はんごろし、あるけ?

「……あれ?」



はっ、と。

まるで今目が覚めたかのように。

僕は目を覚ました。

目の前に広がるのは、アーケード商店街。


見渡してみると、確かに見覚えのある、濁った印象を受けるけど、お婆ちゃんの家へ向かう前に通った、地元の商店街だ。

どこもかしこもシャッターが下りていて、人が一人もいない。

空を見上げてみると、天井らしきものもあるけど、どこか暗い。

真っ暗闇というわけでもないのが救いだけど、なんで自分がここにいるのかわからなかった。


「あれ? 確か、お婆ちゃんに買い物頼まれて……」


買い物を頼まれたのは、昼前だ。


お墓参りに行った次の日。

田舎特有の、何もすることがない症候群に一日経たずに襲われて、大座敷で寝てたら起こされて気分転換に買い物に来たんだ。


こんなにも薄暗いこともなければ、雨が降り出したというわけでもない。雨音がしないし地面も濡れてない。

昼前なんだから明るいはずだし、買い物に来たのに見るお店すべてがシャッター閉められてるって、ここに何しに来たんだって話だ。


変な意味で気分転換になりそうだ。


「んー、まあいいか。開いてるとこで探して帰ろう」


静かな静かな商店街。

自分の耳が詰まったんじゃないかと思うくらいに静かな商店街を歩く。


少し歩くと、普通にお店は開いていた。

普通に人もいて、普通に買い物客もいる。声も聞こえるし、商店街のスピーカーから、ちょっと古めなミュージックも聞こえる。

不思議に思いながら小さな雑貨店のようなお店に入ると、頼まれていた買い物をして帰路へつく。


歩いていると、田んぼ道に差し掛かった。

小道に入ると、お墓があるあの道だ。


「ん?」


墓の農業用道路の手前にある電球灯が、ちかちかと点滅している。

今は昼。ちょっと道草食ってただろうから、昼前に家出て、昼入った辺りに家につけばいいかなってくらいの時間。だから夜につく電球灯はついていないはずなのに、そこがちかちかと点滅していることがわかった。

空にはちょうど頂点に差し掛かった太陽がじりじりと自分の体を焼いているはず。

そう思って空を見上げると、


「あれ?……暗い……?」


僕は、真っ暗闇の中にいた。

まさに夜中。

先程まで商店街にいたはずなのに、どうして辺りはこんなにも暗いのだろう。


きょろきょろと辺りを見渡すと、星の光でうっすらとなのか、それとも目が慣れてきたのか、少しだけ周りが見えるようになってきた。


目に映るのは、先ほどのお墓の前の電球灯。

ちかちかと今も点滅を繰り返すそこだけが、ひどく明るく見えた。


その点滅の下。

灯の光の中に、一人。誰かが立っている。



「……あるけ?」



びくっと、その声に、驚いてしまう。

僕がいるのは小道の曲がり角だ。曲がり角といっても、遮蔽物もなにもないところだから拓けたところだ。

だけど、そんな場所から、電球灯のある場所はまだ遠い。


声なんて聞こえるはずのない距離。



「はんごろし、あるけ?」



今度ははっきりと。

耳に聞こえた。

たった一度の瞬き。

自分がぽかんと、瞬きをした間に、それはまるで時間が一気に加速したかのように動き、目の前に現れた。


老婆だ。

それは90代くらいの——ちょうど僕のお婆ちゃんと同じくらいの歳の老婆だ。


「ひっ」


声が出る。

思わず目の前に現れたその人に、失礼ながらも驚き、体は後ろへ下がる。



「はんごろし、あるけ?」



同音。

何を言われているのかわからない。

はんごろし? そのまま聞けば半殺しだ。

あるけ? 僕に歩けと言っているのか?


歩かなければ半殺し?


そう至った僕は、後ろへとじりじりと下がっていく。

とっさに思った自分は、その老婆の手に持ったそれを見て戦慄した。






「はんごろし、あるけ?」




 老婆が持っているものは、





「はんごろし、あるけ?」




          鎌だ。






「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」「はんごろし、あるけ?」







殺される。


ただただその言葉だけを問うその老婆に、そのにこやかな笑顔に。

一瞬僕のお婆ちゃんの顔がその笑顔に重なる。


震える。

一気に体が硬直する。


父さんの言っていたことを思い出した。





『確か当時、おはぎが好きな人で、食糧難に陥って、その辺りの人を鎌で襲って食べ物を手に入れようとした、鎌剥ぎ婆さんって名前だったかな、そんな感じの人がいたって話でさ。そもそも戦場の話と鎌持った婆さんって全然関係ないよな』





「鎌剥ぎ——……婆さん……」




思い至ったその瞬間。


僕は走った。


走って走って。

必死に走る。


何かを言えば助かるなんていう話、迷信だとは思うけど、あの時に笑わずに必死に思い出させればよかった。

でも、だって。



本当にいるなんて思わないだろう?

本当に会うなんて思うわけないだろう?


走る。走る。

走って走って。




助けて。

助けて。



「助けて! 誰か助けてっ!」


頭に思い浮かんでいたそれは、声になる。

必死に声をだす。



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