その3-黒原さんside
「ほぅ…オレンジですか…」
「ホラ絶対これが目的じゃん」
つまるところ弓木さんは私の下着を見るために2駅隣のスーパー銭湯に誘ったのである。わざわざ私が部活終わるのを待って。
「あと、言うまでも無いけど、スタイル抜群ね。言うまでも無いけど」
「そんな言うまでもないことかな…」
「Cカップかしら…?」
「えぇ…Dカップですね…」
「あぁ…あら…あぁ…」
私の、唯一にして最大のアピールポイント。とはいえ、誰に対しても披露するものではないのだけど。
「あのーお風呂に入りたいんですけど」
「言うまでもなく…?」
「言うまでもないですね…」
品評会は続く。
「やはり黒原さんの最大の魅力は、スリムなお腹よね」
「はぁ…」
「普段は隠されているけど、こうして脱ぐとスリムさがわかるわね…結果として、本当にナイスボディだわ…」
「そんなジロジロ見ないで…」
私の、唯一にして最大のアピールポイントを、じっくりとなぞられる。
「そうやって何人もの人を魅了してきたのね」
「いや、そんな経験無いから!」
「あるわよ、今、私が」
「真顔で言われましても…」
つくづく綺麗なお顔をしておられる。浮世離れしている感覚。
「ていうか、黒原さんだけ服着てるのズルいんだけど」
あとは下着を脱ぐだけなのに、手持ち無沙汰で脱衣所のロッカーを見つめる。
「『ズルい』って何が…?」
「まぁ…対等じゃないっていうか…対等だから何だっていう話だけど…」
「じゃあはい」
「うわっ!」
振り向くと、弓木さんは全裸だった。
「はい」
「『はい』っじゃなくて…」
とはいえ、見とれてしまうものがある。
「私の最大の魅力は、この白い肌と華奢なボディラインよ」
「自分で描写するなよ…」
白い体に、整った体のライン。何より高身長だ。美しい。やばいな…女性の裸見てこっちも品評しちゃてるよ。
「黒原さんは男受けしそうなボディね、エロいわよ」
「いや…物言いがストレート過ぎます…」
弓木さんは常に笑顔だけど、常に表情が変わらない。わーすごいわねーと言ってくれるが、さてどこを見つめているのかはわからない。
===
「『黒原さん、こう呼びかけても、あなたは振り返ってくれることも、笑いかけてくれることも、なくなってしまったのですね』」
「だからどの部分の練習してるんだっての」
体を洗いながら、弓木さんは繰り返す。
「私、死んだりしないから」
当たり前のことを言う。こんなこと、私は人と面と向かって話せる訳がない。
人と相対せるほど、私は中身のある人間ではないし、他者の言葉を受け止められるほどの強さも無い。2人が、何か同じ方向を向いていないと、しんどくなる。そういう意味で言うと、お風呂の洗い場は気楽だ。裸同士なのに、見つめ合うことはない。さっきは思わず見とれてしまったけれど…。
「『萌子ちゃん、今日は学校どうだった?』」
「うちのお母さんかよ…」
「『今日も屋上から愛を叫んだの?』」
「懐かしいテレビの企画だな…」
毎日そんなお祭りがあるはずも無いし、第一、愛の告白はこっそりすべきだ(?)。
「え、別に、まぁ今日もいつも通りかな…。夏休み入るから、その予定表とかは配られたけど、まぁ夏休みも練習あるし」
日々を変わらないものと捉えるのは、自分の怠慢。日々はもっと面白くできるはずなのに、つっこまない。
生活は穴だらけだ。もっと自分が言えることとか、参加出来ることとか、介入できることとか、沢山あるはずなのに、決して動こうとはしない。単純な怠惰だ。
「ていうかこの前さ、その企画、復活版としてテレビでやってたんだけど」
「あ、私の話終わりなのね…」
「うん、一旦ね。でね」」
「保留はしてくれるんだ…」
ドライなのか優しいのか良くわからない…。
「珍しく、男子校が取り上げられていたのね」
「はいはい」
「でも告白シーンが無かったの」
「はぁ…」
「おかしくない?」
「ま別におかしくない…というか、偶々そういうことを言いたい人が、その学校にいなかったんじゃないかなぁ」
面倒な時代だ。確かに、男子が男子に愛を叫んでもいいけど、そういうことを大っぴらに表明したいか、そして、それが番組としてウケるか、まだ分からない時代だ。
「そんなことはないっ」
「いや…そこで声を荒げられても…」
どこにこだわりを持っているんだこの人は…。
「絶対に、恋心を胸の内に秘めた子は居るはず」
「そうなのかな…?」
「そうでしょう~。だって学校だって、何百人もいるのよ。そんな、確率で言ったら、一定数いたっておかしくはないわ」
「なるほど…」
確率論、それを机上の空論とは思わないけど、実感をもって私は捉えることが出来ない。
「私はね、目に見えないものだって信じたいの」
私は引き続き、弓木さんを見れないでいる。
「言葉とか、概念とか、数式とか、そういうのだっていい。それが、少しでも現実を指し示すものだったら、私は踏み込んでみたいと思う」
「ふ…ふぅん…」
正直ついて行けないでいる。
「ゆ、弓木さんは凄いんだね…」
「って良く言われるわね」
「それは…さすがだね」
弓木さんはシャワーを使わず、桶で体を洗い流す。流れるお湯が床を打つ音は豪快ではある。
「嬉しいわ」
「それはそうなんだ…」
「そりゃそうよ。言われ慣れても、やっぱり嬉しいし、あ、でも『この人変わってるな』をっ隠すための程よい言葉とも思っているけどね」
「おっ…手厳しい…」
薄々感じていたけど、弓木さんは単なる不思議ちゃんではなく、単純に頭が良い。色々なものが見えている。
「まぁ個人の語彙力の問題よね」
すみません語彙力薄くて…。
「たまに、『じゃあ私のどこが凄いと思うのよ??』って聞いちゃうと、面倒がられるから、まぁもう質問することも無くなったけどね」
弓木さんはタオルを絞って、さっと立ち上がり。お風呂場に向かう。私は弓木さんの話を追っかけるばかりで、まだ体を洗っている最中だ。
「は…はぁ…そうですか…」
個人的には、弓木さんのことを面倒臭い人とは思わないけど、一方で、私がつまらなくて淡白な人間であることは、自明だと思う。
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