第6話 雪ちゃんが広告塔 ?ってか広告塔って何 ?




「え、これから相談なの ? だって、もう」



 アタシは周囲しゅうい見渡みわたす。

 

 公園の中は夕焼ゆうやけにまりつつある。


 時刻は午後6時を過ぎようとしている。


「ごめんなさい。あたしがなかなか決心を出来なくて。自分の心に整理をつける事が出来なくて」


 雪ちゃんが必死にあやまっている。


 アタシは、そんな雪ちゃんにう。


「それって、アタシへの告白とかだよね ?」


 雪ちゃんはだまってうなづく。


「それなら、雪ちゃんは悪くない!」


「え ?」


 大きな声を出したアタシを雪ちゃんが驚いたような顔で見る。


「だって、告白だよ ? 雪ちゃんはアタシと優希が知らないあいだに色々な事をかかんでしまったんだ。それが「男の子になりたい」発言になって雪ちゃんの心が爆発ばくはつしちゃったんだ。だから、雪ちゃんは悪くない。雪ちゃんが1人で抱え込んでる事に気づけなかったアタシと優希が悪いんだ!」


「・・・・勇気ちゃん。・・・・ありがとう、ありがとう」


 さっきまで気丈きじょうっていた雪ちゃんの眼から涙がポロポロとこぼれだす。

 アタシはそんな雪ちゃんを抱きしめる。


「ゴメンね、雪ちゃん。気づいてあげられなくて」


「そんな事ない。そんな事ないよ、勇気ちゃん」


 アタシと雪ちゃんは今一度いまいちど、お互いの気持ちを確かめ合うように抱き合う。

 泣き笑いの顔を浮かべながら。

 そこへ優希の声がする。


「俺も雪の気持ちは薄々うすうす気づいてたけど、校長たちに呼び出されてるとは思わなかった。雪がそこまで自分を追い込んでいた事もな。ゴメン、雪」 


 そう言って頭を下げた後、優希が続ける。


「もう、こんな時間だから早く帰らないと俺らの家族が心配する。雪、手短てみじかに言ってくれ。俺と勇気に相談したい事って何だ ?」


 優希に言われた雪ちゃんがコクリと頷く。

 涙を拭いた雪ちゃんは、いつもの雪ちゃんに戻ったように感じられた。


「明日の午後に校長先生たちに呼ばれてるの。そこで、あたしはハッキリと言いたいの。「もう、呼び出しには応じたくありません」って」


「明日の午後って土曜日なのに ? 優希、アタシは決めたよ。雪ちゃんを1人では行かせられない。アタシも一緒に行く」


 アタシは「ケツイヲコメタ」口調くちょうで言う。

 そうだ、そうだよ。

 校長先生や変なオジサンたちの所へ「大切な雪ちゃん」を1人で行かせるワケにはいかない。決して。


「アタシが雪ちゃんをまもるんだ!」


「俺の事も忘れるなよ。じゃあ、明日の午前中に俺んちに集合な。それで午後になったら3人で校長室に乗り込もう」


 チェッ、何か「オイシイトコ」を優希に持ってかれたような気もするけど。

 でも、男子の優希が居てくれる事は心強い。体力面では頼りになるから。

 雪ちゃんはあんじょう、オロオロしてるけど。


「そんな。あたしの個人的な事で2人を巻き込むなんて・・・・」


 アタシと優希の声がハモる。


水臭みずくさいぞ、雪ちゃん」


「そうだ、俺らは「仲良しトリオ」だろ」


 そう言ってアタシと優希は、ニカッと親指を立てる。

 すると雪ちゃんも、オズオズと親指を立ててくれた。

 すっかり真っ赤になった公園に三者三様さんしゃさんようの笑い声が響き合った。






翌日の土曜日の午前中。



 アタシと雪ちゃんは優希の家にいた。

 そこには優希の兄ちゃんが居て、アタシと雪ちゃんを出迎えてくれた。

 メガネをかけていて物静ものしずかな雰囲気もメガネの奥の優しい眼差まなざしも昔から変わっていない。


「兄ちゃん!」


「お兄さん、ご無沙汰ぶさたしてます」


 アタシと雪ちゃんは仔犬こいぬがじゃれつくように駆け寄ると頭をでてもらった。

 どんな人にでも人見知ひとみしりする雪ちゃんが、この兄ちゃんに警戒心けいかいしんを持ったのをアタシは保育園の頃に初めて会った時から見た事がない。

 きっと雪ちゃんの「ホンノウ」とやらが「この人はダイジョーブ」って思ってるんだろうなぁ。


 それから優希もまじえて兄ちゃんに雪ちゃんの事を説明した。

 あらかじめ優希から事情を聞いていた兄ちゃんは「雪ちゃん本人の口から聞きたい」との事で、兄ちゃんが雪ちゃんに質問する事が多かった。


「それじゃ、今の雪ちゃんには「男の子になりたい」って言う明確めいかくな意思は無いんだね。それを相手側あいてがわは知っているのかな ?」


「はい、多分。あたしはホルモン療法りょうほう性転換手術せいてんかんしゅじゅつも拒否しましたから」


 そっかぁ、雪ちゃんがアタシと優希に「男の子になりたい」って言ったのは昨日アタシが公園で言ったように雪ちゃんが1人で抱え込んでしまって雪ちゃんの心の中がグチャグチャになってしまってたからなんだ。


「今日、校長室に呼ばれたのは雪ちゃんだけなのかな ?」


「いえ、あたしの他に6年生の女子が2人。その人達は手術にも前向きでしたけど」


 兄ちゃんが「うーん」と考え込む。

 それから天井を見上みあげてメガネをはずして目をつむる。

 しばらくすると兄ちゃんは、ハッとしたカンジでアタシ達に語りかける。


「その校長を含めた何らかのグループは雪ちゃんを広告塔こうこくとうにしたいのかも知れない」


 え ? 「コーコクトウ」って何の事 ?


「もしくはシンボルか。そう言う事か!」


 兄ちゃんは少し興奮こうふんした様子でしゃべってるけどアタシには「何の事やら」だよ。


「アニキ、それってつまり」


 優希もよく判ってないみたいで質問する。


「数年前に国連こくれんで演説した環境活動かんきょうかつどうをしている女の子が居ただろ。その時はまだ10代だった」


「・・・・ああ、アニキから聞いたな。確か北欧ほくおうの」


 優希も思い出したみたいだけどアタシにはサッパリわからない。


「何らかの活動をしている団体だんたいには「わかりやすい広告塔、シンボル」が欲しいのさ。のどから手が出るくらいにな」


「なっ! それで雪を!」


 優希の兄ちゃんはメガネを戻すと悲しそうにため息をつく。



「雪ちゃんはキレイな娘だからな」



そして、信じられない言葉を続ける。



「まだ10歳のこんな可憐かれんな少女も性転換を望んでいます、ってな」

 





 



 

つづく





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る