episode3.

親父は流暢に携帯に番号を打ち込み、電話を掛けた。

三回ほど、コール音が鳴り響く。


「あ、もしもし。アッちゃん?」


アッちゃん。そういった親父の声色は、弾んでいた。

そいつが、親父の指す仕事の同僚なんだろうか。


「俺んところの息子がよぉ~、やっと裏仕事しごとに興味持ってくれてな。

悪ぃんだけど今から迎え来られるか?」


…ということは、親父のその仕事?とやらの同僚が来るってことか?

アッちゃん、というくらいだから若者なんだろうか?

いや、親父の年齢を考慮すると屈服のいい野郎かもしれねえ。

そんなことを考えてるうちに、親父は自然と通話を終えていた。


「おう、衛。これから、アッちゃんが迎えに来るらしいわ。

こんな道のど真ん中で駄弁ってるのもあれだし、隅に寄ろうや。」


そうして親父は、電柱の立っている隅を指さす。


「…いいけど。ていうか、”アッちゃん”って誰なんだ。」


電柱の隅へ足を動かしながら、親父にそう問うてみる。


「アッちゃん?ああ、会ってみればわかるよ。」


何気に質問をかわされた。これも機密事項トップシークレットと同じで

何か隠さなきゃいけない理由でもあるのだろうか?まあ、いいだろう。

そう思った瞬間だった。


────キキーッ。


すると遠くから、車の音が聞こえてきた。


「お、流石アッちゃん。迎えが早ぇなあ」


その音を聞いた親父がにっかりと笑う。

俺は逆に驚いていた。親父が連絡をその”アッちゃん”とやらに寄こしてから

僅か2~3分程度で到着したようにしか思えない。

近隣住民か?否、それとも機密事項ってなだけあって相当な訓練を積んでいる

優秀な人間が迎えに来たんだろうか。深く考えてみる。


「お、衛ゥ。あれが、アッちゃんだぞ。見ろ」


親父は俺の肩を掴むと、左手の人差し指でこちらへ向かってくる人影を差した。

その人影は段々とゆっくり近づいてくる。ぼんやりとしていてわからないが…

随分とそいつの身長は高く見えた。黒い傘を差している。


「こんにちは。」


静かな品位のある低音が聞こえた。

その声に驚いた俺が、目を丸くしていると黒い傘を差している相手は

ゆっくりと俺を見て微笑んだ。まるで、小さい子供を見た時の大人のような

生易しい目にも思えてなんだか気色悪くも思えた。


「裕大さん、この子が例の息子さんですか?」


「そうなんだよアッちゃん。こいつが俺の長男バカ息子、衛だ。」


傘を差して居る男は、雨なのにも関わらず黒いサングラスを着用していて

白髪の髪の毛を一つ結びに結い上げていて嫌に真っ白い肌をしている。

何だこいつ…視力でも悪いのか?


「ほう、だから貴方とよく似た顔をしているのですね。随分と大人しそうですが」


親父の方を向いた男は、親父に向かってそう言う。


「まあな、だが戦闘術…武闘はある程度叩き込んであるぞ。」


「…そうなんですか?」


「…ああなんせこいつは後継者になるからな。厳しく躾けなきゃ、まずいだろ?」


親父は真面目な瞳で、相手に言ってのけた。いやまて、後継者?

後継者…?仕事の後継…?武術を叩き込む必要がある、後継者…?

疑問が頭に浮かび上がってくる。


「まあ、立ち話も何ですし…取り敢えず車に乗りませんか?」


傘を差していた男は、頬に笑みを浮かべながら親父にそう促した。


「そういやそうだったわ、悪ぃね。アッちゃん。」


それを思い出したように親父も笑う。


「息子さんもどうぞ、此方へ。」


そういって、男が指を差した先には黒塗りのバンが一台置かれていた。

それを見た俺は思わず生唾を飲み込んだ。


怪しげな雰囲気な男、そして…親父の言う”アッちゃん”。

…そして、”後継者”という言葉。



のちに俺は、後悔することになることを今は知る由もなかった─。


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