友人の帰省

 友人が、実家に帰った時の話だ。

 限界集落とまではいかないものの、集落のような土地に昔住んでいた友人は、小さかった頃のこの集落を覚えている。

 町の唯一のアーケード商店街も発展していて、商店街でよく友達と遊んだ記憶があるのだが、今大きくなってみるその商店街には、小さな子供がはしゃぎ遊んでいる光景は今はなく、シャッター街と化した寂れたアーケードと、ちらほらと歩く爺さん婆さん。時々見かける若い夫婦——とはいってもそこまで若いわけでもないのだが、自分の祖母と同じ年頃の爺さん婆さんだらけであれば若くも見えよう。


 アーケードを抜け歩くと、すぐに田んぼや畑が現れる。実家に帰り道を囲む田んぼや畑を見ながら、この辺りも人がまた少なくなってきたな、と。そこで採ったものが商店街に並んでいるのかなと思うと、輸送に手間がかからないなと、なんとなく思いつつ実家へと帰った。


 昔は大きな家だと思った、都心では見かけることが滅多にない和風の豪邸。

 そこにお婆さんは一人寂しく住んでいるそうだ。








「ただいま」

「おやおやまぁ、遠いところからお疲れ様」


 いつも通りに声をかけてくれる僕のお婆ちゃん。

 こういう時、帰省時に会うメンツは、大体姿形が変わっていることが多い。太ってたり、痩せてたり、老いを感じたり。でも、久しぶりに会ったお婆ちゃんは、以前会った時とほぼ変わらず。割烹着姿も相変わらずだ。

 にこにこと笑顔の絶えないその顔は、それ以外見たことがほとんどない気がする。その笑顔が、実家に帰ってきたと思える、ほっとした気持ちを心に灯すことがわかって僕はその笑顔が好きだった。


 家族みんなで「疲れた」なんて口々に言いながら思い思いに荷物を玄関先に置いて、縁側に移動してはそこで休憩する。


「父さん、後で僕らの荷物を客間に運ぶの手伝ってよ」

「実家に帰ってまで働かせないでくれ。車運転して疲れてるんだ」

「働くって。どうせ客間に後で向かうんでしょ。ついでにもっていってよ」


 そう言ってみたものの、父さんは反応しなくなった。


 置いていかれた玄関先の荷物は、ちょっと休憩したら僕が運ぶことになるのだろう。

 さすがに、運転免許とったばかりのペーパードライバーが、いきなり長距離トラック並みの高速道路を運転できるわけもないから父さんにまかせっきり。

 

 こっちも座り疲れてるんだけどな、なんて言いそうになる口にチャックして、自分がその後任されるであろう荷物運びの前に休もうと縁側に寝転んだ父さんの隣に正座して座って庭をみる。


「あ、そうだ、母さ——」


 何泊かするのだから、それなりに荷物もある。やっぱり誰かに助けてほしいと母さんを見てみるがさっきまでいたはずの母さんはそこにはいない。

 勝手知ったる我が家である。広々とした20畳程の客間へとそそくさと消えていった。父さんの実家でもあるのだけど、何年も行き来している大きな家は、都会の小さな家なんかより住み心地がいいようだ。

 そりゃそうか、こんな豪邸、都会で購入したらどれだけのお金がかかるかわからないし、古風なお屋敷だ。お姫様気分でも味わるのかもしれないと思う。


 気づけば妹もどこにもいないではないか。

 妹のほうがお姫様気分かもしれない。そう思ったら、荷物運びくらいやってやるかとちょっとだけやる気がでた。


 ……ただの、諦め、ともいうかもしれない。



「ボク、昔からこれ好きだったけど、食うけ? もう大きくなったから食わんけ?」


 そういわれて出されたのは、おはぎ。

 さっきまで何も聞かず言わざるだった父さんが、「そうそう、昔よくお婆ちゃんが作ってくれたおはぎを食べたもんだ」と、笑いながら手を伸ばして美味しそうに食べはじめた。

 僕も、そう言えば普段はめったに食べない和菓子がここで出てきて、甘くて美味しかったなって思い出しておはぎに手をかける。


「ありがとう、婆ちゃん」

「そんなとこでちんちんかかんと。こっちでひろがらっしゃい」

「……ん? なんだって?」

「ああ、縁側で正座してないで奥に来いって意味だ。びっくりするだろ」


 ……てっきり。無意識で掻いてたのかと思った。

 暑いから蒸れるし、危ない危ない。


「あんたんとこのあんま長男、いくつになったんけ」


 縁側から通路挟んで仏壇のある大座敷に移動して、そこで年季の入った机の横に座ると、冷たいお茶が運ばれてきた。

 お婆ちゃんからお茶をもらうと、父さんにお婆ちゃんが質問している。

 父さんがちらっとこっちを見るので、面倒になったんだなって思ったので代わりに答えた。


「ん? 僕? 僕はもう来年大学生だよ」

「ほーもうそんなになるんけ」

「一応○○大学に行く予定」

「しらんけど。この辺りになるんかね?」

「あー、近いといえば近いかな」

「ほったら、この家をあしめにしられ」

「???」

「ああ、なんかあったら婆ちゃんとこ当てにさせてもらえ」

「ああ、当てにするってことね。ありがとう」


 そんな話をしていると、ぶぅ~んと、小さな虫が目の前を通っていった。

 壁代わりの大窓を全開にして風を通りやすくしてるから、虫は入り放題だ。


「かー、なんちゅうはがやしー虫け」


 そんな虫を、婆ちゃんが何度かぱちんぱちんっと手を合わせて潰そうとしている。

 齢90越えなのに、よう動く婆ちゃんだなぁと感心していると、


「あーもう婆ちゃん、しょわしない。じっとしとられ」

「そんなおーどな口聞いたらだちゃかんぞ」

「しょわしないもんしょわしないっていって悪ないやろ。」


 相変わらず、富山の方言はよくわからないけど。

 聞いていたらイメージが湧いてくるのだから、僕の中にある富山の血も捨てたもんじゃないかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る