第4話 配信準備とプチプラと北欧家具。

 夜にコラボ配信をする約束をして、放課後。

 途中まで、私たちは同じレッスンを受けていた。


 一ヶ月後、デビューして初のお披露目ライブがあるから、そこに間に合うようにグループの持ち曲やダンスを、必死で叩き込むのだ。

 私たちの所属グループ、エストワは既に二年活動しているアイドルなので、覚えることが沢山ある。


 その上、アイドル未経験の私と、要領の良い零奈では覚えに雲泥の差があって。

 私だけ追加レッスン……要は、補習的なやつがあったので、

 零奈は「先に帰って家を掃除しておきます」と、足早に帰っていった。お手間をかけます。


 だから、待ち合わせは二十時。零奈の下宿先の最寄駅だ。

 制服ではなくレッスン着で、部活終わりの運動部員たちが行き来する駅前で、ドキドキしながら零奈を待つ。今日は歌メインのレッスンだったから、汗とかは大丈夫のはず。


 一応、手土産を持っていくのがお作法なのかなと思って、コンビニのちょっと良さげなチョコレートをふたつくらい買っておいた。

 なんたらプレミアム、とか書いてある、自分用じゃ絶対に買わないやつを。

 零奈はチョコレートが好きなのかな、と思ったから。

 昼のミルクチョコレートと被らないように、いちご味とホワイトチョコ味の二種類。

 パッケージは奇しくも赤と白だった。

 私の、グループ内のメンバーカラーは赤色。プロデューサーが決めてくれたけど、名前が茜だからかな?

 零奈のメンバーカラーは苗字の通り、白色だ。アイドルの中では被りにくいおかげで、他グループ時代からずっと白色担当だったらしい。

 そういや、白夜零奈って名前は芸名かもしれないな。

 アイドルは本名で活動する子が珍しくない(私もそうだ)けど。

 ちょっと珍しすぎる苗字だよね。……私も相当なんだけども。


 そわそわする気持ちをたわいもない考え事で散らしていると。


「お待たせしました。せんぱいは見つけやすくていいですね」


 零奈は真横から、飾り気のないワンピースの私服姿で現れた。

 儚い印象の彼女は、美少女であるのに存在感すら儚くて、私は零奈が至近距離に来ていたことに気づかず、ぴゃっと飛び上がる。


 あ、あ、あ、あ〜〜〜、駄目だ、カオナシになっちゃ!

 コミュニケーションシステムベータ起動。

 とりあえず褒める作戦、開始します。


「…………かわいいね」


 やっとのことで絞り出した言葉に、零奈は淡白に頷いた。


「ああ、どうも。しまむらですけど」


 ファッションセンター!?

 あ、そうか。零奈はそのワンピースを褒められたと思ったのか。

 私の沈黙に、零奈は眉をひそめる。


「もしかして今、服じゃなくてわたし自身を褒めてました?」

「あ……うん……」


 何当たり前のことを言ってるのか、と呆れたように、細い腕を組んで。


「芸能人の顔なんて全員かわいいじゃないですか。あとはただの好みの問題でしょ」


 零奈はじとり、とこちらを見上げる。


「せんぱい、そんなにわたしの顔が好みなんですか?」


 ……オペレーション失敗。

 人を褒めるのは、難しい。


 まあそうだよね。

 私も、見た目を褒められると照れはするけど、そんなに嬉しくはない。

 同じ顔の人間はこの世に三人いると言うけど、そのうち一人は身近にいたから、外見が私らしさそのものだとかは、思わないし。

 ある程度の努力はしているとはいえ、遺伝子ガチャの結果を褒められてるような、座りの悪さ。親への感謝は、あるけどね。

 上を見ればキリがないから一周回って人の外見に無頓着、だったりする。

 みんなかわいい。それでいいじゃん。


 そう思ってるはずだったのに。

 それでも私は、零奈にかわいいなんて言ってしまったのはなんでだろう。


 零奈の言うとおり、彼女の顔が好きだったから?


 私は、少し考えて。

 頷いた。


「うん、そうみたい。私にとって零奈はすごくかわいく見える」


 零奈は何故だか、大きく溜息を吐いた。


「……天然なんですね。それ」


 零奈のじと目に、はっと私は気付く。

 …………もしかして今の、セクハラだった!?

 最近は女同士でもセクハラって成立するよね、あわわ。

 ……いや、百合営業持ちかけられてる時点でセクハラも何もないか!?


 テンパった私は、なんとか話を変えようと、チョコレートの入ったコンビニの袋を差し出す。


「こ、これ! つまらないものだけど、お土産」


 わかってる。絶対渡すタイミングって、今じゃない。

 でもごめん、空気に耐えられなくて。


「アレルギーとか聞かずに買っちゃったけど、大丈夫?」


 零奈は、不審に袋の中身を覗きこんで。

 ぱぁ、と顔を輝かせた。


「大好物です! ありがとうございます」


 わっ、急に素直になるな!

 びっくりするでしょ!


 ひとまず、コミュニケーション及第点。

 胸を撫で下ろして、夜中、東京外れの穏やかな住宅街を二人並んで歩く。


「そういえばコラボ配信、初回はせんぱいの配信アカウントでどうですか?」

「大丈夫。スマホも、私のを使うね」


 ……学校はともかく、アイドルとして話をする時は零奈に「せんぱい」って呼ばれるの違和感あるな。やっぱり。


「では告知しておきます。突発なので人はあまり来ないでしょうけど、ゲリラ配信にしかないラフで自然体な感じが、せんぱいの配信には合うと思うので」


 ラフっていうか筋トレ配信しかしてないアカウントですからね、私の。


「二回目はしっかり準備して、私のアカウントでやりましょう」

「……二回目もあるんだ?」

「当たり前でしょう。百合は一日にして成らず、です。仲良し営業は継続的にやるからこそ仲良しに見えるんですから」


 告知のSNS投稿をするために、歩きスマホをする零奈。

 危ないけど私が周りを見ればいいか、と車道側に移動する。


 街は、賑わいはあるけどいわゆるベッドタウン。

 マンションやアパートが立ち並び、それぞれの窓が光を放っている。

 進行方向のマンション群の中には、一際目立つタワーマンションが建っていた。

 三十階はゆうにありそうだ。


 芸能人って、ああいうところ住んでるんだろうか……。

 と、眩しく輝くタワーを、他人事のように見上げる。

 いや私も芸能人なんだけど。

 誰でもああいうところに住めるわけじゃないよね〜。

 憧れる気持ちがないわけじゃないけど、正直ピンと来ない。

 だってタワマンなんて、入ったことないし。

 高二まで色々バイトはしたけど、出前系は高校生じゃ出来なかったから。


「あとどのくらいで着きそう?」


 無言で歩き続けていた零奈は、ぴたりと立ち止まった。


「ここです」


 例の、燦然と輝くタワマンの前で。



「…………え?」



「ああ、タワマンと言っても私はせいぜい十階、低層なので」


 なんでもないように零奈は言うけど。

 ……いや十階は充分高いよ!?

 うちの学校の、縦に細長い校舎よりも高いよ!?


 困惑しながらだだっ広いエントランスを通り、エレベーター内の回数表示がぐんぐん上がるのを眺めながら、放心状態でわかったことはひとつだけ。


 お土産、コンビニチョコレートじゃ駄目だったんだ……。

 なんか、ゴディバとか……せめてリンツとか……なんかいい感じのを持ってくるべきだったんだ……。バレンタインに縁がない人生だったからチョコレートメーカーのこと、何もわからない。


 絶望に浸ったまま移動、気付けばワープしたように私は零奈の部屋にいた。

 扉の先は、だだっぴろいワンルームだ。


 家具一式もお高いやつじゃ……。

 と怯えたけど、イケアで見たことあるやつでほっとした。

 いやイケアは十分高いけどさ。

 だって北欧家具だよ北欧家具。

 お値段以上のニトリより全然お値段が以上な気がします。

 いや、家具が何にしろ、お家賃は異常なのだろうけど。


「お恥ずかしながら実家が太くて。親が、セキュリティがいいところに住めとうるさいんです」


 吐き捨てるように言う零奈。

 私は零奈のプライベートよりも、家具の配置が気になった。


「ソファ、随分と隅っこに置いてあるね。空間、広いのに……」

「あそこで配信をやるからですよ。壁際だと、狭い部屋に見えるでしょ」

「どうして?」


「だって、嫌味じゃないですか。無名のアイドルが親の脛齧って広い部屋に住んでるなんて、知れたら」


 零奈は、お手頃なブランドの鞄を放り出して、ソファに腰掛ける。


「私だって月給取りのアイドルですから。知ってるんです。投げ銭スパチャの額が、世間のお給料の何%くらいなのか、とか」


 零奈が何を言いたいのか、理解した。


「わかるよ」


 ソファの隣に座る。

 私も、今まではスパチャを投げる側だったから。

 推し──今はもう卒業した、エストワの元メンバーに応援として送ったこともある。とはいえ自由に使えるお金があるわけじゃないから、昼ご飯を抜いて数百円、とか。こんなの、相手にとっては端金なんだろうな、とか考えて少し落ち込んだりもした。

 そんな気持ちにさせたくないから、ファンから貰ったお金の価値をちゃんとわかってるって、伝えたいから。誤解させてしまうような部屋を見せたくないんだって、きっと零奈は──、


「私なら、応援していたアイドルの実家の太さが判明した瞬間に『あ〜あ〜、アイドルなんて所詮金持ちの道楽かよクッッソだる』って思ってファン辞めますね」


 いや見せたくない理由そっちかい。


「君、性格わるいなぁ!?」

「自覚してます。だから清く正しく慎ましく生きてます、って顔したいんです。せめて、世間様には嫌われないように……」


 ローテーブルに配信機材の準備しながら、言う零奈。

 皮肉屋の彼女の横顔に、わずかに憂いが滲んでいるように見えた。

 まるで嫌われたくないと、思ってるみたいに。

 溢した言葉は、きっと本音。


「零奈……」


 ぼっちには、少なくとも二種類いると思う。

 私のように人見知りで、周りと仲良くなりに行けなかったタイプ。

 或いはそのスペックや境遇のせいで、望まずとも周囲から浮いてしまったタイプ。

 おそらく零奈は、後者なのだろうと思った。

 妬みとかやっかみとか、私はダメダメすぎて受けたことないけれど。

 そういうことが起こり得るのは、知ってる。


 ぽつり、と呟くように話す。


「……私たち、さ。性格合わないけど共通点はあるよね」

「そうですね。どうやらお互い、ぼっちです」 


 そう、ひとりぼっちだからこそ。

 ううん、例えば仲のいい家族がいて真に孤独であったことはないとしても。

 一人いるのが気楽で性に合ってて、好きだとしても。


 なんか、ずっと、ちょっとだけ、寂しいのだ。



「アイドルを目指しちゃう子って、大なり小なり皆そうなのかもしれないけどさ。誰にも嫌われたくないのに、たくさんの人に好かれてみたいんだよね。一人だけを好きになったり、一人だけに好かれたりするだけじゃ満足できないから、踏み出しちゃうんだ。きっと」



 …………ああ、こうやって。突然、脈絡もなく思考を吐露なんてしてしまうから。

 私は友達のいない陰キャなんだろう。


 でも、今から同じ泥船に乗る仲間には──そう、私たちの所属するアイドルグループはそもそも泥船・・だから──伝えたかった。


 私と君は、もしかしたら同じ気持ちかもしれないって。


 零奈は、意地悪そうに口角を上げて、言った。


「その感情、一言で言えますよ。『承認欲求』です」


 口さがない零奈は、私が寂しさと呼んだものに、寂しくなさそうな名前を付けて。

 苦笑する私との間の距離を、零奈は腰を浮かせて静かに寄せる。

 ソファの縁で、膝がこつんと当たる。


 スマホの縦画面にも収まるような、ゼロ距離。 

 零奈は小悪魔の笑みで、囁いた。


「してもらいますからね。一人の『好き』じゃ満足できない身体でも。今から、たくさんの人に好かれるために、わたし一人だけを好きになる演技を」


 跳ねる心臓、緊張に慣れないままに、私は腹だけを括って、頷いた。


「うん」


 告知は、完了。

 メイク直しは、完璧。

 カメラ画角、マイクチェック、問題なし。


 そして私は、配信ボタンを押した。

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