第7話「実験してみた件」

「プログラマーってすごいんですね!」


 エルミリーさんと別れて館を後にした。

 城へ戻る間もニーナの興奮は冷めない。


 ニーナのこの言葉は前の世界のプログラマーに録音して聞かせてやりたいな。


「これなら冒険者としてもクエストをこなせるのでは?」

「冒険者か……」


 おそらく冒険者になればある程度自立して生活できるようになるだろう。


「冒険者になるにはどうすればいいんだ?」

「冒険者協会で手続きをして、いくつかクエストをこなせば正式に冒険者として登録されるかと」


 ウィネットさんが親切に教えてくれた。


「コーヤならすぐSランク冒険者になれそうですね!」

「冒険者にはFから始まり最高Sまでの冒険者ランクが割り当てます。上級になるほど受けられるクエストの幅が広がって、報酬も豪華になります」

「Sランクの冒険者ってどれくらいいるの?」

「さあ……でも、片手で数えられるほどしかいないかと」

「Aランクは家の兵士にもいますね」


 逆説的に、王女様直属の兵士として働くにはAランク冒険者ではないと務まらないと。


「とりあえず、Aランクを目指すか」

「AランクもSほどではないですがかなり大変ですが、コーヤさんならきっと」

「ありがとうウィネットさん」

「わ、私も応援しますよ!」

「ニーナもありがとう」


 二人からの応援を受けてしまった。

 こりゃ頑張らないとなあ。


「おいゴラ! 持ってるもんださんかい!」


 唐突にでかい声が聞こえて、俺たちは思わず振り向いた。

 声の正体を探すと、路地裏ででかい男とその取り巻きが2人、それから女性の姿が見えた。

 小柄な女性は大きなリュックサックを両腕に抱えて震えていた。


「……何かあったんでしょうか?」

「あ、ニーナ様っ」


 ニーナが路地裏に入っていくと、急いでウィネットが追いかけた。もちろん俺も続く。


「おいおい、大人しく持ってるもん渡した方が身のためだぜ?」

「こいつはここら一帯で最強の斧術士なんだからな」

「あなたたち、何しているんですか?」


 ニーナが男たちに言い放つ。


「あん? あんたには関係ねえよ」


 だが、でかい男は取り合わない。もちろん、それで引き下がるニーナではない。


「いいえ、関係あります。私はこの国の王女です」

「……あ? 王女? 王女って言ったら……ああ、リトニーナ、だっけか?」

「ええ、我々が治める街のことは私にも関係があります」

「王女様……へえ……なるほど」


 男の下卑た顔がなお一層下卑る。


「これはこれは王女様ァ。いやいや、ワタクシどもは今大事な商談が故……後ほどゆっくりお話しましょう」

「ち、違うの! こいつは急に私を路地に引っ張って、商品を置いていけって!」

「うるせえ!」


 男は担いでいた斧を壁に打ち付けた。

 ガンッ、と甲高い音を立てると、女性は腰が抜けたのか、その場にへたりこんだ。


「ご、ごめんなさいなの……」

「その人を解放しなさい! あなたのやっていることはただの恫喝です」

「無能王女が……貴族が俺たち庶民のやり方に口出しすんじゃねえ!」

「なぜこんなことを? さっき、あなたのお仲間が最強の斧術士だと……であれば、こんな賊のようなことをしなくてもいいでしょう!」


 その言葉に男は斧を地面に叩きつけた。地面が大きく抉れる。


「それをお前が言うかお姫様よお? それもこれも、あんたの部下のせいで俺たちが受けられるクエストが減ってるんだろうが」

「私の部下……? 城の兵士のことですか?」

「ああ、そうか……てめえが払ってくれるんだな? だったらこんな貧乏商人なぞ脅さなくていい」


 男とその仲間がこちらににじり寄ってくる。


「ニーナ、まずい、一旦……」

「私はこの国の王女です。私は引きません」

「いい度胸だ。なぶり殺しにしてやる!」

「……っ!」


 男が斧を振り上げた瞬間、俺は咄嗟に近場にあった木の棒を男に投げつけた。


「あ?」


 もちろん、棒切れごときでダメージは与えられない。だが、動きを止めることはできた。


「その人に手を出すなよ」


 咄嗟のことで思わずやってしまった。こうなったらどうとでもなれだ。


「コーヤ……」

「ああうぜえ! どいつもこいつも! ……決めた。お前を半殺しにして動けなくして、眼の前でこの三人を犯してやる。その後お前を殺して女は売る。お前ら、その女は逃げないように抑えつけとけ」

「ひっ」


 取り巻きが商人の女の子の手を抑える。


「俺に喧嘩を売った無能王女を恨めよ!」


 男が斧を振り回しながらこちらに突進する。


「『斧の舞』!」


 俺は後ろに飛び下がった。

 まさかぶっつけ本番になるとは思わなかったが、ちょうどいい。ここで俺のスキルを試し打ちしてやる。


「『ハッキング』! 攻撃力を0に!」


 ブンブンと斧を回転させながら突っ込んでくる男に対して俺の魔法ハッキングを放つ。


「死ねえ!」


 斧が俺の肩に向かって振り下ろされる。瞬時に手を伸ばし、切っ先を掴む。


「なっ!?」


 男はほぼ叫ぶように驚嘆の声を発した。

 さっきまで風を切っていた斧の勢いが、いかにも非力な俺の腕に止められたのだ。


「誰が非力じゃい!」


 続けて俺は男の防御力を0にし、斧を押し返した。

 すると、ほとんど力を入れていないのに男が吹き飛んだ。


「な、何が!?」

「す、すごい……」

「なるほど……これが俺のスキルなのか」


 攻撃力を0にすれば刃物であってもダメージは受けない。そして、防御力が0になれば少し押しただけで相手を吹き飛ばせる。


「もうちょっと試したいから、起き上がってくれると助かるかな」

「殺す……今ここで殺してやる!」


 男が立ち上がった――と同時に、俺は気がついた。


 相手のステータスが見えることに。


 しかも、攻撃力や防御力だけでなく、相手のスキルから身長体重まで、すべてのステータスが見える。


「これが『ハッキング』か……ん? さっき下げた攻撃力も防御力も元に戻ってるのか?」


 どうやら持続力は低いらしい。かけてから20秒ないくらいか。


 性懲りもなく男が突っ込んでくる。

 じゃあ、今度は別のジャンルのステータスを変えてやろう。


「『ハッキング』!」

「……!? な、なんだ! お前! 俺に何をした!」


 男がその場で立ち止まり、その場でキョロキョロと何かを探すような仕草をしている。


「そうだよなあ。何も見えないのは怖いよなあ。わかるよお。俺も書いたコードが動かなくて真っ黒な画面が表示されたときは怖かったなあ」


 斧男の視力を0にした。こんなことまでできるのはまじで恐ろしいな。

 俺はその間に男の握っていた斧を奪った。

 彼の視力が回復したときには形成が逆転していた。


「これで俺自身を斧術士に……ああ、ダメだ。俺がプログラマーじゃなくなってしまうから……攻撃力を上げたらいいのか」


 攻撃力を999に設定してみる。


「よっ」


 斧を地面に叩きつけようと振り上げると、それだけで衝撃波が発生して男が吹き飛ばされた。


「ぬあ!」

「これ地面にぶつけてたらやばかったな……」


 地面が抉れるどころじゃなかったかもしれない。ニーナやウィネットにも危害を加えるところだった。


「てめえらも加勢しろ!」

「へ、へい!」


 少女を抑えていた取り巻きも加えて三人で突っ込んできた。


「今度は素早さを下げようか」


 ハッキングで全員の素早さを0にする……が、最後の一人の動きが停止するだけで、他の二人は普通に動いている。


「三人同時がダメなら……俺の素早さを上げればいいのかな」


 自身の素早さを999にすると、今度は全員が止まっているように見えた。


「これは面白いな」


 とりあえず三人の足を払っておいた。すると、数秒後には三馬鹿は仲良く同時にその場で倒れた。


「はあ……はあ……俺たちは、一体どうなって……?」


 いい加減困惑してきた男たち。さすがに実験もこのくらいにしておくか。

 俺は斧を地面に落とし、さらに自分の攻撃力をほどほどに上げる。

 そして、斧を踏みつける。


「この斧みたいになりたくなかったら、さっさとこの街から出ていった方がいいよ」


 粉々になった斧を見て三人はゾッとしたのか、這うようにしてその場を後にした。


「これで勝ったと思うなよ!」


 さすが捨て台詞もファンタジーだ。

 俺たちは逃げる男たちの背中を見送った。

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