episode4

-裕大視点-


椹木衛こと、俺の倅は齢28になる長男坊である。

定職に就かず、ふらふらと様々な職場を練り歩くような男だ。

灰のようなくしゃくしゃの癖毛も、荒み切った目つきも…

180後半程の巨体に育て上げたのも、少々荒療治であったが俺の今行っている

仕事をあいつに引き継がせる為には致し方ない事だった。


苦虫を嚙み潰したような面で、今隣を衛は歩いている。

そういや、成人を過ぎてからこいつと鉢合わせしたくてもこいつの方から

俺に近づいたり俺と話したりすることを拒まれているような気がしていた。

カミさんにも、どうしたら振り向いてもらえるか…どうして相手が俺を避けるのか、

その理由を問うてみたが返事はうんともすんとも返ってきやあせんのだ。


アッちゃんこと、俺の仕事の同僚である鷹元篤たかもとあつし

「随分と大人しそう」と言われてしまったもんだ。まあそうだろう。

この巨体の癖に、衛は俺らと同じような仕事の経験が無い。

趣味で体を鍛えている若者か、それか肉体労働を行っている人物…という

ようにしか普通の奴らからしたら受け取られないだろう。


「祐大さん。」


アッちゃんが、俺に向かって声を掛けた。


「移動先は、いつもの”拠点”《アジト》でいいですよね?」


低くも、品のある声でそう返してきた。

アッちゃんは、たとえ俺と同級生であっても物腰が低く

かなり紳士的な男だ。俺が口調を崩すように唱えても今まで一切

この丁寧かつ綺麗な敬語口調を崩した瞬間を見たことがない。


「おうよさ。」


「承知いたしました。では、裕大さんは私の隣の席に。

衛さんは、後部座席に座ってください。多少ここから時間がかかりますので

リクライニングシートを倒して眠っていただいても結構です」


丁重にアッちゃんは淡々と説明をしていく。

衛も流石にその話を聞いて思うところがあったのか、アッちゃんの方を見ていた。


「…俺は今からどこに連れていかれるんですか?」


若干、不安げな声で衛はアッちゃんにそう問う。

しかし、アッちゃんは返すこともなくただにっこりと笑うだけ。


「到着すれば次第にわかりますよ。」


衛は納得がいかないような様子だったが、渋々後部座席に乗り込んだ。


「さあ、裕大さんも。行きますよ。」


我ながら、長年アッちゃんいや鷹元とは結構な付き合いになるが

いくら丁重であり紳士的な性格であるとはいえど、彼が時折浮かべる

笑顔は若干不気味にも感じるときがある。これは口が裂けても本人には言えないし

一生心の中に潜めておくつもりではあるが。


運転席に乗り込んだアッちゃんは、エンジンを掛けた。

すると同時に掛けていたサングラスを取り外す。

鋭い金色の瞳が、どんよりとした曇天の空を反射させていた。


「…裕大さんって、本当に衛さんにこの家業の事を教えていないんですか?」


運転に集中するため、俺の方は向かなかったもののアッちゃんの声は酷く冷たい。


「おう…教えてねえよ。戦闘術を叩き込んだ理由も、まだ明かしてない」


はあ、とアッちゃんはため息を着く。そしてしばらくの沈黙。

気まずい空気が車内に充満する。


「あなたって人は」


何か、アッちゃんは言おうとしたらしいが口を噤んだ。


「なんか言いたいことでもあんのか?」


俺がそう返すと、アッちゃんは首を振る。


「いいえ、何でも。取り敢えず、早めに着けるように善処します。」


そう言いながら、アッちゃんは深くアクセルを踏み込んだ。


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