第14話 戻らない過去と王の傷

陸羽は、思った以上に冷たい兄、陸鳳の態度に、腹正しくもあったが、元々そんなに仲が良かった訳でもないので、

「やっぱりだよね」

悪態をついていた。過去に封印された頃は、本当に、いたずら好きな神ではあったが、義理や人情は厚かった。山々の生き物は、全て、陸鳳に一目、置いており、人間でさえも、陸鳳を敬っていた。陸鳳を敬うことで、山々の秩序は保たれていた筈だった。あの日までは。久しぶりに見る兄は、冷たく、皆に尊敬される山の神ではなかった。

「その首から胸にかけて・・」

言おうとして、陸羽は、口を継ぐんだ。クリニックの看護師らしい女性が、不思議そうな顔をして、2人を見比べていたからだ。陸鳳は、その胸から首に掛けての傷跡に話を振られたくないのか、目を合わせようとしなかった。

「わかったよ。桂華は、俺の嫁になる筈だったもんな」

今にも、陸羽の口は、耳まで裂け、鋭い牙が覗きそうだ。

「後悔すんなよ」

凄んだ所で、看護師が、甲高い声を上げた。

「わかった!あなた、先生の弟さん!でしょ」

今にも、飛び上がりそうな勢いで、陸羽の胸に迫ってくる。

「似てるわね!特に、その口元。興奮したりすると、牙が覗くところなんて」

「は?」

陸羽は、妙に馴れ馴れしい看護師に違和感を感じた。

「なんだよ・・・」

この匂い。鼻先に迫る看護師の匂いは、どこかで、嗅いだ事がある。そうあの山だ。

「この匂いは?」

「いいから」

陸鳳は、看護師の手首を掴むと、奥の診察室に引っ張っていく。

「ちょっと!」

陸羽が、追いかけるが、陸鳳は、構わず、ドアを固く閉じてしまった。

「この匂いは・・」

土と草の匂い。昔嗅いだこの匂いは、山に住む生き物達の匂いだった。

「おい!陸鳳。一体何をやって?」

陸鳳の首から、胸に掛けてあった痕は、呪いの首輪と呼ばれ、生きた身体に巣喰い、じわりじわりと夜中に生きた魂を吸い取り、最後には、死に至らしめる呪術である。陸鳳くらいの山神が、術に負ける訳はないが、その身体には、間違いなく呪術の痕が、赤黒く染み付いている。

「おい・・・心配してんだろう」

陸羽は、声に出さず、小さく呟くと、クリニックを出る事にした。動物クリニックと看板を出してはいるが、集まっているのは、妖物や山の生き物達ばかりだ。中には、本当の患者がいるかもしれないが、このクリニックは、表面上だけで、陸鳳は、何かを策しているに違いなかった。

「桂華を守れ?」

守るのは、当たり前だろう。お前は、何をしてくれる?俺だけでは、ダメな気がする。夕闇に沈んでいくクリニックは、濃密な大気に包まれ、六芒星の中で、青白く輝いていくのだった。

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