迎え火を焚いたら、恋人ができました
香 祐馬
第1話 プロローグ
「ねぇ、おばあちゃん。このきゅうりと茄子なぁに??」
「ん?これはね、死んだご先祖様が、お盆のこの時期にここに帰ってくるための乗り物なのよ〜。
こっちが馬でこっちが牛ね。」
「だから、お野菜に足がついてるんだぁ。なんか可愛いね。
死んだ人は、お盆になったら帰ってくるんだねぇ。
じゃあ、おじいちゃんも帰ってくる??」
「そりゃ、帰ってくるわよ。最愛の、だーいすきな私の様子が気になってるはずだからね!
もちろん、
間違いないわよ!あの人は心配症で人情もあって、しかもそりゃぁ良い男だったからね!」
「そっかぁ。
おじいちゃぁぁん!依はここだよ~!お野菜に乗ってきてねぇ!!」
手を空に向かってのばし、ブンブンと振る。遠くの天国まで聞こえるように大きな声をだした。
周りは、少し日が陰って、もうすぐ夜になる狭間の時間。
玄関の門の前に置いた陶器の皿からは、迎え火がぼんやりと燃え、煙が空に向かってのびていった.....
ああ.....。
これ、子供の頃の...。
田舎のおばあちゃんのうちに行った時の記憶だ....。
懐かしいな....。
おばあちゃん、この時は元気で、死んじゃうなんて思ってなかった。
この時から、もう20年くらいたったかな....。
今年は、おばあちゃんが死んで初めての盆。
だから、こんな夢を見たのね。
うとうとと、布団に包まりながら、依は覚醒を促す。
そろそろ、起きて会社に行かなくちゃ。
カーテンをざっと開けて、朝の光を部屋に入れる。
うーんと、伸びをして気合をいれた。
「よしっ。今日も暑くなりそう!
頑張らなきゃね。もうすぐ、お盆休みだし!!
ファイトー、自分!!」
就職してから一人暮らしを始めた。
その自分の城、我が家に響くやや大きな独り言。
独りで暮らすようになってから、気合を入れるときは声をだすようになった。
テレビに話しかけるお父さんの行動が、若干わかるようになった今日この頃。
初めの頃は苦笑とともに寂しさを覚えたものである。
でも今は、独り暮らし生活3年目で、寂しく感じることも減ってきた。
毎日の会社と家の往復にも慣れ、趣味や友人と遊ぶ余裕もできて、結構充実している。
そろそろ、恋人でも…と考えだしたが、3年ほど色恋事と離れ、仕事に邁進していた私にはどうやって彼氏ができるのかわからなくなってしまった。ハハハ....。
最後の彼は、大学卒業とともに自然消滅。
学生の時と違って、友達の延長で恋人になることはもう無い。
ほんとに、世の中の人はどうやって恋人が出来てるんだろうと、電車でイチャイチャするカップルを見るたびに思うようになった。
もう一人のままでも良いかも?
あれ??お局の心境??と、自分で心の中で突っ込む。
このままだと、結婚出来る気が全くしない。
だって、恋人すらいないのだから、スタートラインにも立てないのだ。
がちゃりと、玄関に鍵をかけて駅に向けて歩き出す。
駅まで徒歩20分とちょっと遠いが、安い家賃の割に大きめな間取りと会社までの通勤時間を考えると無難な物件だろう。
築35年のアパートだが、ちゃんとリフォームも耐震補強もされているので、安心できる。
それに、なんといっても庭に縁側があるのだ。
1階で、女性の一人暮らしだと難色を示す人も多いだろうが、生け垣が成人男性よりも高く侵入するのは難しいので、そこのところは大丈夫。
今まで一度も下着泥棒はでていない。
なんなら、毎年庭に子供用プールをだして水着でくつろぐなんてこともしている。
目隠しもばっちりだ。
パラソルをたてて、プールにデジタルパッドを持ち込み、ビール片手にだらだらとするのが、毎年夏のお気に入り。
電車にのって、都心に向かう。
今日も満員電車。後ろから駅員によってギューギュー押し込まれ、乗車する。5センチヒールのパンプスで、バランスを崩さないように電車に揺られるのも、もう朝飯前だ。
これから1時間電車に揺られるのだ。
その間、スマホで新聞を流しみる。
まずは、日経平均をチェック。上がっていて、ひと安心。
このまま維持して、私のボーナスが上がることを誰かに祈る。
天なのか、神なのか、政治家なのか、給料を払ってくれるうちの会社の社長なのかわからないが、アバウトに祈っておく。
南無南無〜。ボーナス上がれ〜。
あとは、一面記事から順番に読んでいく。小さな記事も見逃さない。
お悔やみ欄も見て、知らない人ではあるが、どんな人生だったのだろうかと想像して、ほんの少し弔う。
その近くに掲載されてる著名人の死亡広告欄は絶対見る。
この手の話題は、ひょんなとこで役に立つ。特に営業トークで地雷を踏まないためにも必要だ。
すると、大手企業の社長が亡くなったことが書いてあった。
この企業は、私が働く会社とかなり関わりがあるところだ。
思わず、食い入るように読んでしまう。
どうやら、事故にあい、即死だったようだ。
これは、うちもなんらかの余波を受けそう。納期が遅れそうな気がする。
その記事を、読み進めて行くと、どうやら同乗していた息子さんは、まだ生きているようだ。意識不明の重体と書いてあった。
知らない人だが、意識を取り戻して生きてくれればいいと思う。
やがて会社に着くと、やっぱりというようにバタバタしていた。
社長らは、葬儀に行くようでスケジュールの調整をしているそうだ。
それにより、今日行うはずだった会議の延期が決定。
はぁ、これ方向性がきちんと決まらないと、効率よく動けないのにぃ...。
今時点で3パターンにしぼれている。
1つに絞って、それから動き出してギリギリという状況だった。
しかし、こうなってくると、全パターンの見積もりが必要になる。
どうなるんだろう。時間も人員も何もかもが足りない。
そんなふうに思っていると、タイミングよく沢崎課長が、手を叩きながら注目を集める。
「ちょっと、手を止めてくれないか。
サクマホールディングスの仕事なんだが、予定が変更になった。この担当になってるものは、A会議室に集まってくれ。」
沢崎課長は、35歳独身。
仕事ができる男で、異例の出世スピードで管理職になった人だ。
見目も良く、女性職員からの人気がすごい。
肩幅が広くて男らしい背中に安心感を覚えるとか、良く通る渋い声がセクシーだとか、切長の目がハンターのようで雄感にギュンギュンするとか、飲み会になると必ず話題に上がるほどの人だ。
そんな人の下で、私、
一緒に仕事する時間が長いので、当然私も沢崎課長のファンだ。
仕事ができて、顔も良いとくれば誰だって好きになる。
しかも性格は、おごったところがなく、ナチュラルにレディーファーストをしてくる紳士ぶり。
『なんなのっ!?この完璧な人は!?』と、怒りまで覚えたことは、懐かしい。
今は、単純に尊敬しかない。
あまりにも出来すぎの人だから、彼女になりたいとか夢想することもない。
万が一のことがあっても、自分が情けなくなるような気がする...。
うん、人種が違う。
「今日の会議が延期になった理由だが、皆も知ってるようにサクマ社長の急逝だ。
そして、先方も、不慮の事故で今後の対応が未定らしい。
今回のプロジェクトの責任者が、事故車に同乗していたらしい。今も意識不明らしい。」
「あっ!今日新聞で見ました。
社長の息子さんも意識不明だって...。」
「そうだ。立花も新聞を見たか。
今回の責任者が、その人だった。
俺も知らなかったんだが、庄司部長は社長子息だったらしい。」
「あれ?でも、苗字が違わないっすか?」
「どうやら、母方の苗字を使ってたらしい。」
「あー、あれっすね。特別扱いされたくないとかありがちっすね!」
「坂田...。明るいのは、お前の長所だが、知り合いが意識不明なんだ。悪いが、今は堪える...。」
どうやら、サクマホールディングスの庄司部長なる方と課長は知り合いらしい。
いつもこのプロジェクト関係で、沢崎課長とサクマにお伺いする時は、サクマ側の小林さんと権藤さんとしかお話をすることがない。
だから庄司部長という方には私は会ったことがなかった。
「すいません!お知り合いだったんですか?
本当に、俺、無神経ですいません!」
営業の坂田さんが、申し訳なさそうにしょんぼりと俯いた。
「あぁ。懇親パーティで挨拶したことがあってな。
同い年ということで意気投合して、軽く飲んだことも何度かあるんだ。
まさか社長子息だったとは、思わなかったが。
早く意識が戻ってほしいもんだ...。」
なんと、35歳で課長すっ飛ばして部長!
さすが、社長子息。世界が違う。
「それで、サクマのほうはストップせざるを得ないんで、納期が後ろに延びると思ってたんだが.....。どうやら、サクマに依頼を持っていった人物が、大物政治家だったらしくて最終締切は変わらないそうだ。
そこで、サクマからの契約金を大幅に増やすから、代わりに、こっちでできる限りプロジェクトを進めておいてほしいと打診された。」
「えー!ということは、ちょ、ちょっと待ってください!
お盆の入る前にサクマにほぼほぼの見積もりと計画を出すのは変わらずで...。
でも、今日の会議はないし、明日も葬儀で会議は流れるっしょ?
そんでもって、お盆までの日数を逆算すると、明後日までに下請け業者に発注するための計画を立てなくちゃいけないわけで.....。
んん??明後日、会議でプラン確定しても間に合いませんよっ!?」
「そうだ....。間に合わない。
つまり、会議までに全プランをほぼほぼ完璧に仕上げておかなきゃならない。
重役に、プランを決めてもらうのが明後日になるから、そのあと完璧に仕上げて10日には、サクマに提出になる。」
「あ゛〜!!なんでこんなにカツカツなスケジュールになってるんすか??
いつもだったら、今日の会議なんて、先週には終わってたはず!!」
わぁ〜っと、頭をわしゃわしゃとかき混ぜて天井を見る坂田さん。
私も、絶叫したい....。
「あ〜....。それについては申し訳ない。俺の海外出張が延びたからだ。
すまん、坂田。みんなも悪かった。」
沢崎課長が、深々と頭を下げて謝罪する。
はわわ!そんな、頭を上げてくださ〜い。と、会議室がザワっとする。
イケメンが頭を下げる姿、心臓が違った方向でドキドキします。
それに、沢崎課長は悪くない。
「仕方ないですよ...急にフランスの空港がストライキになっちゃったんですから。」
海外の空港がストライキすることは、稀にある。
数日、そこで足止めされるのだ。
仕方がないことなのだ。
それなのに、律儀に頭を下げる課長に、ぐっとくるものがある。
偉ぶらない課長は、本当に素敵だ。
「いや、チームの戦力を考えてなんとかなると思ってしまった俺が悪い。
レンタカーでも借りて、隣の国から飛行機に乗ることもできた。
そうしたら、ここまでカツカツにならなかった。」
立花も、ありがとな。と、優し気な目を向けられる。
目線で感謝を伝えてくる課長に、どきっとする。思わず、視線をふいっとそらして下を見た。
これでは意識していることがバレバレだろう。恋愛感情はなくても、ドキドキするのは止められない。
気恥ずかしい気持ちで自分の膝をしばらく見続けていたが、坂田さんのテンション高い声がすぐに会議室に響いたことで気持ちを切り替えられた。
有難う坂田さん!!さすが、元パリピ。
「課長〜!!
俺たちを、そんなに信じてくれてたんですかぁ〜!!嬉しいっす!!
自分、課長の為に頑張りますっ!!
みんなもなんとかやってやろうぜ!!」
坂田さんがチームのメンバーに発破をかけて、それぞれの目にやる気が満ちる。
「じゃあ、坂田チームがBプランを。井上チームがCプランを。俺のチームがAプランをまとめていく。
下請けに、回答期限の延長を打診してくれ。明後日の就業時間までには、回答できるようにしよう。
もし、無理そうだったら連絡をくれ。俺が何とかする。」
沢崎課長が、力強く任せろと言う姿に、絶対的な安心を覚える。
さすが、課長。課長がいれば大丈夫。大船に乗った気持ちになれる。
さて、私も動き出さないと。
まずはイシイ材木店と丸尚工務店に期限の延長の連絡とらないと。
ここは、いつも使ってるところだからたぶん大丈夫。
でも、坂田さんのところは、珍しい鉱石とか使うプランで、新規の下請けさんだから大変そう…。
私も前に同行したけど、新規参入したばかりで軌道に乗ってない感じがしてたもんなぁ。たぶん、駄目ならダメって早めに言ってほしそうだった。
「坂田さん、沢崎課長。東栄さんなんですが、もしかしたら期限の延長難しいかもしれません。」
「だよなぁ、立花もそう思うよな。課長、東栄さんは、結構ぎりぎりのスケジュールでまわしているっす。」
「なるほどね。東栄は、たしか珍しい石の取り扱いを始めて、参入してきたところだよな。」
「そうなんです。イアンの北西部で新たに見つかった珍しい青みがかかった石の取り扱いが東栄しかしてないんです。
うちが、依頼するとなるとかなりの大口になるらしく、うちの為に他の会社の依頼を止めてくれてるらしいんです。」
「なるほど。もし、契約にいたらなかった場合、経営が立ち行かないのはまずいな。期限延長ができなければ、契約してもらってかまわない。あとから違約金払った方がすんなりいくからな。
だが、延期がどうしてもできなかったときだけだぞ。わかってるだろうが、痛手すぎる…。」
「あっ!坂田さん。もし直接伺うなら、会社の近くの花屋さんでローズゼラニウムの鉢植えを買って手土産にしたらいいかもしれないですよ。あそこの社長さん、ガーデニング凝ってるじゃないですか?」
ローズゼラニウム??と、復唱する坂田。
ピンとこないようだ。
課長も、同じくキョトンとしている。
「東栄さんは、石と緑の競演ってコンセプトで庭がすごいんですよ、課長。」
依は、東栄に行ったことがない課長に説明する。
坂田も、依の発言に加えて説明する。
「池もあって、金魚が泳いでいて風流なんすよ。
商談するための机がわざわざ庭にあって、春とかは外で商談するっす。」
課長は、なるほどと納得した様子。
依は、なぜローズゼラニウムなのかを二人に説明する。
「こないだ商談に行った時に、社長さんが言ってたんです。
『日よけも設置して、ミストシャワーも置いて暑さ対策は完璧なんだけど、虫がねぇ。蚊に刺されるから商談向きじゃないんだ。』って。
ローズゼラニウムは、植えるだけで虫が来なくなるんですよ。今の時期、普通は花も終わりなんですが、遅咲きのものがこないだそこの花屋さんに売っていたのを見かけまして。
話題の一つにしたら、印象くらいは良くなるんじゃないかなぁって思いまして。どうでしょうか?」
「なるほど、女性らしい視点だね。いいかもしれない。」
課長の切れ長の目が細くなり、やわらかい印象の笑顔を向けられる。
条件反射で、顔が赤くなってしまう。
「おっけー。立花、アドバイスさんきゅーな。
とりあえず、それ持って行ってくるな。
課長、立花貸してくれたりしません?
このぼんやりとした雰囲気が、営業先のおっさんにウケるんですよ。」
「坂田~。
立花をぼんやりって…。それは、褒めてんのか?
せめてふわっとした癒し系とか言えよ。
立花は、仕事も速いし、気配りも出来る。
そんな言い方じゃ、出来ない子みたいじゃないか。」
尊敬する課長が、褒めてくれて、嬉しい。
でもね、坂田さんの言いたいことはわかる。
華がないのよ、私。地味なのよ、ほんと…。
目は一重だし、たれ目がちだし。
主張する顔じゃないから落ち着くって、元カレも言ってたしね...。
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