1話 栄えし村よ
「おいで、
慈愛に満ち溢れた顔を屈め、こちらを手招きする母。そこへ駆け寄って写し鏡のような笑みを上げ、抱きかかえられて山の上の神社から村全体の鮮やかな景色を見た。これが改人の初めての思い出であった。
ふたつ、みっつくらいのことだったか。遠い過去となった今でもまどろむと脳裏に浮かぶこの記憶は何よりも心地良いものだった。
追憶の中で彼は満開の桜並木の匂いを鼻に満たし生涯初の幸せを体感した。
村の頂上で美しき村の形容を目にしたのは十の刻位だっただろうか。日が程よく照り、自分と母の身体を春の暖かさで満たしてくれた。
見下ろすと楽しげに歩を進める村人たちの姿が目に映った。誰もが楽しげに、弾むように村の中央の大路を行き交う。
その景色から首をお腹の方へ曲げて辿っていくと三百段ほど蛇のように続く階段に出会う。そこを登れば改人たちのいる大きな岡というか山のようなところへ至る。ここがこの村の中心で小高い山頂には信仰の対象である神社が鎮座している。
改人の生まれた
この大きいのか小さいのかはっきりしない山の裏には正真正銘の大きな山があり、名前は特に無い。
神社は古いながらも丁寧に管理されている。石畳の通路は神の正性性を表すかのように真っ直ぐ伸び、わざわざ多くの段を飛び越え参拝に来る村人を出迎える。改人たちもそんな人々の一部だ。
また視線を前方に戻す。ここからだと小さい我が家も見えそうだな……と幼い自分が思わないようなことが脳裏に浮かぶのはこれが成長した自分の夢だからだろう。
甘い蜜に浸されたような感覚に抗い、眼を覚まそうかとも思ったがこのまま己の若い頃の
もう村には十年も顔を出していないのだ。今更戻る事もできまい。合わせる顔もないほどのことをしたのだから。だったらこの淡く、美しく保たれた世界に浸っても良いではないか。
ほら、あの丘に生えた大木、釣りに丁度良い小川……、挙げれば切りのない子供の頃の記憶が景色を捉える。
一人の外遊びも
それを母は単純な笑みと捉えて応えるように抱き直す。その温もりが改人にも伝わる。もう古い
ふぅーっと小さく息を吐くと、太陽に温められ、睡眠に適した状態になった小さい身体に眠気が昇ってくる。
それに従い、改人は
幼い改人は夢の中で更に寝ようとしていた。
日の光と母の腕の感触だけが意識が切り替わる、その瞬間まで残っていた。
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