第3話

「……ってことがあって」

『要するに、身バレしたってことね』

「まあ、そうだな」


 俺はゲームでの相棒にそう話しながら、ゲームの運営組織が持つ医療施設で痛みを緩和して貰おうと診察を受けていた。


 俺を担当する医者の名前は三羽みわ愛美まなみ。陽葵の母親である。つまり、身バレの原因となった大貴の妻。


 その愛美にもついでに話を聞いて貰っていた。


「ごめんね、そんなことになってるなんて思ってなくて」

「まあ……嬉しかったのは事実だし、両親共に

 関係者なら隠し続けるのも難しいだろうから、もういい」

「そう。でも、引き合いに出すのはやめておくわね」

「頼んだ」


 そこまで話すと、痛みを緩和する治療の準備ができたようで、俺はベッドに横になるよう促される。


 それから俺の腕に点滴が刺され、薬が直接体内に入っていく。


「これで我慢できるくらいにはなるわ。さすがに消し去るのは難しいけれど」

「ありがとう」

「本当に辛かったら麻酔で眠らせて、治るまで待つこともできるけれど……」

「でも俺、これからインタビューあって」

「そういえば、昨日のゲームのはまだだったわね。ここでやるの?」

「いいか?」

「ええ。大丈夫よ」


 俺はこの点滴をされた状態で、昨日のゲームについての勝利インタビューを受ける。ちなみにこういう形でインタビューをするのは珍しいことじゃない。


 インタビュアーを待っていると、治療室に誰かが入ってくる。見覚えはない。


 ミディアムくらいの長さの白髪を持った少女。パーカーを着て、短いズボン。部屋着のような格好をしている。手に持っているのは銀色のノートパソコン。パッと見ただけでも美少女だと思えた。


「あら、凛ちゃん」

「凛?」

「会うのは初めてだっけ、凪」


 この一瞬の会話や、彼女の声で、この少女が俺の相棒である白星しらほしりんだとわかった。


「お前が凛なのか……」

「うん。何? 失望した?」

「別に。実際にいたんだなーって思っただけ」

「そう」


 あのゲームのプレイヤーたちには一人ずつエンジニアと呼ばれる相棒がついている。


 俺たちの体は少し特殊で、というかそういう人がプレイヤーをしているのだが、その特殊な体の管理をするのがエンジニアの役割。その上でゲームのサポートも役割の一つ。


 この特殊な体は普通の人間よりも強くできていて、身体能力もかなり高い。ゲーム内での身体能力は一般向けに言われているようなゲーム内パラメーターの影響ではなく、俺たち個人の身体能力をそのまま投影させたものだ。


 最初のテスト段階で体の動きがあまりにも違いすぎて違和感があり、それをどうにかすることはできないが、テスターがテストどころではなく、慣れるまでにも時間を要するため、そんな時間もない開発チームはそういう特殊な人間を使って一般向けに売り出すためのテストとしてゲームを行うことにした。


 そういう経緯でこのゲームは行われ、この痛みも実際に同じように動ける俺たちだから残されている機能だ。


 一般向けに発表されているものでは、仮に体が動かせない人でも自由に体を動かせるようになる、ファンタジー系のゲームやアニメの主人公のような感覚を味わうことができるコンテンツができる、そんな風に言われている。


 あのゲームの視聴者には、そんな世界を望み、憧れる人たちもいる。だからこれは隠さないといけない部分だし、そのためのフォロー体制がこのように備わっている。


「大丈夫……ではなさそうだね」

「だからこうしてここに来ている」

「いつもより痛そうにしてたから、心配してた。インタビューも遅らせたし」

「迷惑かけてすまなかった」

「大丈夫。そういうものだから」


 凛と俺はほとんど年が変わらない。だが凛は頭が良くて、冷静で、しっかりしていると思った。何だか上から目線だが。


 それから少しして、インタビュアーが部屋に到着した。


「すみません、今日はここで取材させていただきます」

「あまり無理させないでくださいね」

「はい」


 記者は愛美に挨拶した後、俺が横になるベッドの隣に椅子を置いて取材の環境を整えた。俺もベッドから体を起こし、答えられる体勢になる。


「白星さん、本日は体調がよろしくない中、お時間を取っていただき、ありがとうございます」

「いえ。こちらこそ、すぐに対応できずに申し訳ないです」


 これは社交辞令。本当に思っているわけではない。


「では早速。今回このハンデ戦を勝利しましたが、今のお気持ちは?」

「そうですね。負けるとは思って無かったですけど、終わってみればギリギリだったので、勝ててよかったです」


 怪我じみたことをするのも久しぶりだった。


「人数差がありながらも、序盤からリードを許さない展開でした。何か要因はありますか?」

「えっと……分析して、相手の行動はわかっていたので、それに合わせて動いたっていう感じです」


 本当ならその時点でリードを作っている想定ではあった。


「最後は臨機応変だったといいますが、驚異的な反射速度だったと思います。それに何か要因などは……」

「あれは、今までやってきた経験だったり、練習の成果かなと思います。ああいうゲームにおいて基本的な動きなので、その基本的なことがしっかりできて、よかったと思います」


 最後のところはギリギリ負けていた可能性もあったから、そこを勝てたのは本当に経験の差だと思う。そういうこともあるという可能性が頭によぎり、かつカバーできるか。


「ここからはゲームの内容では無くなるのですが、いいですか?」

「はい」

「最近、過酷なハンデによって、上位のプレイヤーたちが力を発揮できないなどということがあり、ハンデ戦について色々と言われていますが、それについてどう思いますか?」


 ここでの過度なハンデというのは、明らかに勝てない差をつけられるハンデ戦のことだ。相手からすれば確実に勝てるが、受ける側からすれば絶対に勝てない。だが受けなければ、『逃げた』と言われて叩かれる。それが最近問題になってきていた。


「そうですね……僕は受ける側なので、そういう視点で話しますけど……ゲームってお互いに勝てる条件じゃないと意味ないっていうか、面白くないと思うんですよね。それは見てる側も同じのはず。でも、断ったら逃げたとか言われるじゃないですか。だから、その、そういうのが無くなれば、ハンデ戦っていうのは全然いいと思います」


 元々ゲームは両者の合意のみで行われる。だが今は人気商売でもある。これは視聴者にどうにかしてもらわないといけない。


「視聴者の対応の改善がされれば、ハンデ戦自体はいいと」

「はい」


 人によってはハンデ戦自体をやめて、同格同士で戦うのみにするということを言っている人もいるが、上になればなるほど同じ人としか戦わなくなるので正直面白く無い。現に無くせと言っているのは俺からすれば格下のプレイヤーだったりする。


「だって、色んな人と戦った方が楽しいじゃないですか。同格同士ってなると、僕たちは同じ人とやることになりますし」

「色々な人と戦いたい、と」

「やるんだったらって話ですよ」


 別に戦いたいわけじゃない。俺は戦闘狂ではない。


「結局、実力差を埋めるためのハンデですから。もしこっち側でどうにかするのなら、運営が決めてくれるのがちょうどいいんですかね」


 視聴者が変わる方が簡単だ。組織を動かすのはかなり苦労する。


「なるほど、ありがとうございます。それでは最後に、白星さんを応援する方々に一言お願いします」

「えっと……次も勝ちます。よろしくお願いします」

「はい。ありがとうございます。インタビューは以上です」

「ありがとうございました」


 やっとインタビューが終わった。


 体の痛みはマシになったが、頭はまだ痛い。これは起きている以上はどうにもならないだろう。


 頭だけ痛みが重いのは、おそらくフルダイブをすることによってかかる負担も上に重なっているからだろう。


「なあ、やっぱり麻酔かけてくれ。もう無理だ」

「わかったわ」


 結局俺はこの痛みから逃避することにした。

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