ぼっちな私たちが百合配信をしたら、バズった。〜私たちのライブを100万人が見てる〜

さちはら一紗

第1話 新人アイドル、宵崎茜、崖っぷち。


 キスに味がするなんて嘘だと思っていた。

 檸檬だか、苺だか、そんな甘い味するわけないって。

 でも、今。

 重ねた零奈れいなの唇からは、さっき二人で食べたチョコレートの味がした。

 微かに触れただけなのに、甘い。


「っ……!」


 その甘さで、我に返った。

 慌てて、零奈の細い肩を掴んで、引き剥がす。

 唇がようやく離れる。

 ソファから跳ね退くように立ち上がり──



「ごめん!!」



 ──私は、ライブ配信中のカメラを止めた。


 パソコンに配信終了の真っ暗な画面が映る。


「さいてーですね、せんぱい」


 零奈はソファに座ったまま。

 少し乱れた制服姿で、ほつれた銀髪をその耳にかけながら言った。


「事故とはいえ、わたしの唇を奪うなんて。どう責任を取ってくれるつもりですか?」


 気怠げな眼差しで、濡れた唇をなぞって、蠱惑的に私を見上げる。

 私は動揺と混乱で火照ったまま、焼ける唇を拭った。


「も、元を言えばきみが百合配信しようなんて、言い出したせいじゃない!」


『百合』。

 それは、女の子同士が恋人みたいに仲良くすること……だと、一説にはある。

 アイドルである私たちは、そんなふうに『とびきり仲の良いフリをすること』を約束をした。

 俗に言う、百合営業ってやつ。


 けど、キスは、ありえない。

 ファーストキスだったのに、なんで、こんな子と……!

 それもまさか、配信ライブ中に、全世界に見られる場所で。


 ──こんなことになるなら百合営業なんて、乗るんじゃなかった!



 口論が始まって、数分。

 ふと、騒がしいスマホの通知音に水を刺される。

 スマホを確認すると、焦った様子の、マネージャーからの連絡がいくつか。

 だけど次第に増えていく通知のほとんどは、SNSのもので……。

 私は訝しんで、アプリを開いて。



「え……」


 青ざめる。



「さっきの配信事故、バズってる……」




 私たちのキスの写真スクショ

 それが、私たちのアカウントと紐付けられて世界中に拡散され、スマホを震わせ続けていた。


(もしかしてこれって、『炎上』? 私のアイドル生命、終わったかも……)


 スマホのバイブレーション顔負けに震え始める私に。


 零奈は、くす、と愉快そうに笑みを溢した。



「これでもう、後戻りはできませんね、せんぱい。……いえ、あかね?」




 ◇




 ──私たちが〝事故〟を起こす、少し前に話を戻そう。




 私、宵崎よいざきあかねは新人アイドルだ。


 小さい頃からアイドルに憧れていた私は、これまで沢山のオーディションを受けては落ちてを繰り返し……十七歳。


 遂に、憧れのアイドルグループ『ESTwilightエストワイライト』──通称、エストワの追加メンバーとして、合格。

 夢が叶った……!



 ……と思ったんだけど。

 現実は結構、厳しいみたいで。


 アイドルデビューから数日後。

 所属する小さな事務所で、私は絶賛、マネージャーに怒られ中だった。


「茜さん……昨日の配信、なんなんですか!?」


 マネージャーの柳木やなぎゆきさん。

 パンツスーツの似合う、仕事できそうな雰囲気のお姉さんは、スマホに配信のアーカイブ動画を映して私に詰め寄る。


 スマホに映っているのは、事務所のトレーニングルームで延々と腹筋をしているピンク髪ポニーテールの女子──つまり私。


 雪さんは悲痛に声を上げた。


「デビュー早々、『無言で筋トレしてるだけの配信』って! 誰が見ると思ってるんですかぁ〜……!」


「うっ、ごめんなさい……」


 縮こまる。


「でも雪さん。私の取り柄って、板チョコみたいに割れたこの腹筋ぐらいしかなくて…… それに、あがり症でトークなんて全然できないし……もう、出すもの出すしかっ……」


 すす、と服をめくる。

 お腹を見せる。


「見せないでいいですから!」



 ……そう、私はアイドルとしては致命的なほど、知らない人と話すのがニガテだった。

 子供の頃から、アイドルになるためのトレーニングばかりしていたから、友達が全然できなくて。

 遊び相手は、双子の妹だけ。


 そしたらいつの間にか、私は、あがり症で人見知りで趣味が筋トレだけ、なんて地味で華が無くて面白味もない、アイドルらしくない人間になってしまっていた。


 筋トレはいいよね。

 努力したらしただけ、応えてくれるから。

 最高だと思う。

 オーディションに落ちた日も、体脂肪率が落ちたのを見れば、がんばれた……。


 ぼっちでも構わない。

 愛と勇気とプロテインだけが私の友達です。


 雪さんはきゅっと目を吊り上げた。


「もう。もっとアイドルの自覚、持ってください」


 マネージャーの雪さんは元アイドルなので、顔がかわいい。

 怒っててもかわいいなんてアイドルの鑑だ、見習わなくちゃ、と身が引き締まる。


「いいですか。今の時代、歌って踊れるだけじゃダメなんですっ。配信やSNSで、ファンとの交流をして、日々、楽しんでもらえるコンテンツを提供しないと……」


 真剣に説明する雪さんの話を、こくこくと頷いて聞きながらも、にわかに凹んでくる。

 やっぱり人見知りの私には──、


(アイドルなんて、向いてなかったのかも……)


「参考動画とか送りますから!」と言う雪さんに合わせて、スマホを取り出して。

 待ち受けの写真が目に入る。

 上京する前に撮った、妹とのツーショット。

 ぎこちない笑顔の私の横で、眼鏡の似合う妹が指ハートを送っている。


『お姉のファン一号は、私だからね』


 ……ううん。この程度で、凹んでなんかいられない。

 私、アイドルとして成功するんだって決めたんだから。


「雪さん! お願いします。元アイドルとして、何かアドバイス貰えませんか」


「うーん、そうですね。……あっ、一人だと緊張してしまうなら、メンバーとコラボしてはどうですか?」




 ◇





(メンバーとコラボって言っても……)


 私の所属するグループ、エストワは、五人組のアイドルだ。


 去年卒業したメンバーに変わり、追加メンバーの募集オーディションが開かれた。

 そこで受かった新メンバー二人のうちの一人が、私。


 つまり、メンバーの内三人は先輩アイドルだ。まだ顔合わせの挨拶しかできてないし、先輩たちは新人の私たちとは違って忙しい。


 必然、コラボ配信に誘うとしたら残る一人のメンバーなんだけど。


(……私、あの子のこと苦手なんだよね)


 憂鬱な気持ちで、昼休み、学校の廊下を歩く。

 私は十七歳、学年でいえば高三だ。

 アイドル業も大事だけど、ちゃんと勉強はしておきたくて、学校にも通っている。

 私立の単位制で芸能活動も推奨してくれているから、アイドル活動と両立しやすいのだそう。

 私はこの四月に転校してきたから、よく知らないけど。


 行き先は二年生……一つ下の学年の教室。

 中を覗き見る。賑わう教室に、探し人の姿は見つからない。


 うう、他学年の教室って、どうしてこんなに緊張するんだろ。

 誰かに、あの子の居場所を質問しないといけないけど……。


 チラリ、と教室にいる、知らない下級生たちと目が合った。

 黄色味を帯びた声が聞こえる。


「ねえ、あの先輩かっこよくない? ハイトーンのピンクブロンド似合うとか、顔面優勝でしょ」

「うちの学校にいるってことは芸能人かな。声かけてみよっか」


 ヒッッッ。


 派手髪なのに陰キャですみません……。

 デビュー前、勇気出してメンバーカラーの赤色に染めたら、あっという間に色落ちしてピンクになっちゃっただけなんです……。


 ドアの影に隠れる。


 うう……知らない人に話しかけるのも話しかけられるのも、無理すぎる。

 出直してきちゃ、だめ?



「何してるんですか、せんぱい」



 後ろから聞こえた、吐息混じりの、呆れた声。

 聞き覚えのあるその、透き通った声音に振り返る。


白夜はくやさん……!」


 そこに立っていたのは、さらり、としたくらげのような銀髪の少女。

 私の探し人。

 ひとつ年下の、同期メンバー。


「わたしに、なんの用です?」


 アイドルの、白夜はくや零奈れいなだった。

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