珀明の御子

夏楽

序 あの村は

 あれまぁ、どちらから来なさったんで。へぇ〜世波よば旧都きゅうとからですか、しかも条僧じょうそう様。

 各地を巡っては修行をしているというのは本当だったのですね。ああ、こんな田舎ですから話にしか聞いたことが無くてねぇ、条僧を初めて見たもんですから。

 何で旅人と分かったか?そりゃあこの村のもんは大体顔見知りですからねぇ。

 それにしても遠路遥々大変でしたでしょう。是非うちの会寺かいじに泊まってってくださいな。それなりに私らのほうで綺麗にはしているのでゆっくり休まれて下さい。

 え、野宿で十分⁉そんなことおっしゃらないで存分使って下さい。そのための会寺ですから。

 ええ、ええ、ご飯も折角ですから御用意させていただきます。

 そんな気になさらないで。ただ久々の客人ですから勝手に私らがやったと思って下さい。

 そう、それでいいですよ。では案内させてもらいますね。

 あの大きな岡というか山が見えますか?あれがこの村の中心で山頂には社があるんです。そこへの参道のすぐ右手側に会寺があるんでね。また改めて説明しますからお使いになって下さい。

 さぁ村長の所で夕食でも、こっちです。うちの山の幸を楽しんでいただきたいですわ。

 はい、この村は色々なものがある良いところなんです。暇があれば貴方様もまわってみてはいかがですか?

 左様ですねぇ、自分で申すのも恥ずかしいですが、本当に良い村ですよ……。

 あ、まぁ山向こうの村は悩みの種ですけど……。この村に一番近い、社のある山の裏の、もっと大きい山の向こうの村とは殆ど関係が途絶えているんです。つまり仲が悪くてねぇ。

 ご先祖から続いているらしくて。どうやら付近の水源の利権やらなんやらで揉めに揉めたらしくて。 

 どこもそんなもの?

 まあ、そう言っていただけるとありがたいです。どこもこういういざこざはあるもんですかねぇ。だと良いんだけど。

 あ、でも過去の因縁だけじゃないんです。いくら仲が悪いったって近くに居れば運悪く……こう言っちゃあ、あれですけどね。遭うこともあったりするわけですよ。こっちは穏便に済ましたいとこなんですけど、あっちはこちらの顔を見た途端鬼のような形相で睨んで罵ってくるそうで、本当に面倒ですよねぇ。

 え!!は見たことあるか?

 もぉ!そんなお世辞は通用しませんよー。もう下るだけの人生な老婆ですから。やだやだ。

 まあ、嬉しい限りではありますよ〜。ありがとうございます。

 ふー、ちょっと舞い上がっちゃった。

 さて話を戻しますけど、彼らを見たこと有るにはあって。それこそ私が本当に村の生娘だった頃です。父親について山に入ったんですけど、まあ見た目は私らと何も変わらないのにあそこまで異様さを放っているとは驚いたものです。

 ふと山の上を振り向いたら鎌を持った険しい顔をした老人が居るもんだから怖いのなんの。

 すぐに父が気付いて後ろに庇ってくれて、影から覗いていましたけど、訛の酷い喋りで私らを酷く言うもんだから父も怒ってさっさと山を降りちゃって……。

 老人は唾を飛ばしながら血走った目で睨んで、罵声を濁流のように浴びせてきて……。しかも当時の私には分からないような下劣極まりないものまで……。

 いったい何が彼の気に触ったんだか。

 何がなんだか、私は困惑して父について帰りました。

 その日は寝るまで愚痴を溢す父を母が諌めてました。私にもあいつらは最低だなんて言っては昼間っから酔いつぶれた顔を近づけてきてねぇ。

 私も混乱が融けると心がモヤッとしてきましたから、否定できませんでした。

 まあ他の村人に聞いても、心地の悪い話しか返ってきませんよ。

 ここらで暗い話はやめておきましょうか。すみませんね私ばっかり話してしまって、悪い癖なんです。夫にもよく言われるくらいで。

 ではこちらが村長の家です。今度は貴方様の旅路でのお話をお聞かせ願おうかしら。今日はご馳走を用意しますのでちょっと待ってて下さいね。

 佐群さぐり殿ー。お客がいらっしゃるけど、家に入れていいかね?旧都から来たお偉方だよ。ああ、良かった。ありがとさん。

 ささ、こちらへ。改めてようこそおいでくださいました――。

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