑する。

確かにそうですね。と私もふふっと小さく笑った。


帰る支度をして、一緒に会社をでた。

夏だから、寒いということは無いが、生暖かい風が吹いていてスッキリはしない。


「立花も、いつもすぐそこのホテルか?」

「はい。そうですね。」


会社の近くにあるビジネスホテルには、いつもお世話になってる。課長も同じか聞くと、課長もそうだというので二人で向かう。


受付で部屋が空いてるか聞く。

すると、まさかの「空いてない」と言われた。どういうことかと聞くと、どうやら近くで花火大会があったようで、部屋が埋まってるそうだ。

ここから花火は見えないが、会場からほど近いため帰るのが大変な人が軒並泊っているらしい。

すぐに、課長が携帯で近隣のビジネスホテルを知らべ始める。


「だめだな。近くのビジネスも駅前の普通のホテルもみんな埋まってる。この分じゃ、駅前のネカフェも無理そうだな。だが、とりあえず行ってみるか?」


「そうですね、このままだと会社で寝るしかないですもんね。シャワーも浴びたいし、ネカフェでもいいので個室が欲しいです。」


遅くまで仕事していたので、疲労臭がついてる気がする。

横にいる課長は、相変わらずコロンのにおいなのか、いい匂いが漂っているが。

自分は、違う。

ちょっとだけ、課長から体を離して無駄な抵抗をしてみた。


だってしょうがないじゃない。香水もつけてないし、横に並んで歩くだけでもおこがましいよ…。


駅前に向かって歩いていると、課長が、急に視界からいなくなった。どうやら立ち止まったようだ。

後ろを振り返ると、路地の方をみている。


「課長。どうしました??」

「立花。都合よく、ホテルが空いてるぞ。」


は?


「こんな場所に、ラブホがあったんだな。普段夜ここまで歩かないから、気づかなかった。」


私も路地の方を見てみると、控えめの電飾をしているラブホがいくつか見えた。

こんな狭い道、日中なんて素通りだ。

よく見てみると、ほとんどのラブホが『満』の字が光っているが、その中の一つが『空』と白く光ってる。


「立花。ちょうど、俺とお前で男女一人ずつ。入らないか?」


その発言に、ドキッとしたが、至って課長の顔は普通。目には、情欲といった色は全くない。

それも、そうか…。私だもんな。課長なら、女の人に困ってないし、わざわざ疲れてる時にミソッカスに手は出さない。

一瞬、体が熱くなったが、すんっと熱が引いた。


「そうですね。ちょうどいいです。行きましょう。」


私も、顔を赤くせずに返答できた。とにかく、シャワーと睡眠をとりたい。

たとえ、襲われても課長ならご褒美だ。


まぁ、あとから考えたら、これは疲れで思考が低下していたんだろう。

どこに、上司とラブホに入る部下がいる…。私は馬鹿だった。


ラブホの自動ドアを二人でくぐる。

タッチパネルには、一つだけ点灯してる部屋があった。他は、埋まってるようだ。


「ラッキーだったな。たまたま空いてて。俺も風呂に入らずでは、サクマに行けなかった。」


課長は、すぐさまボタンを押して、でてきたカードキーを抜く。

他の暗くなってる部屋の写真をみると、普通じゃない部屋もちらほらあって、空いてた部屋が普通でかなりホッとした。


部屋に入ると、でっかいベットが一つあるが、他は普通の装いで安心。

ラブホに入ると、テレビにAVがながれっぱなしという事が度々あるがそういうこともなく、シンっとしていた。

その静けさにも変にドキドキしたが、『私はミソッカス』と呪文のように何度も心で唱えて平静を装った。


そんな私を、興味深くみていた課長には一切気づかなかった。

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