第15話「盗まれた件」

 その日の夜のこと――


 床で寝ていると、ガサゴソと部屋の中で物音がした。

 目を開けるのも億劫だったので、声だけで呼びかけた。


「ヘスタぁ……? トイレかー?」

「猪は意外とイケるのぉ……」

「そっかあ……」


 猪って食ったことねえなあ……美味いのかなあ。


◆ ◆ ◆


「龍玉がなくなったあ!?」


 眠気が一瞬で吹き飛ぶできごとが起きた。

 今朝、目を覚ますと青ざめた顔をしたヘスタがいた。

 話を聞くと、


「龍玉が……なくなってるの……」


 とのことだった。


「え、でもお前昨日あの後って……」

「龍玉なんて持ち歩かないの。ずっとリュックの中に入れてたの。なのに……」

「本当にないのか? ちゃんと探した?」

「リュックの中は無限にアイテムが入るけど、スキルで管理できてるの」


 ヘスタがメニューを出した。


「自分が所持しているアイテムは一覧で見れるの。昨日は寝る寸前まで龍玉の欄を見てニヤけてたから、間違いなくリュックにしまってたの」

「ニヤけてたのか……」


 商人として余程嬉しかったのか。

 でも、そうなるとより話がややこしくなる。


「誰かがヘスタが寝ている間に奪ったっていうのか? この部屋に忍び込んで」

「そういうわけじゃないの……それで言うと、コーヤは知らないの?」

「俺が取ったと?」

「そんな事は言ってないの! ていうか、ヘスタのものは身も心も全部コーヤのものなの!」


 身も心ももらった覚えはねえよ。

 あと、別に物も俺の物になどしてない。

 ヘスタのものはヘスタのものだ。


「つーと、本当に誰かが夜中に忍び込んだのか? でもそんなわけが……」


 そういえば、昨日の晩何か物音がしなかったか?


「なあ、昨日の晩ってお前トイレとか行った?」

「? それを言うなら、昨日コーヤが夜中ゴソゴソしてた気が……あ! 別にいいの、コーヤがコーヤの部屋で何をしていてもヘスタは……」

「何もしとらんわ!」

「ヘスタは……コーヤにそういう目で見られても嫌じゃないの」

「話の腰をこれでもかと折るんじゃねえ! ……ってことは、本当に昨日この城の人間が龍玉を狙って?」


 お互いだいぶ寝ぼけてたので真偽はわからないが、二人して立ち歩いておらず、二人とも物音を聞いていると。


「……犯人探しなの!」


 いつにも増して、ヘスタの目は本気だった。

 これが商人魂か。


◆ ◆ ◆


「ふんす」


 ヘスタ隊長の下、犯人探しが始まった。


「おはようございます、コーヤ、ヘスタ。今日は早いですね」

「おはよう、ニーナ」


 ニーナと廊下で出会った。朝から寝癖一つないところはさすが王女様か。


「ニーナ……」

「え、どうかしましたか? ヘスタ?」


 ヘスタの鬼気迫る形相に気づいたらしい。


「聞いてほしいの! 龍玉が盗まれたの!」

「りゅ、龍玉が!? 盗まれたって……この城の中でですか?」


 城内での窃盗だなんて、前代未聞だろうな。


「そうなの。きっとこの城の中に犯人がいるの……」


 謎にヘスタはくんくんと鼻を利かせている。


「昨日の晩、俺たちの部屋に誰かが忍び込んだみたいなんだ。ニーナは何か心当たりとかないか?」

「そうなんですね。……昨日の夜は、すみません。私はぐっすりでした」

「そっか。ニーナの部屋に誰かが侵入したとかもないよな?」

「私の部屋は夜でも窓の外まで見張りの人がついているから、誰かが忍び込んだりすることはないですね?」


 窓の外まで警備してるなんて抜け目ないな。だいたい、姫が攫われるのは窓からだと相場は決まってる。ここの王はそういうのを心得ているらしい。


「でも、監視されてるみたいで嫌じゃないか?」

「昔からこうだったので、こういうものかと思っていました。でも、衛兵の方たちのおかげで今まで危ないこともなかったですし」


 夜だからって居眠りするような衛兵じゃないんだろう。優秀だな。


「うーん……龍玉がないと家が買えないの」


 ムスッとしながらヘスタがぼやいた。

 その一言にニーナが反応したように見えた。


「そ、そうですよね~、龍玉が見つからないとー困っちゃいますよねー」

「……ニーナさん?」

「は、早く見つかれば~いいですね~」

「なんか急にきな臭くなったの」


 ニーナの目は泳ぎまくっている。


「え、私なんか変な顔してましたか?」

「い、いや……」

「全然……全然、龍玉が見つからずにお二人がもうしばらくこの城に留まってくれたらとかそんな邪なことは考えてないのですよ?」

「そう、だよな?」


 悪い意味でこの人は素直だよなあ。


「あ~龍玉があればニーナとコーヤと3人で暮らすということもできたかもしれないの……」

「へ?」

「でも、龍玉がなかったらそれもまた夢の話なの……あ、ニーナは気にしないでいいの。これはヘスタの夢物語なの」


 勝手な話をするな、と言う前に。


「それは! 急いで! 探索しなければなりませんね!」


 血走った目でニーナが詰め寄った。


「これは由々しき事態です。城の総力を挙げて龍玉を見つけましょう!」


 それを聞いてうんうんとヘスタがうなずく。完全に手玉に取られているな。

 ていうか、ニーナがそんなにヘスタと暮らしたいと思っていたなんて思わなかった。


「……何もわかってないの」


 ヘスタが何か呟いた気がするが、俺にはよくわからなかった。

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