第3話「テイマーな件」

 王都チェルダムに到着し、馬車を降りたところで声をかけられた。

 一緒に乗っていた2人組の女性だ。


「あの、すみません……」

「はい?」


 馬車の中でも思っていたが、やっぱりきれいな人たちだな……

 単純に美形というのもあるけど、気品があるというか、どこかの貴族の人だろうか? 佇まいも丁寧だ。


「改めて、先程はありがとうございました。あなたがいなければ、私たちは今頃どうなっていたか……」


 黒髪ロングの方の女性が再びお礼を言った。


「ああ、いえ……ていうか、俺は特に何も……」

「謙遜なさらないでください。あなたは私たちの命の恩人……ああ、申し遅れました。私はリトニーナ、ここ王都の……」

「ニーナ様」


 後ろに控える茶髪ショートの少し大人びた女性がリトニーナを遮った。


「ここまで来たら身分を隠す必要もないでしょうウィネット? むしろ、失礼では?」


 ウィネットと呼ばれた方は黙って一歩下がった。


「失礼しました……私はこのチェルダムの王女です」

「お、王女って……」


 リアルお姫様……ってコト!?


「え、あ、すみません、なんか、俺、私、失礼な態度を……ああ、申し遅れました。私、こういうもの……ああ、名刺がない。えっと、高坂コウヤと言いまして……」


 お偉いさんを前にリアル社会人のスキルが出てしまう。あまりにも準備してなさすぎてだいぶテンパってしまった。


「あはは、別に構わないのですよ、コーヤさん。楽になさってください」


 天使のような微笑みを向けられ、ほっとした。

 会社だったらすみませんで済むが、王女ともなるとそうはいかないだろうからな。不敬罪とか言われて処罰されてもおかしくはない。


「こちらの者はうちのメイドのウィネットです」

「先程はありがとうございました」


 物腰柔らかなリトニーナ様に比べて、ウィネットさんは仕事人みたいにクールだ。

 エンジニア的にはウィネットさんみたいな人の方がどこか親近感が湧く。


「リトニーナ様とウィネットさん……でも、どうしてお姫様なんかが馬車なんかに……」

「えっと、それは……って、え!?」


 直前まで和やかだったリトニーナ様の表情が一変、驚愕の色を見せた。

 彼女の視線を追って振り向くと、さっきの狼がこちらに向かって走ってきていた。


「フォレスト・ウルフ!?」


 狼は俺に向かって一直線に走ってきた。

 やばいやばい、えっと、さっきみたいに手出してえいってすればいいのか?

 ウィネットさんがリトニーナ様をかばうように前に出た。

 俺も手を出すが、思ったよりウルフのスピードが早い。もう眼の前まで来ている。


「間に合わない!」


 俺ウルフが飛びかかる。今度こそ俺の人生は終わりか!


「くぅ~ん」


 くぅ~ん?

 尻もちをついた俺にウルフが乗っかってきた。かと思えば、まるで人懐っこい大型犬みたいに顔をベロベロ舐めてきた。


「お、おい、やめ、俺は美味しくないぞ!」

「フォレスト・ウルフが懐いている……?」


 え、本当にこれ懐かれてるの?

 よく見ると、ウルフの眼は青い柔らかい輝きになっていて、さっきの紅い眼ではなくなっている。


「さっきのフォレスト・ウルフは凶暴化していましたが、この個体はそうではないですね……まさか、コーヤさんはテイマー?」

「ゔえ、よだれが……えぐい……」


 ウィネットの冷静な分析を聞いている場合ではなかった。

 とにかく、さっきの要領でなんか魔法みたいなの打ってみるか。


やめろぉハッキング


 念じるというか、懇願するように力を入れると、それが通じたのかウルフは人違いだったかのようにその場をすっと離れた。

 そうして、やつは森の方へ消えていった。


「テイマー……なるほど! コーヤさんはテイマーだったのですね! すごいです! 私テイマーさんとお会いするのは初めてです!」


 起き上がって顔を拭う俺にリトニーナ様が詰め寄ってきた。手まで握られてドキッとする。


「……はっ! すみません、つい……」


 さすがに興奮しすぎたのか、彼女は赤くなりながら身を引いた。


 えっと、テイマーってあの動物を使役したりして戦う職業、だっけ?

 確かにさっきは俺が念じると一匹が味方みたいになってくれたし、もう一度念じるまで俺に懐いてくれていた。テイマーのスキルと思ってもおかしくはない。

 だけど、俺の職業はプログラマーなんだが……とすると、さっきから何となく使っている魔法は何だ?


「えっと……コーヤさん、ぜひともお礼がしたいので、私の家へ招待させてもらえませんか?」

「リトニーナ様の家……って……ええ!?」


 それってお城とか宮殿みたいなってことだよな!?


「いや、俺本当テイマーでもなんでもなくて……」

「さっきのは間違いなくテイマーのスキルでしょう! 私、ずっと冒険者さんとお話してみたいと思っていて……」


 うーん……これはだいぶ誤解されているな……

 でも、後から誤解だったと知れれば気まずい。いや、気まずいで済めば良いが、もし、このまま順当に招待されれば、王様なんとかとも出会うことになる。

 その時に「誤解で!」なんて言えないだろう。社会人としてそれは許されない。


「……ですので、コーヤさんとはぜひ今後も……」

「あの、リトニーナ様!」


 勘違いを突っ走る彼女を一旦静止する。


「あの、ですね、俺はテイマーでも冒険者とかでもないんです。しがない……」


 プログラマーもサラリーマンも通じない……なんて言えばいいんだ?


「しがない?」

「しがない、金稼ぎです」


 サラリーマンを言い換えて、最悪のワード出ちゃった。


「お、お金稼ぎ?」


 そりゃキョトンだよな。

 ここまで来たら、ちゃんと事情を話すしかあるまい。


「えっと……俺、記憶がなくて、自分の能力とかもわからなくて、気がついたら馬車に乗ってたんです。だから、多分、リトニーナ様の考えていることは勘違いかと……」


 落胆させてしまっただろうか?

 だとすればお呼ばれの話はなくなって俺は晴れて途方に暮れるわけだが。

 まあ、そうだとしても大丈夫。きっとなんとかなるだろう。何かバイトでもすればいい。幸いにもここは景気の良い街らしいし。


「な、なんと……! そんな境遇にも関わらず、私たちを助けてくださったのですね! それは素晴らしい勇気じゃないですか! なお一層感銘を受けました! ぜひ私たちの城へ……城総出でお迎えをさえていただきます!」


 火に油を注いでしまった!?

 もはやリトニーナ様は俺を引きずるように街へ引っ張った。

 なんかよくわからないが、結果オーライなのか?


 まあ、とにかく何とかなりそう?

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