第7話 グローバリズムとナショナリズム




 え ?


 雪ちゃんがその「コーコクトウ」とかになって利用されちゃうの ?


 そんな事になったら雪ちゃんはどうなっちゃうの ?



 アタシは目の前がくろになるような感覚におそわれた。

 何だかアタシのまわりがグルグルと回っているみたい。

 優希の兄ちゃんが何か言ってるみたいだけどアタシの耳には届かない。


「しまった、俺とした事が!」


 優希の兄ちゃんはあわててアタシに駆け寄るとその両肩をつかむ。


「勇気ちゃん、しっかりしてくれ! 僕の言った事は可能性の1つに過ぎないんだ」


 兄ちゃんがアタシの両肩を掴んで何か言ってる。

 でも、やっぱりアタシの耳には聞こえない。

 あれ ? 何かアタシも回ってるみたい。



クルクルクルクルクル



「アニキ、勇気が!」


「判ってる! 4年生の女の子に聞かせるセリフじゃ無かった」


 アタシは回りながら優希や優希の兄ちゃんの存在が薄くなって行くのを感じた。

 違う。

 薄くなって行ってるのはアタシだ。アタシの意識が薄くなってるんだ。


 アタシが自分の意識を手放てばなそうとした瞬間。


「勇気ちゃん、あたしをまもってくれるんでしょ!」


 アタシはビクッと反応した。

 アタシの意識が現実に引き戻される。

 それは、雪ちゃんの声だった。


「あたしは広告塔になんかならないし、校長先生たちに利用されたりもしない」


 雪ちゃんの声がすぐ近くから聞こえる。

 アタシの身体は後ろから雪ちゃんに抱きしめられていた。

 雪ちゃんの言葉が続く。


「だって、勇気ちゃんや優希くんが護ってくれるんだもん。そうでしょ ?」


「うん、アタシが雪ちゃんを護るんだ!」


 しっかりと覚醒かくせいしたアタシの言葉に、優希と優希の兄ちゃんは安堵あんどの表情を浮かべてる。特に兄ちゃんは「勇気ちゃん、大丈夫 ? 僕が誰だか判る ?」って何度も確認してた。アタシの両肩を掴んだままで。


「どうやら元に戻ったみたいだな。お前の脳みそは筋肉だけじゃ無かったんだな」


「うっさいわ! でもアタシ、ホントにどうしちゃったんだろ ?」


 このアタシの反応に兄ちゃんが頭を下げる。 

 アタシの両肩を掴んでいた手は下におろされている。

 何か、スゴク落ち込んでるみたい。


「・・・・ゴメンね、勇気ちゃん。僕の軽率けいそつな発言で動転どうてんしてしまったんだ」


 そう言って自分の顔をなぐった。

 拳骨げんこつで。


「兄ちゃん!」


「お兄さん!」


 アタシと雪ちゃんはビックリして声を上げる。

 優希は黙って見つめている。

 兄ちゃんがもう1度、自分の顔を殴ろうとしたのでアタシはその手に飛びつく。


「兄ちゃん! アタシはもう大丈夫、大丈夫だからぁ」


「・・・・僕は自分が許せないんだ。自分の考えに辻褄つじつまが合ったからと言ってすぐに言葉に出してしまう。目の前に繊細せんさいな心を持った女の子がいるのに」


 兄ちゃんは悔しそうに唇をみしめる。

 ギリギリと血がにじむほどに。 

 そんな時にアタシを抱きかかえていた雪ちゃんがスックと立ち上がった。


「でも、だからと言って。自分で自分を傷つけるなんておかしいと思います。そんな事はただの・・・・自己満足じこまんぞくだと・・・・あたしは思います」


 雪ちゃんのはなった言葉で、その場がシーンとなった。

 えーと、アタシはどうすれば良いんだろ ?

 すると、またもやその場の空気を変える「出来できる子」の優希が声を上げてくれた。


「俺も雪の言う通りだと思うな。アニキだってまだ学生だろ ? それに俺によく言ってるじゃないか。「世の中に完璧な人間なんて居ない」って」


 サスガ「出来る子」の優希だよ。

 おかげでアタシも兄ちゃんに声をかける事が出来たよ。


「兄ちゃん、アタシはホントに「だいじょぶ」だからさ。いつもの優しい兄ちゃんに戻ってよ」


「・・・・勇気ちゃん。雪ちゃん。それに優希。ありがとう。僕もまだまだ勉強不足だと思い知ったよ。そんな勉強不足の僕の話だけど聞いてもらえるかな」


 良かったぁ、兄ちゃんの眼は「いつもの優しい兄ちゃん」に戻ってるよ。

 兄ちゃんはそのままの顔つきで雪ちゃんに話しかける。


「ありがとう、雪ちゃん。僕もまだまだ未熟みじゅくな学生だと思い知ったよ。以前から言ってるように僕らは対等の存在だ。また僕があやまった事をしたら、それを指摘してきしてくれると嬉しい」


「あっ、えっと。あたしの方こそナマイキな事を言ってしまいました。・・・・ホントにゴメンナサイです・・・・」


 雪ちゃんは真っ赤になってペコペコしてる。

 そんなわかりやすい雪ちゃんの反応にその場のフンイキがなごむ。

 兄ちゃんも雪ちゃんも皆、笑顔だ。良かったぁ。


「でも、アニキ。何を話すんだ ? そろそろ昼飯の時間だぜ」


 優希の問いかけに兄ちゃんはマジメな顔つきになる。


「今回の雪ちゃんのけん直接的ちょくせつてきにも間接的かんせつてきにもかかわってくる問題だよ。お前には少しずつ話してる。雪ちゃんなら判ると思う。勇気ちゃんには少し難しいかも知れないけど話だけでも聞いておいて欲しい。これからの若い世代には必ず必要な話だから」


 うーん、何かすごくムズカシソウなんですけど。

 でも後で雪ちゃんや優希に教えてもらうとして、今はおとなしく聞いておこう。

 アタシはアタシとして考えたり理解するしか無いのだから。


「そんなに難しい顔をする必要はないよ。ついでに言っておくけど、これから話す事はあくまでも僕の私見しけん。個人の考え、って事だからね」


 アタシにつられてちょっとマジメな顔つきになった3人を兄ちゃんは笑顔でほぐす。

 そして最初の言葉を投げかける。


「グローバリズムって言葉は知ってるかな ?」


 少しのをおいて優希が答える。


「このあいだ、アニキから聞いたけど。世界的な秩序ちつじょ ? 世界的な共通認識きょうつうにんしき ? 世界的に守らなければいけない事 ?」


「うん、そんなモノかな。やくかたによって色々と違ってくるからね。極論きょくろんで言えば「国境を無くして世界を1つにしよう」なんて論調ろんちょうもあるけど。じゃあ」


 兄ちゃんは苦笑しながら次の言葉を投げ込む。


「ナショナリズムって言葉は知ってる ?」


 今度はおずおずと雪ちゃんが答える。


「えっと。「主権国家しゅけんこっか伝統でんとう文化ぶんかを護って後世こうせいに伝えて行く」でしょうか ?」



パチパチパチ



 兄ちゃんの拍手が響く。


「サスガ、雪ちゃん。そこに「国民こくみん」が加われば僕の考えとほぼ一致いっちするよ。そこでだ」


 兄ちゃんが身を乗り出すと雪ちゃんと優希も身を乗り出す。

 アタシもつられるように乗り出す。

 兄ちゃんの言葉は続く。


「経済、貿易などはグローバリズムによる協定きょうていは必要だろうね。世界の国々が自分勝手じぶんかってにやってたら商売なんて成り立たないし。軍事や防衛は仕方のない部分もあるよね。国家として考え方が同じモノ同士でグループが出来てしまうのは仕方がない。これはナショナリズムかな」



 兄ちゃんは一旦いったん、言葉を切ってから続ける。



「これまで話をしてきた事は目に見える形のモノだ。しかし、目に見えないモノ。僕たちの心の中までもが世界的な秩序として規制されたり法制化ほうせいかされたりしたら、どうする ? グローバリズムの名のもとに」









  


つづく

 




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