墓参り

 おはぎを美味しく食べ、しばらく休憩した後は墓参りへと。


 お婆ちゃんは後で墓参りに行くと言っていつも後でお参りにいっているので、今回も帰省した家族だけで墓参りへと向かう。


 お婆ちゃん曰く。


「そんなんいつでも行けるんだから、いつ行ってもいいんちゃ」


 だそうだ。



 先祖代々のその墓は、アーケードから来る途中の小道を入ってしばらく歩いた先にある。周囲を田んぼに囲まれた土地に、うちだけでなく、この辺りの先祖をひとまとめに置いた場所。その墓地の端のほうにひっそりと僕の家の墓は佇んでいる。

 草がぼうぼうに生えきった農業用道路を通り、小さな農業水路で水を汲んで墓を洗ったりする。蛇口捻って出すタイプのものはないため、冷たい水が使い放題なわけだけど、昔はこういった用水路で遊んだ記憶があって、今遊ぼうと考えられないことが、都会に慣れちゃったんだなって思うと、少しだけ寂しくなった。


 明かりは、電信柱についた小さな電球灯のみで、夜になるとここの光だけがぽつっと見えることを思い出した。

 電球灯が切れかかってて、じじって音立てながら点滅するのを見ていると、点滅したタイミングでそこに一瞬何か映ったりしたら、なんて、ちょっとホラーなことを思ったこともあった。

 今も昔も。

 ここの電球灯は切れかかっているところしかみたことがない。


 お墓のお供え物は、決まってお婆ちゃんが作ってくれたおはぎだ。

 この辺りの風習として、おはぎをお墓に供える風習があるらしく、それを今も律儀に守っている。

 先祖が戻ってきたときにお腹が減らないよう腹持ちのいいものを供えるって話って、昔お婆ちゃんから聞いた記憶があった。そのおはぎは、妹の手によって墓の中段辺りに置かれている。


 来た時は夕方。

 お参りして、御招霊おしょうらいを済ませると、まだまだ明るかった空は薄暗くなりかけていた。

 もう少し暗くなってきたらこの墓周辺にいるのも怖くなるだろうなと思いながら帰路につく。



「そういや、昔さ、婆ちゃんから教えられたことあるんだけどさ」


 唐突に、父さんが農業道路を歩き出したところで話し出した。

 暗くなってきたからか、仄かにそよぐ風が冷たさを帯びていた。この時間の風はとにかく気持ちいい風で、周りが田んぼだらけで遮るものもないので辺りの田舎っぽい匂いもまた心が鎮まるような気持ちを覚えて目いっぱい息を吸い込んだところでだった。


「この墓の近く、昔は戦場だったんだってさ」

「戦場?」


 なのに。

 なぜ急にそんなことを言い出したのかと。少し父さんを睨む。でも興味が少しだけあったので聞き返してみた。


「名のつかない戦場らしいけど、小競り合いがあって死人も出たって話でさ。その後からこの辺りでは鎌持った老婆が追いかけてくるって話があったの思い出した」

「なんでいきなりそんな話。あ、お盆だからでしょ」

「なんだっけかなぁ。確か当時、おはぎが好きな人で、食糧難に陥って、その辺りの人を鎌で襲って食べ物を手に入れようとした、鎌剥ぎ婆さんって名前だったかな、そんな感じの人がいたって話でさ。そもそも戦場の話と鎌持った婆さんって全然関係ないよな」

「もう一回言うけど。思い出したのお盆だからでしょ」


 聞きたくない聞きたくないと、母さんは耳を抑えて抵抗するけど、それはたぶん効果はないと思う。

 お盆で夏の夜と言えば怪談みたいなことを安直に思ったであろう父さんは、にやにやしながら話を続ける。


「戦いがあって食糧難になったからうろつく人がいたって話なら関係してそうだけど。でもさ、食べ物なかった当時は大好物のおはぎなんて高級品だろうし、いくら襲ってもおはぎなんて手に入らなかっただろうけどな。「おいはぎ」と「おはぎ」をかけたんだろうなって今更ながら思った」

「ダジャレか」

「ダジャレだな。昔はよく婆ちゃんから、いい子にしてないと鎌剥ぎ婆さんが殺しに来るぞって脅されたもんだけど。確か、出会ったら逃げずに何かを言ったら見逃してくれるとかだったかな。多分子供を大人しくさせるための方便だよなこれ。……ああ、そういうのって、最近聞かなくなったな」

「コンプライアンスの問題じゃない? 殺すとか安直に言うなとか。現実味ないし」


 父さんは僕がそう言うと、「そんなもんかねぇ。時代だ、時代」と笑った。

 父さんはそこから、「なんて言えば見逃してくれるんだったかな」と唸るように考え出す。横で聞いてた妹も、「なんていったら逃げられるのか教えてっ!」と涙目になって必死に聞いている。


 父さんの話を聞いて、なんとなく、おはぎをお墓に供えるのもその辺りからきてるのかななんて思ったけど、結局は父さんの言ったご当地の言い伝えみたいなものなんだろうから、関係ないのかもしれない。


「確かおはぎに関係していたんだよなぁ……」

「おはぎ? お婆ちゃんがいつもくれるあれ?」

「そう、あれ。ただ、覚えているのは、逃げたら殺されるんじゃなかったかなぁ」

「なにそれ。直接的」

「ご当地あるあるなんてそんなもんだろ」


 結局わからず仕舞いの撃退方法に笑っていると、妹は母さんに泣きついた。「家帰ったらお婆ちゃんに聞こうね」と母さんがなだめている。


 それをお父さんと一緒に笑っていると、ふと、視線を感じた。

 振り返ると、ちかちかと、相変わらずの点滅を繰り返すその電球灯が目に入った。

 自分の瞬きと合わせて、結構な頻度で点滅してるなぁとか、思った。


「ん?」

「どうした?」


 その灯りの下。人影を見た。多分墓地へと向かう人影だ。

 電球灯の光が辺りの暗さに相まって、妙にその割烹着姿が映えた。お婆ちゃんだ。

 鎌を持った、鎌剥ぎ婆さんじゃない。多分うちのお婆ちゃんだ。


「そういや、婆ちゃんって、どうしていつも僕らとは別でお墓に向かうのかな」

「ああ、あれな。いつも長引くから一人でやるんだってさ。おーい婆ちゃん、ほどほどになーっ」


 父さんもお婆ちゃんを見つけて、手を振りながら大声で叫ぶ。

 反応したお婆ちゃんも電球灯の下で手を振ってくれていた。


「あー、ありゃ多分長引くなあ」

「なんで?」

「ほれ、鎌持ってたろ。墓の周りを軽く刈り取るんだろう」

「え。今から?」

「ちょうど涼しくなってくるから。いつもこの時間辺りに刈り取るんだよ」

「手伝ったほうがいい?」

「婆ちゃん一人でやったほうが早い」


 地元民が行う動きと、都会に慣れ親しんだ都会人が行う動きはまるっきり違うんだとその時父さんは教えてくれた。


 以前、何かの特番で、豪雪地帯の雪を地元民と都会人のボランティアが集まって、みんなで雪かきしようといったイベントがあったそうだけど、その時に都会人の人たちは豪雪地帯で使うスコップを見たことない人が多いと聞いて、そのレベルの人たちが集まるくらいならその半分以下の地元民を集めたほうが効率よく同じ時間で倍以上の成果をあげられたと思うとひそかに思ったとお父さんは言ってたことがあった。

 多分そんな感じなんだろうなって思って、お婆ちゃんを手伝うのは今度にしようって思う。


 これから近くの大学に行くんだから、きっとお婆ちゃんとも交流はあるだろうし。その時にテクニックでも教えてもらうのも悪くない。


 時々遊びに来ること前提で考えている自分も、都会っ子なんだなって思って、ちょっとだけ笑えた。


 でも、お婆ちゃんが鎌持って草をこんな時間に刈り取ったりしてるから、父さんの言っていた鎌持ったお婆さんが襲い掛かってくるって話が出たんじゃないかなって、なんとなく思った。

 でも、うちのお婆ちゃんだけでなく、この辺りの人たちはそんな感じでやってるみたいで、よくよく思い出してみると、お参りしてるときに辺りの墓のそばに他のとこのお爺さんお婆さんがいたなって思い出して、なるほどと納得した。


 家に帰ると、お婆ちゃんがいないので大座敷で昼寝することにした。

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