第12話「初任務の件2」
オークの件以後、俺は次々に魔物の沈静化を行った。
基本的に俺がハッキングを連打しているだけなので、控えているアドレーヌとへスタは暇そうだった。
「うわ、なんだあれ?」
俺たちが眼の前にしたのは、猪の大群だった。
「フラワー・ボアの大群ですね……しかも、そのほとんどが凶暴化状態……」
「こりゃ数匹ハッキングしたところで意味がないかもな……」
逆に群れが一斉に暴れだすかもしれない。それこそ、街道とかに出ていったら最悪だ。
「少々手荒なことをしてもここは全員一度に沈静化したほうがいいかもな」
どうしようかと迷っていると、唐突に後ろから声をかけられる。
「貴様ら、ここで何をしている!」
ドキッとして振り向くと、そこに立っていたのは金髪の騎士だった。
クライアスとその一団だ。
「誰かと思えば……リトニーナに馴れ馴れしく絡んでいた男……それにアドレーヌ? なぜこの男と」
「待て、クライアス今それどころじゃない!」
「口答えする気か? 初めから気に入らん男だと思っていたが、ここで一度わからせてやる必要が……」
クライアスの声は当然、猪の群れにも届いている。気がつけば、大群の目はこちらを見ていた。
「ぐおおおおお……」
唸り声がどんどん大きくなっていく。群れ総出で唸っているんだ。
それは、さながら前の世界で見た小さい魚が集まって大きな魚になる童話のように、一体の大きな猪が唸っているようだった。
「こ、これは!」
「今すぐ逃げろ!」
なりふり構わず叫んだ。ここにいたら全員袋叩きにされる。
一目散に騎士団が逃げ出し、その後ろにへスタがつく。俺が逃げやすいように彼女の素早さを上げたのだ。
「アドレーヌ! ……っ!」
後ろを付いてきていると思っていたアドレーヌが、俺の後ろで倒れていた。
どうやら木の根に躓いたらしい。
「私のことはいいので、騎士団を!」
そんなわけにはいくか。
俺は戻ってアドレーヌを抱きかかえた。群れが走ってくる方角に背を向け、アドレーヌを守るように。
「俺自身の防御力を上げれば!」
どすどすと地鳴りのようにやつらの足音がこだまする。
背中に衝撃を感じるが、痛みは感じない。軽いマッサージを受けているくらいの感覚だ。
「コーヤ、様?」
「こうしている間は大丈夫だ」
すぐに猪の群れは過ぎ去った。
途中でへスタの素早さの補正が切れただろうが、おそらく逃げ切るだろう。騎士団もいれば多分守ってもらえずはずだ。
「た、助かりました、わ……」
固く抱きしめ過ぎたか、アドレーヌの顔は少し紅潮していた。
「ああ、ごめん、苦しくなかった?」
「い、いえ、全然苦しくなんて……むしろ……ああ、いえ! 本当に大丈夫ですわ!」
赤い髪をくるくるしながらうつむきがちに答えた。そりゃいきなり抱きついたらそんな反応にもなるよなあ……申し訳ない。
「へスタリア様とはぐれてしまいましたわね……」
「とりあえずへスタを探そうか」
立ち上がると、今度はさらに大きな地響きが俺たちを揺らした。
「な、なんだ!?」
「こ、コーヤ様……あ、あれ……」
俺は思わず口を大きく開けてそれを見上げた。
俺たちの眼の前に現れたのは巨大な猪だった。
さっきの猪の大群をすべてくっつけて一つにしたような、まさに親玉のようなモンスターだ。
「ど、ドラゴン・ボアです……ああ……」
腰が抜けたのか、アドレーヌは地面に手をつくも立ち上がれない。
「に、逃げてください。コーヤ様でもあれには勝てません!」
こんな時にカッコいいセリフでも言えたらいいんだが、根がサラリーマンなのでそんな言葉は出てこない。
だけど、この人は絶対に守る。
「ハッキング!」
まずは素早さを0にする。
でか猪が静止している間に猪の股下に潜り込む。
腰に携えていた矢を一本握り、今度は俺自身の攻撃力を上げる。
それと同時にドラゴン・ボアの静止が解除される。
「よく考えたら、俺……弓なんて使ったことなかった!」
だから、自分の攻撃力を9999にし、矢を猪の身体に向かって投げた。
「ぎゃあああああああああ!!!」
鳴き声とも叫び声ともとれないような禍々しい声を上げるドラゴン・ボア。
矢はやつの胴体を一瞬で貫いたと同時に、やつを絶命させた。
「う、嘘……ですわ?」
目をパチクリさせるアドレーヌ。
即興にしては上手くいったのではないだろうか。
ほっとしたのもつかの間、俺の背中に衝撃が走った。
「あ、アドレーヌ?」
アドレーヌが俺に抱きついていた。
「もうダメかと思いましたわ……あなたがいなければ私は……」
「大丈夫。多分もう復活とかしないだろうし」
フラグみたいだが、さすがにそれはなさそうだった。
しばらくして、アドレーヌは平静を取り戻した。目は真っ赤だったが、とりあえず落ち着いたらしい。
「さ、さっきは取り乱して申し訳なかったですわ……このことは誰にも……」
「言わない言わない」
彼女にも王城の騎士としてのプライドがあるらしい。
あの騎士団長に知れたらめんどくさそうだしな。
「でも、まさか本当にあのドラゴン・ボアを倒してしまうとは……」
「こいつってそんなに強いの?」
「並の冒険者では手が打てなくてランクAの冒険者に依頼するも、今までに討伐した者はいなかったのです」
それでランクS相当だという騎士団長に話が回っていたのか。
「そういえば……確かこのドラゴン・ボアは龍玉というものを持っていると思います」
「龍玉?」
「龍族の力を宿すと言われる玉ですね……えっと……」
「それならもう取ったの」
「うわ、へスタ!?」
さっきはぐれたはずのへスタがそこにいた。
「なんでここにいるの? 猪の群れは?」
「騎士団がなんとかしてると思うの。私は隙を見て二人を探してたの」
「それはよかったけど……」
まあ騎士団は放っとくか。なんとかしてくれるだろう。
「それで、この玉が?」
へスタが大事そうに持っている水晶玉のようなもの。これがさっき言っていた龍玉か。
「そうなの。商人としてレアドロップは見逃せないの」
レアドロップってなんだ。てかどうやってそれ取ったんだ?
いや、そこは聞かないことにしよう。なんかグロい話になっても嫌だし。
「ボアの◯◯を✕✕して△△したの」
「なんで聞かなかったのに言っちゃうかな?」
最悪な気分になった……下手に想像してしまったからなお気分が悪い。アドレーヌはこの世の終わりみたいな顔している。
「これも商人スキルなの。ねえ、コーヤ、へスタ役に立ったの?」
「ああ、役に立ったよ。最後の話さえなければ」
とりあえずヘスタの頭を撫でておいた。喜んでいるが、撫でている方の顔は最悪だっただろう。
「さて、レアなもんも手に入ったし、一旦帰るか……」
元の依頼も、これ以上収穫はなさそうだしな。
るんるんな商人とゲロゲロな騎士を連れて、俺たちは街に帰還した。
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