第3話 アイドル二人、ビジネス百合、始めます。
「は、え……百合?」
意味は、わかる。妹が勧めてくれた小説にあったから。
なんか、女の子同士が恋愛したり、しなかったりすること……だよね?
……『付き合って』ってことは、私と、恋人にって意味——な、わけがない。
付き合ってほしいのは、配信のその内容に。だよね。
「はい。女の子二人のイチャイチャ配信が、伸びると思うんです」
そう言って、零奈はスマホの画面を見せつける。
見覚えのあるSNSの投稿。
「ほら、さっき上げたツーショット。見てください。普段のわたし一人だけの写真より、反応いいんです。需要があるんですよ」
昼休み、という見られやすい時間なのもあるだろうけど。
まだ投稿したばかりなのに、ファンのコメントが沢山付いている。
それは仲の良さを指摘し、中には関係を掘り下げて聞くようなコメントも。
「わたしたち今、エストワの新メンバーとして、二人セットで注目されてるんです。この注目を、分散させるのは損じゃありません? どうせなら二人セットであることに、最大限の付加価値を付けたい。この二人はもしかしたら特別な仲かもしれないって、もっと、興味を持ってもらうんです」
ウチは事務所としては弱小だし。アイドルは星の数ほどいる。みんなと同じ方法じゃ、埋もれるのは確か。
「それにせんぱいって雰囲気はガールクラッシュ系だし。わたしたちの絡みは、いい絵になると思うんです」
「ガ、え? 何?」
「女の子にモテそうなカッコいい女の子ってことですよ。中身は全然ですけど」
零奈は、まじまじとこちらを見つめる。
「せんぱい、背高くてスタイルもいいし、目も切長の奥二重で、メイク映えしてますし、結構美人じゃないですか。その髪、今はストロベリーブロンドですけど、応募時の写真では黒髪でしたよね? 芸能界に出たからには、目立つためにキャラ付けしようというその精神、嫌いじゃありません。いわゆるカワイイ系からはちょっとハズレてますけど。だからこそ、わたしみたいな女の隣で引き立つタイプです」
う、なんか。照れる。
淡々と並べて褒める気がない感じが、本心っぽくてくすぐったい。
けどこの子、自分がすごい美少女だって自覚してる言い分だな……。
してない方がおかしいか、アイドルだもの。
「でも、百合配信って……何するの?」
「普通に配信するだけですよ。ただ、恋人みたいな距離感で」
零奈はチョコレートの箱を開ける。
細い指で、一欠片を摘む。
「こんなふうに」
そしてこちらへ、あーんと差し出した。
私は慌てて、唇をきゅっと結んだ。
固いチョコレートが、唇に触れて止まる。
「つれないですね」
零奈は淡白に、私の唇に触れたチョコレートを自分の口に放り込んだ。
び、びっくりした……。
ていうか今の、間接キスじゃん……。緊張が加速する。
「なんで、わざわざ」
私は、百合とかよくわかんないし、友達すらいないのにいきなり恋人っぽいことなんて難易度が高すぎる。
普通の配信じゃ駄目なの?
「私、芸歴だけは長くて。ここがアイドルグループ三つ目なんです。普通のやり方じゃずっと埋もれてた。いい加減、手っ取り早く人気になりたい。そのためには、新しい手段を試して損はないでしょう」
零奈は気怠げに溜息を吐いた。
「まあいくら人気になるためとはいえ、枕営業とかは死んでもごめんですけど。百合営業くらいなら……性的指向の風評くらいなら、どうってことないです」
事実がどうであれ恋愛対象が同性だ、と世間に思われてもいいということだろうか。
待って、『恋人みたいな』って言ったけど。本当に周りにそう思われるほど、過激なことやるつもりなの……!?
「だいたい、そもそも、アイドルは恋愛禁止じゃ……!」
「はぁ? いつの時代の話ですか。契約書ちゃんと読みました? ウチの事務所にそんなのないです。『不純異性交遊によるスキャンダルには注意しろ』とは言われてますが……つまり、同性ならオッケーということです」
「屁理屈だよそれは~……」
私は価値観が古いタイプのアイドルオタクでもある。
推しのアイドルがいたから、エストワのオーディションを受けたんだし。
厄介オタクな自覚はあるけど、推しにはあんまり恋愛して欲しくないし、私自身もいつかアイドルになるために、ずっと恋愛をしないできた。
……初恋がまだなだけ、とも言うけど。
恋愛以前にコミュ症とも言うけど。
私は零奈を拒もうと、顔を背ける。だけど。
「そもそも、本当に付き合うわけでもないんですから。ただ、すごーーく仲良く見えるように振る舞うだけ。俗に言う百合営業ってやつですね」
零奈は相変わらずの恋人距離で、囁いた。
「だから何も問題、ないですよ?」
……問題なら、あるよ。
だって今、すごく心臓がドキドキしてる。
これがときめきとか、そういうものならまだ良かった。
流れるのは冷や汗で、動悸は緊張で、深呼吸をしようにも過呼吸だ。
何とか知り合い相手なら話せる私でも、パーソナルスペースへの侵略には耐性が、ない。
人、近い、怖い。かわいい、怖い。いい匂いがする、怖い。
ああ、キャパオーバーです。
タイプ相性苦手な子にあえて挑んで対人経験値稼ごうなんて、いきがってごめんなさい。
私の心臓が筋肉痛を起こしてます。つまり死。
零奈は目を伏せた。
「……別にやりたくないならやらなくていいですよ。利害が一致しない関係に興味はありませんから」
ベンチから立ち上がる。去ろうとする。
「待って」
私は、立って。答えを言う。
「……やる! 百合配信、やらせて」
振り返った、零奈は冷ややかな眼差しで。
「動機は?」
……私は、昔から憧れたアイドルに夢を見ている。
けど、それなりに打算的だし現金だ。
だって。
私にも早く、成功しないといけない理由があるから。
「学費が必要なの」
私の答えに、零奈は眉を不思議そうにひそめた。
「……確かにウチは私立ですけど。芸能活動で活躍すれば学費は免除、ウチのグループの規模なら問題ないでしょう?」
「ううん、違うの。必要なのは、
私には双子の妹がいる。
私と違って頭が良くて、友達が多い、医学部志望の、完璧な妹が。
ウチは父子家庭で、一般家庭よりちょっとお金にゆとりがなかったりする。
アイドルになるためのレッスン代や、オーディションを受けに上京するための費用は、バイト代で賄ってたけど。
妹は、自分の分のバイト代まで出して、私の夢を応援してくれた。
妹が志望する医学部の学費がすごく高いということは、アイドルに受かった後で知った。
私はお金を、恩を返さなくちゃいけない。ううん、貰った以上を与えたい。
……でも、アイドルと言っても給料だけ見ると薄給だ。仕送り無しでギリ生きていけるかいけないか、くらい。新人だと、どうしても。
妹は私と同じ高三だから、期限はそう長くない。
だから早く、成功しないと。
「私は夢を叶えた。今度は私が、妹の夢のためにがんばる番。アイドルとして人気になれば、お金も手に入る……でしょう?」
「ええ、うちの事務所は給料プラス歩合制ですから」
ちゃりーん、と零奈は指でお金マークを作る。
美少女なのに俗っぽいことするなぁ……。
「ふふふ。いいでしょう。お金目当ての人って信用できます。わたし、夢とか憧れとか甘っちょろいこと言うやつ、嫌いなので」
いや流石にお金より夢の方が大事だよ私は。
夢を叶えるにはお金も必要だよね〜、って言ってるだけだって。
え……この子、こんなかわいい顔してえっぐい守銭奴だったりするの?
怖……。
私の怯えなんて知らず、上機嫌に零奈は微笑む。
「契約成立ですね。そうと決まれば、今夜のレッスン後、早速配信しましょう。
そう言って、今度こそ零奈は背を向け屋上庭園を去っていった。
「え、あ、うん。ありがとう……!」
遅れて返事をした後。
取り残された私は、ハッとする。
配信、
友達の家にも行ったことないのに!?
どうしよう。
手土産とか、持って行った方がいいのかな……。
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