第10話 孤児院にて

 教会の近くには、よく孤児院が併設されていたりする。そして、ここロージア大聖堂においても同じことが言えた。もっとも、ここの場合は孤児院という建物があるわけではなく、聖女達の生活スペースの一部が孤児院としての機能を果たしていた。

 

 なので子供達の面倒を見るのも聖女の努めであり、今日も二人の聖女が子供達の前に姿を現していた。

 

 一人はお手伝いでやってきたユノ。もう一人はステラという名前の、聖女兼孤児院長を二十年も務めている大ベテランだ。

 

「みんなー、ちょっと集まってー」


 ステラが言う。

 その一声で、部屋に居た十数人の子供達が一斉に駆け寄ってきた。

 子供達は皆、ステラが抱きかかえている赤ちゃん、それにユノと手をつないでいる五歳くらいの女の子に目が釘付けとなっていた。

 

「今日、新たに二つの命がこの世に生を受けました。紹介するわね、この子がメイ。そしてユノと手をつないでいるあの子が、ククル。みんな、仲良くしてあげてね」


「「はーい!」」


 元気よく返事をする子供達。

 

 ちなみにこの孤児院では、孤児を保護して迎い入れることを「生を受ける」と表現する風習がある。

 中々に意味深長な表現だが、特別な意味はあったりせず、これをどう捉えるかは聖女によってまちまちである。

 ある者は「不幸な子供達がようやく人生のスタートラインに立てた」と捉えていたり、あるいは「親の気持ちになって子供と接せよという聖女達への教訓」と捉える者もいたりする。

 赤ちゃんのメイならともかく、五歳のククルにまで「生を受けた」と言ったのはこのためだ。

 

「それじゃ私は赤ちゃん達の世話をしてくるから、ユノはみんなと遊んであげてね」


「分かりました! ククルちゃんも一緒に遊びましょ!」


「うん!」


 ユノはククルを連れ、子供達と共に中庭へと繰り出していった。

 そして彼女達はかくれんぼをすることになったのだが――。

 

 

 

「た、たたた、大変です~~っ!」


 一時間後、ユノが血相を変えて中庭から戻ってきた。

 

「どうしたの、ユノ!」


 ステラもユノの異様な雰囲気を察し、真剣な面持ちで聞き返した。

 

「大変なんです、ククルちゃんが、ククルちゃんが……!」


「落ち着いて、ククルがどう大変なの?」


「ククルちゃんが、行方不明になりました~~っ!」


「――!」


 思わず目を見開くステラ。

 

「それは本当なの?!」


「はい。わたしだけでなく、子供達全員で中庭を探しましたが、未だにククルちゃんが見つかってないんです……」


「……本当に大変なことになったわね。もしかしたら中庭を抜けて大聖堂のどこかに行っちゃったのかも知れないわ」




 

 一方その頃、書物庫では。

 

「おやおやぁ? 見かけない顔だね、お名前は何ていうのかな?」


「ククルは……ククルっていうの!」


 書物庫の妖精ことクロエと、かくれんぼ脱走兵ことククルが運命的な出会いを果たしていた。

 

「そっかぁ、いい名前だね。ちなみにボクはクロエ。クロエお姉ちゃんって呼んでもいいんだからね?」


「……クロエ?」


「う、うん。クロエお姉ちゃん・・・・・、ね」


「クロエ!」


「あーもう、いいよそれで……」


 こんな年下の子供に呼び捨てにされるのかぁ、とクロエは自分の年上感の無さを嘆いた。

 

「ねぇねぇクロエー。ここってなぁに?」


「ここは書物庫だよ。本がいっぱいあるところ」


「え! じゃああれ全部本なんだ!」


「そうだよ。本を見るのは初めてかな?」


「ううん、初めてじゃないけど、こんなにいっぱい見るのは初めて! ねぇねぇ、なにか読んでよー」


「えー? もう、しょうがないなぁ」


 呼び捨てにしてくるのは気に食わないと思っているクロエだが、本当に心の底からそう思っているわけではない。加えてクロエは小さい子供には弱かったので、ぶつくさ言いながらも良さそうな一冊を選んで朗読会を開始するのであった。

 

「むかーしむかし、ある所におじいさんとおばあさん、それから――」


 テーブルに隣り合うように座る二人。クロエが読み上げる物語を、ククルは夢中になって聞いている。

 

「――こうして村には平和が訪れましたとさ。おしまい」


「すぅー……すぅー……」


「って、寝ちゃってるよ。もう、ほんとに自分勝手だなぁ」


 クロエは寝息を立てて眠るククルを見ながら、この子はどこから来たんだろうと考えた。

 

 ――まあ、考えるまでもなく孤児院からだよね。しかも一人でこんな辺境書物庫まで来てるってことは、遊んでいる所を抜け出して迷子になったとか……ともかく、あっちは今必死になって探してるだろうね。

 

 その時クロエは、昨日ユノに孤児院の手伝いを誘われたことを思い出した。

 今にして思えば、誘いを断ったせいでユノに危険な目に遭わせてしまったようなものだ。

 だから、そのお詫びに(なるかは分からないけど)ククルを孤児院まで連れて行こうとクロエは決心した。

 

「いくらボクが非力だからって……よいしょ、このくらいの子供を背負うことくらい訳無いんだよね」


 ククルを背中におぶって、早速書物庫を発つクロエ。早くも足がもつれているが、果たして孤児院までたどり着けるのだろうか。

 

 

 

 

 一方その頃、再び孤児院では。

 

「じゃあユノは引き続き中庭周辺の捜索をお願いね。私は他のシスターにククルを見かけてないか聞きに行ってくるわ」


「はい、よろしくお願いします……」


 ステラとユノが捜索の計画を立てていた。

 ククルは大聖堂のどこかに行った可能性が濃厚だが、とにかくだだっ広いので二人だけでは手に余る。

 事態は大聖堂の聖女全員を巻き込む大騒動に発展しようとしていた――その時。

 

 部屋の扉が急に開き、そこから息も絶え絶えな聖女が入ってきた。さらにその背中には、ぐっすりとお休みの子供も背負われている。

 

「はぁ、はぁ……、やっと……着いた……」


「クロエ様!? それに……ククルちゃんまで!?」


 ユノは二度驚愕した。

 まさにいま探そうとしていた人物が、まさかの人物によって連れて来られるなんて。

 明日は槍の雨でも降るんじゃないか、と本気で思ったくらいだ。

 直後、そう思うことは失礼な気がして、ユノは二度三度首を横に振る。

 

「クロエ、なぜ貴女がククルを……?」


 ステラがクロエに寄り添い、彼女の肩を支えながらそう尋ねた。

 

「いやぁ、たまたま会っただけだよ。はぁ、はぁ……」


 クロエはククルを背中からそっと下ろしソファに寝かせると、そのまま部屋を去ろうとした。


「待ってくださいクロエ様! 何かお礼を……!」


「いいよ、ユノ。ボクが礼をされる道理なんてないよ」


「ですが……」


「いいよいいよ、良い運動にはなったからさ。ははは……」


「……分かりました、クロエ様がそう仰るなら。ですがこれだけは言わせてください! ありがとうございました!」


 ユノは深々と頭を下げる。

 クロエはそれを見ると、何も言わずただ口元を少し緩ませ、そしてくるりと背中を見せて部屋を後にするのだった。

 

 

「それにしたってあの子も、久々に顔を出したと思ったらとっとと帰っちゃって……」


 ステラはそう言いながら、ククルの寝顔を覗く。なんて可愛らしい寝顔……そんなことを思っていたら、わずかに口元が動いているのに気が付いた。

 

「…………ロエ……ね……」


「あら? 寝言かしら」


「…………クロエおねえちゃん……」


「あらあら。うふふっ」


 ステラはすべてを察したが如く微笑んでいた。

 

 

 なおその翌日、クロエは生まれて初めて味わう筋肉痛に悶え苦しんだという。

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