その4-黒原さんside
あの後は普通にお風呂に入り、「私はサウナーよっ」と言いながら入ったサウナは3分でで出た。それなのに、弓木さんはしっかり水風呂は入っていた。じゃあサウナの意味はあるのかな?
「はぁ…今日私は何しているんだろう…」
放課後スーパー銭湯に行くのは、私にとってかなり珍しいことだ。家と学校の往復飽き飽きすることはないけれど、こういうのも楽しい。とはいえ、これを弓木さんにそのまま言ってしまったら、弓木さんを調子に乗せることになってしまうけれど。脱衣所で体を拭きながら思う。
「ほぅ…オレンジですか…」
「ホラ絶対これが目的じゃん…何で2回目も言うのよ…」
「あと、言うまでも無いけど、スタイル抜群ね。言うまでも無いけど」
「でもそれ言うの2回目だよ…」
「Cカップかしら…?」
「えぇ…Dカップですね…」
「あぁ…あら…あぁ…」
「あの…弓木さん全裸でずっといるんじゃなくて、早く服着なよ…」
「まぁまぁまぁ」
「いや、まぁまぁまぁじゃなくて…」
なんでこの場に及んでヘラヘラしているのかわからない…。
「私さ、テニス部でエースやってるんだけどさ」
「えっこの期に及んで身の上話始めるの…?ていうか自分でエースって言っちゃうんだ…」
「エースってほぼ役職名のようなもんじゃん?」
「そうなのかな…」
「そうだよ、皆私に期待してるし。でもさ、私の何に期待しているのかイマイチわからないんだよね」
「はぁ…」
楽器の上手さで言うと私は中の下くらいだから、吹奏楽部において私に立場はあまりない。
何事も、技術の話と、人としての話が、どちらともついてまわる。どちらにも振り切れていない私は、行き場を失い、空気と化す。
「でもさ、私全然部活の子と仲良くないんだよね。休みの日にスイパラとか行ってみたい」
「そうなんだ」
「別に仲間外れにされてるとかじゃないんだけど、皆で一緒に~っていうこともないから、各々仲良しグループで集まってて、で、自然と皆帰ってって、私は私で真っすぐ帰って」
弓木さんは、周りの空気をゆがませる力がある。さも当然のように、重力にひっぱられて、その状態がさも当たり前であるような。
「一緒についていけばいいじゃん」
「となると、そこまでのやる気は無いんだよね」
弓木さんは、人と違う世界を見ている。視線がいつも遠い。
「結局あんまり同世代の子が好きじゃないのかもしれないね」
「そうなのかな…」
「まぁ部活の話はするけど、普通の話?そういうのが、あんまり楽しいとは思わなくて」
「あまり全裸で語られても…」
「どうでも良くない?誰それが誰ちゃんと付き合ってるとか今度の期末試験がどうとか、どうも盛り上がらないんだよね。あっ、黒原さんは違うよ」
「はぁ…」
「結婚式もスピーチしに行くからね」
ほぼ今日初めて話すようなものだけど…
「結局はさぁ、黒原さんもそうだけど、人を信用していないんだよね、あー冷たい冷たい」
「あの…私を勝手に巻き込まないでいただきたいのですが…」
「あれ?そうなの?」
「そんな新鮮な反応をされても…」
相手の言葉を否定するとき、自分の中の何かからも目を背けている気がする。
「まぁまぁ似た者同士さ、仲良くしようよ」
「はぁ…」
どうしてそう思ったの?私のどの部分がそう言えるの?そもそも、弓木さんそれはいつ感じたことなの?
聞きたいことは山ほどあるけど、きっと沼にはまる。
自分のことが大切で大好きな奴は、きっと、似たような人と、落ちるところまで落ちていく気がする。
「では帰りましょう」
そんなこと考えていたら、気付いたら弓木さんは制服に戻っていた。
「あれ、弓木さん。着替えるの早くない…?」
「あぁ、そっか。そうだ、今日下着履いてないからだ」
「どこかで置いてきてしまったかもしれない」
「どこに…?」
理解が追い付かない。
「まぁ…『この世界に』というところかしら」
「はぁ…」
まともな反応をするのも馬鹿らしく思えてくる。
「でも、キャミソールは着てるんで、自分」
いや、そんなキリっとした顔で言われましても」
「とかく、そういうことなんで、黒原さんはもう着替えた?」
「下着置いてきた人に言われたくはないけど…うん、大丈夫」
大丈夫なことは一つも無いけれど、もう18時も回っていたから、その日は一緒に帰った。ちなみに、弓木さんとは電車の方向が真逆だったから、とても助かったのを覚えている。
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