第2話 アイドル後輩、白夜零奈という少女。


 ──私が白夜零奈に、初めて会った日のことを思い出す。


 それは、私が初めて事務所に呼ばれた時のことだ。


(我ながら、なんでオーディション受かったんだろ……)


 そう思いながらマネージャーの雪さんに連れられ、事務所の社長室へ入った瞬間。

 理解した。

 私は、ついでの合格・・・・・・だったんだって。


 社長室にいたのは年齢不詳の、ゴスロリの社長兼プロデューサー。

 だけど、西洋人形のような目立つ外見の社長のことなんて少しも気にならなかった。

 だって、彼女の前には、銀色に光る美少女が立っていたから。


 比喩だ。勿論。人は物理的に発光なんてしない。

 でも、ふわりと蛍のように淡く、まるでその子自身が光を放っているように見えてならなかった。

 そのくらいに、儚く可憐で……綺麗だった。


 一目見た途端。

誰もそう言っていないのに、確信できた。

 この子が、本命の合格者・・・・・・なんだって。

 


 ぼう、っと惚ける私を、雪さんの声が引き戻す。


「紹介しますね。白夜零奈さん。これから、あなたと一緒にデビューするアイドルです」


 正確には、再デビュー。

 零奈は今まで他のグループでアイドル活動をしていたらしい。

 零奈の名前を聞いたことはなかったけど、既にアイドルだった、と聞いて私は納得した。


 あまり自分に自信がない私でも、見た目に関してはそう卑屈じゃない。

 何故なら、私の双子の妹が美人だから。

 同じ顔をしてる私も、素材は悪くないはずだって思ってる。

 メイクもファッションも、がんばって色々研究したしね。

 ……写真映りには自信ないから、加工はちょっとだけお願いしたいけど。


 でも零奈は、化粧とか加工とか、そういう話をする次元じゃなかった。


 すっぴんと見紛うくらいに、薄いメイク。

 にもかかわらずくっきりとした目鼻立ち。

 透き通る空色の大きな瞳には、私と違ってカラコンなんて入ってない。


 華奢で薄く、手足の長い身体。

 素朴なワンピースはよく見るお手頃プチプラブランドのものなのに、彼女が着れば舞台衣装のようで。


 白銀の髪はさらさらで、少しも痛みがない。その透明感は、私が何度ブリーチしたって再現できないだろう。

 正面から見ればボブ、後ろから見ればロングへアの、くらげのような不思議な髪型は、彼女を大人っぽくも幼気いたいけにも見せている。


 その容姿は東洋人離れしていて、かといって西洋人的でもない、人間離れした妖精のような少女だった。

 その綺麗さは、強いて言えば二次元的。

 嫉妬とか張り合う気持ちは、全然湧かなかった。


 本物の美少女って、こういう子のことを言うんだって。


 ただ、ひとつ疑問に思うのは。



 ──なんでこんな、とびきりの美少女が、今まで埋もれてたんだろう?




「歳は茜さんが一つ上だけど、同期メンバーとして仲良くしてくださいね」


 軽い紹介を終えて、事務所の部屋から出た私たちは、廊下に二人きりになる。


 私は息を整える。

 すー、はー。


 零奈は同じグループのメンバーだ。美少女だからって気圧されてる場合じゃないし、人見知りしてる場合でもない。

 勇気を出して、手を差し出す。


「これからよろしくね」


 折角の同期だし、あわよくば仲の良い友達になれたらいいな〜、なんて期待しながら。


 零奈は私を、じっと上から下まで見て。


「馴れ馴れしくしないでください」


 つん、と顔を背けた。


 ……えっ。


「年下と言ってもアイドル歴はあなたよりずっと上。わたしの方が先輩ですから」


 零奈はそう言って、すたすたと立ち去っていく。


 え、え〜〜……!?


 廊下で、置いて行かれた私はしばらく唖然として。

 震えた。


(こ、怖い……)


 口を開いた零奈は、妖精のような可憐で儚いイメージに反して。

 刺々しく冷たい……ちょっと、怖い感じの女の子だった。


 対人経験の乏しい私には大ダメージだ。

 声をかけるのに使ったなけなしの勇気を使い果たしてしまった。もうない。


(ごめんなさい、雪さん……)


 私、あの子と仲良くなれそうにありません……。




 ◇



 ──そんな出会い方を、したわけだから。


「わたしに、なんの用です?」


 制服姿の零奈は、不機嫌そうに細い腕を組んで、私を見上げる。


 ……いきなりコラボ配信の打診なんて、難易度高すぎる。


「えーと、お昼一緒にどうかなって。はは……」


 ……って、断られるだろうなぁ。


「……なるほど。いいでしょう」


 ……あれ?

 あっさり許可してくれた。

 零奈は廊下の鍵付きロッカーから財布を取り出す。うさぎのキャラクターもの。

 こういうかわいいの、好きなんだ……。

 意外。


「どしたんです。行きますよ、せんぱい」


「あ、ねえ。その『せんぱい』って呼び方なんだけど……白夜さん、アイドルのキャリアは自分の方が上だって言ってなかった?」


 メンバーとしては同期だけど、アイドルとしては私の方が後輩だ。

 先輩なんて呼ばれる資格ないと思うんだけど。

 零奈は、はあ、と溜息を吐いた。


「わたしたちはアイドルである前に学生です。ここは学校、あなたは先輩でしょう? 最低限は敬いますよ。せ・ん・ぱ・い」


 つっけんどんに言い放ち、先を歩く零奈を、慌てて追いかける。

 む、難しい子~~。





 一度、購買に立ち寄って屋上へ。


 都心にあるこの高校は猫の額みたいな敷地に作られていて、校庭や体育館のスペースを作るために、校舎は細く高いビルになっている。


「にしても。せんぱい、昼休みを友人と過ごさなくていいんですか?」

「あはは……友達、いないんだよね。オーディション受かって上京したばかりだから」


 高三で転校すると友達作り、難しいよね。

 ……まあ、別に転校前も友達はいなかったけど!

 すみません、ちょっと見栄を張りました。


 知り合いとは話せるんだけど、知り合いだと思えるまでが長いタイプの人見知りです、私は。


「白夜さんこそ、急に誘ったりして迷惑じゃなかった? 先約とか……」

「大丈夫です。わたしも、友達いないので」


 え……私と同じ?

 少しびっくりしたけど。

 確かに零奈は、孤高の美少女って感じだし。

 きっとクラスメイトには高嶺の花だと思われてるんだろうな。

 私とはぼっちの格の違う。



 一般生徒にも解放された屋上庭園は、今日は風が強いおかげで人が少ない。

 私たちは角度的に風当たらないベンチを見つけ、並んで座る。


「あ、そうです。折角なのでツーショット写真撮らせてください」


「えっ。……えっ!?」


 零奈は、ぐ、と私の腕を引き寄せ、スマホを掲げる。

 待って、近すぎない!?

 ほっぺたが触れてしまいそう……。


 ドキドキしながら写真を撮られる。だってこんな、女の子と近付いたこと、家族以外ないし。

 零奈は撮り終えるなり、私の腕をぱっと離した。


「写真、SNS上げます。いいですよね?」

「えぇ、制服だけど大丈夫? 身バレとか……」

「もうバレてますよ。ウチの学校、現役で芸能活動してる生徒は、単位と学費を融通してくれる代わりに所属が公表されてますから。それに学校の宣伝になるからって、制服写真OKされてるんです」


 そうだった。

 私は新人アイドルだから、気にするほどのことじゃないけど。他にも有名人が通ってるから警備ちょっと重めなんだよね、この学校。

 転校してきたばかりだから、校則のチェックがまだ疎かだったりする。


 零奈はスマホを差し出し、撮った写真を見せる。


「加工、色彩フィルターだけで構いませんね?」


 頷く。重加工はトラブルの元だからね。炎上したくない。


 写真に映る零奈は、今まで見たこともない、ふわりと柔らかい笑顔をしていた。

 写真映りがすごくいい。

 一方、私はカチコチの真顔だ。

 本当に写真映りダメだな……。

 事務所の宣材写真撮影の時も、上手く笑えなくて結局、キリッとしてください、ってカメラマンさんに指示されたんだっけ。

 キリッは簡単。

 私は常に緊張で顔が強張ってるので。

 ギリギリギリ……。


 表情筋を手でぐぐぐと揉みほぐす私の横で、零奈はとととと、と素早くスマホを打つ。

 しゅぽっ。


 なんて書いたんだろう?

 私は自分のスマホで、零奈の投稿を確認する。

 ツーショット写真。

 ぼっちごはんを嘆きながら、せんぱい(私)が誘ってくれたことを喜ぶ文面、可愛らしい絵文字付き。


 スマホから顔を上げた。隣の零奈の表情は、完全な、無。


「いや……全然、喜んでないじゃん!?」

「当たり前じゃないですか。わたしたち、一緒にご飯食べるくらいで喜ぶような仲ではないでしょ? 嘘でも仲良いフリした方が、仲悪いですって言うよりよっぽどいいです」


 それはそうだけどさ。

 そういう打算で嘘吐く子なんだ……と思うと、良くも悪くもすごいと思う。

 非難するわけじゃないけど、私とは真反対だ。


 私は、嘘は苦手。

 嘘吐くと緊張して心拍数だけでバレるから。


 と、思いながら零奈の投稿にいいねを付ける。


「それで、本当の用件はなんですか? まさか、仲良くしたくてわたしをお昼ご飯に誘った、なんて甘いこと言いませんよね?」


 零奈は、私がはぐらかそうとした本題を追求する。

 私の顔を間近に覗き込んで。

 

 あっ、心臓が。

 緊張で死ぬ。


「さ、先にお昼ご飯にしよっか!」


 私は無理矢理零奈の追求を躱す。

 もうちょっと、深呼吸五回分の猶予をください。

 すー……はー……。


「……まあ。誘われておいて食事をしないのは無粋ですからね」


 私はお弁当を開く。

 細いお弁当箱に自作のおかずをテトリスみたいに詰め込んだもの。気持ち、タンパク質多め。

 零奈は購買で買ったパンを五つ取り出す。

 デザートに十二個入りダースのチョコレートまで、だ。


 ……多くない?

 華奢な身体のどこに消えていくのか。

 にしてもたくさん食べるってことは。


「体型維持、努力してるんだね」


 感心する。

 けど、零奈は大きなチョコデニッシュを頬張りながら。


「ただの才能です。わたし、太らない才能あるんで」


 はっと皮肉げに笑う。


「せんぱい、努力とかばからしいこと信じちゃってるタイプです? 所詮この業界、才能がすべてですよ」


 う。

 性格合わない。

 やっぱり苦手だ。

 だって私は、努力しか信じてない。

 筋トレ信者だから。


 湧き上がる、いけ好かないなぁという気持ち。

 ……でも同時に、魅力的だとも思った。

 逆に、一周回って、あえて。


 だって、才能がすべてだと、そう言い切れるということは。

 零奈は当然、自分にアイドルの才能があると信じてるのだろうから。


 けして好ましくはないのに、いいなぁ、と思う。


 打算的に猫を被れる器用さが。

 物怖じしない性格が。

 ずけずけと物を言える口が。

 なにより、彼女の、自信が。


 人は自分に持ってないものに惹かれるって、聞いたことがある。

 褒められた性格じゃない零奈を魅力的に感じるのは、私に持ってないものを持っているから。


 ──近付けば、私もアイドルとして成長できるかも。


 憧れる気持ちの裏で、冷ややかに考える。

 対人経験が少ないからこそ、真逆の人間と関わると、経験値効率が凄そうじゃん?

 アイドルをやるのに必要な、人としての魅力、みたいなものが何か、わかるかもしれない。


 ……私は私で、結構打算的だし現金だな。

 人のこと言えないや。


 だからやっぱり、誘うとしたらこの子しかいないのだ。

 覚悟を決める。


「話っていうのはね」


 切り出す。

 真っ直ぐに目を見て。



「私と、コラボ配信して欲しいの」



 零奈は、食事を飲み込んで。

 スマホを弄る手を止めて。



「いいですよ」



 あっさりと、頷いた。


「え、ほんとに!?」


 きみ、今日、二つ返事しかしてないけど大丈夫!?

 さっき脳内で結構悪口言っちゃったけど、実は普通にいい子だったりしない!?


「馴れ合う気はありませんけど。ビジネス的な付き合いなら歓迎しますよ」


 ドライなだけで、思ってたより悪い子じゃないみたい。

 よかった。嬉しい。

 そうだよね。

 同じグループのメンバーだもの。

 友達にはなれなくても、良い仕事仲間ビジネスパートナーにはなれるよね。


「ただし条件があります」


 うんうん、なんでも言って。

 そんな気持ちで、相槌を打ち――。


 零奈は、油断したわたしに爆弾発言を落としたのだった。



「百合配信。付き合ってください。それが、条件です」

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