第6話 志望動機とチョコレート。


 アイドルになった理由は何か。


 私はそう聞かれて、少し困った。

 だって、アイドルになった理由には私の"推し"が関係しているから。

 一応、これは百合配信なわけで。

 私たちはさっき、名前呼びにすることで少し距離を縮められたんじゃないかと思う。

 なのに……違う女の話をするって、どうなの?

 せめて間にワンクッションが欲しい、と思った。

 

 私は、質問を打ち返す。


「零奈から先に聞きたいな。アイドルの先輩だし」

「え~」

「お願い! れいな先輩・・・・・


 冗談めかして、手を合わせてみる。

 私の対人関係の引き出しは、大体妹相手だ。これは双子あるあるだと思うんだけど、たまにふざけて妹を姉って呼んだりするよね。冗談のレパートリーは少ないけど、ないことはない。


 できます。私、真面目一辺倒のつまんない女だけど。楽しげな雑談配信を演出するため、がんばって真面目に、ちょけてみせます……!


「それやめてくださいっ。なんか、落ち着かないですっ」


 零奈は先輩呼びを嫌がりながらも。


「もう、わかりました。仕方ないですね~」


 カメラに向かって話し始める。

 わたしはその、整った横顔を見つめる。


「わたしがアイドルになったのは――」


 白夜零奈、十歳の時からアイドルをやっている大ベテラン。

 ……私がアイドルになりたいと思い始めた時には、零奈はもうアイドルになっていた。

 どんな理由で、どんな感情でなりたいと思ったんだろう。


 配信前に語った『承認欲求』は、私たちの職業ではただの前提条件だ。


 零奈の、彼女だけの理由は――


「『なんとなく』なんです。お恥ずかしいですけど。小さい頃からなんとなく、アイドルになりたいな~、って。デビューして……そしたらいつの間にか七年経っちゃいました」


 気恥ずかしそうに、舌を少し見せる零奈に。

 あ、嘘だな。と私は思った。


「わたしがアイドルになった理由はファンの皆さんに会うためだったのかも? ……それから、茜にも。なーんて、半分冗談ですけど。茜、どきっとしました?」


 だって、そんな、七年もやれない。


「でも半分は本心ですよ。わたし、アイドル長いですけど。同期メンバーって茜が初めてだから。嬉しいな」


 なんとなく、なんて理由で。ふわふわした演技をしてるくせに、ぎらぎらと目を光らせて。


「えへへ」


 七年もずっと、友達を作ることも放課後全部をレッスンに捧げて、三度目の正直の移籍まで重ねて、アイドルをできない。


(……きっと配信ここでは言えない理由なんだ)


「あ、折角なのでこの質問も。『エストワのメンバーになった理由も聞きたい』って。そうですね~。私は元々、違う事務所にいたんですけど。そこで、エストワのオーディションを受けてみないか、ってお誘いがあって。交換留学的な気持ちで、受けることにしたんです」


 交換留学?

 不思議な例えに、ああ、そうか。と頷く。

 ここに来る前に零奈の経歴を、調べてあった。零奈は元々、大手音楽事務所でアイドルをやっていたのだ。

 そしてその大手事務所には、卒業したエストワの・・・・・・・・・元メンバーがいる・・・・・・・・

 零奈と入れ違いになるように。交換するように、零奈はエストワに移籍したのだ。


「エストワの曲、好きでプライベートでもよく聞いてたんですよ~! そうそう、元メンバーが作詞作曲されてた曲もあるんですよね! わたしも歌わせてもらうのが、すっごく、楽しみで……って、わたしばかり話し過ぎですね」


 零奈が、こちら見る。


「ほら。茜も教えてください。どうしてアイドルに、エストワのメンバーになろうと思ったんですか?」


「私は……」


 うん。

 私も、今は配信ここで言える理由だけを言おう。


「家族が、アイドル好きで。私自身も、その影響でアイドルオタクになって。子供の頃から自然と憧れてたって感じ」


 きっかけは母の世代のアイドルグループの、ライブビデオ。

 よく真似して、歌ったり踊ったりしてたっけ。


「エストワのオーディションを受けたのは……」


 他の大手オーディションに全部落ちたから、っていうのはある。

 でも、構わなかった。

 このグループが、私にとっては本命だったから。



「エストワイライトに、"推し"がいたから」



 零奈のことは見なかった。カメラも、見ていない。部屋の真正面にある大きなテレビ。その、真っ黒な画面を見つめる。

 そこに映っていた、"推し"のことを思い出す。

 担当カラーは、金色。


永久とわ天音あまね――うん、そう。知ってる通り、去年エストワを卒業した、元メンバーだよ」


 エストワイライト結成時からの不動のセンターであり、リーダーであり、時には作詞作曲までこなした、スーパーアイドル。


「永久天音に、私はアイドルになるのを諦めかけている時に勇気を貰ったんだ」


 彼女は彗星のようにアイドル界に現れて、そして、瞬く間に去っていった。


「だから」


 永久天音が辞めた穴を埋めるために、


「新メンバー募集のオーディションが開かれた時。絶対に受かりたいって思ったんだ。永久天音はもういないけど、彼女のいたグループでアイドルになりたい、って」


 それが、アイドルになった理由のひとつだ。


「あ、呼び捨てなのは、許してね。大先輩だってわかってるんだけど……つい。さん付けとか先輩呼びとか、親し気な響きだから畏れ多くて、逆にフルネームでしか呼べなくて」


 オタクゆえの敬称よびすてです。


 コメント欄はにわかに天音の思い出話や、私の語りへの同意で忙しくなった。エストワのファンは皆、天音のファンみたいなものだったから。共感、してくれたみたい。


 それに、少しコメント欄を読む余裕が出てきた。拾うのはまだ難しそうだけど。

 この配信は一人じゃなくて、二人。

 それだけで心強い。

 ……進行とか零奈に結構、おんぶにだっこって感じなんだけどね。


「そうなんですね~」と、私の話にニコニコと相槌を打つ零奈は。

 机の下で、忙しなくスマホを打つ。


 何だろう?

 視線をチラリ。

 画面にはこう書かれていた。



『天音推しだったんですか。趣味クッソ悪いですね』



 ……はぁ!!?!?



 人の推しを悪く言うなんて!


 世の中には迂闊にしてはいけない話が、三つあるという。

 野球と政治と宗教の話だ。

 そして、推しとはある意味、信仰対象だ。

 アイドルは元々、偶像って意味だから。

 偶像信仰。

 推しは神様……とまで、過激には思ってなくても。

 尊いと、思う気持ちは当たり前にある。


 だから、推しを馬鹿されるのはいくら穏やかな私でも宗教戦争待ったなし。


 零奈のことはちょっと性格ひねくれ者、くらいに思ってたけど。今ので「わるっ! すっごく悪い!」くらいに評価を改めた。


 というか君だって、永久天音の作ったエストワの曲のこと、褒めたでしょ!


 ぐぬぬぬぬ。

 画面の向こうにバレないように、視線だけで睨む。


『喧嘩ですか? いいですよ。ちょっと揉めるのも取れ高ですから』


 零奈はにまつく。

 異様に早くスマホに挑発を打ち込んで。


 仲良く見せるって約束じゃなかったの!?

 喧嘩するほど仲が良い、とも言うけれど。


 いいよ、その気なら乗って──って、らしくない負けず嫌いが発動しそうになったけど──口下手の私が、台本なし用意なしの口喧嘩で、勝てるわけがない……!


 それに、ファンの見てるところで喧嘩するのって、やっぱり、どうかと思います!

 アイドルとして!


 なんとか言葉を飲み込んだ、その時だった。


 ぐう、と情けないノイズが、会話の間に割り込んだ。

 私は、ばっと音の出所を押さえる。


「あら。お腹の虫ですか?」


 は、恥ずかしい……。

 追加レッスンが長引いて、配信まで時間が無かったから急いでプロテインだけ飲んで来たんだけど。

 全然、足りてなかった。

 人はプロテインだけで生きられない。


 顔が、熱くなる。


 零奈が、テーブルの奥に手を伸ばす。


「そういえばせんぱいに貰ったチョコレートがありましたね」


 苺とホワイトチョコの、二色のトリュフ。

 カメラに向かって、パッケージを広げる。


「じゃーん。見てください、わたしたちの色と同じです。可愛くないですか?」


零奈は苺のチョコを口に含む。


「ん〜〜、おいしいです」


 そしてホワイトチョコを一粒、片手につまんで。

 昼休みにもそうしたように、私に差し出した。


「はい、せんぱいも。あーん」


 カメラの視覚に隠れたもう片方の手、握られたスマホの画面には。

 私の拒絶を見越して、こう書かれている。



『今度は逃がしませんからね』


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