第4話 雪ちゃんの想いと優希の思惑



 ゆ、雪ちゃんが手術しゅじゅつぅ!?


 またもや雪ちゃんの衝撃しょうげきの発言に、またしてもアタシは呆然ぼうぜんと立ちつくしてしまう。


 そんなアタシの頭を優希がポンポンとやさしくたたく。


「そんなほうけたツラすんなよ。雪は性転換手術せいてんかんしゅじゅつなんかしないって。そうだろ、雪 ?」


 優希の問いかけに雪ちゃんはハッキリとした口調で答える。


「うん。・・・・サスガにあたしも手術なんて考えてないよ」


 優希はうんうんと頷くと、またマジメな顔つきになる。


「いちおう確認しとくけど。雪、お前は性同一性障害せいどういつせいしょうがいじゃないよな ?」


「・・・・違うと思う。あたしは自分が「男の子」だって思った事は無いし、「女の子」である事に違和感いわかんを感じた事も無いから。「あの授業」までは」


 なんだ ? またアタシにはわからない言葉が出て来たぞ。2人は判ってるみたいだけどアタシにはワケわからんわ!


「それじゃ、お前が「男の子になりたい」ってのは」



「ちょっと、待てや!」


 アタシは優希の話にんだ。


「な、なんだよ」


 話のこしられた優希はちょっとムッとしたカンジだったけど、アタシの顔を見てギョッとした。


「何だよ! さっきから2人でアタシにはワケのわかんない話ばっかして! アタシだけけ者かよ!」


 さけぶアタシの眼から涙が出て来た。


「アタシ達は保育園の頃からずっと一緒だったじゃんか! 「なんとか障害」って何の事だよ! アタシだって雪ちゃんがなやんでるのなら力になりたいよ・・それなのに・・それなのに」


 あとは言葉にならなかった。

 アタシの顔は涙と鼻水でグシャグシャになってた。

 すかさず雪ちゃんがアタシをきしめてくれる。


「ゴメン、ゴメンね。勇気ちゃん」


 そう言ってタオルでアタシの顔を拭いてくれる。

 それから優希にちょっと強い口調くちょうで呼びかけた。


「ダメだよ優希くん。ちゃんと勇気ちゃんにもわかってもらえるように説明しないと」


「あー、確かにそうだな。ゴメンな勇気」


 優希はバツの悪そうな顔でポリポリと頬をきながら話し始めた。


「俺は4年生になってからこれまでは使わなかった言葉とか使い始めただろ ? これってアニキの影響なんだ」


「優希くんのお兄さんって今年、国立大学に入学したお兄さん?」


 雪ちゃんがたずねる。

 優希の兄ちゃんならアタシだって知ってる。

 物静ものしずかだけど、アタシにもすごく優しくしてくれる兄ちゃんなんだよ。


「あぁ、年齢としが離れてるせいか俺がガキんちょの頃から可愛がってくれてた。アニキは家に居る時はパソコンでいろんな事を調べてたり動画どうがてた。俺が「アニキっていつもパソコン見て何やってるんだ」って聞いたら、アニキはちょっと迷った顔つきになったけど俺にも判るように色んな事を教えてくれた。だけどアニキは言うんだ」


 優希はフウッと息を吐くと話を続ける。


「アニキは、こう言うんだよ。「いいか、優希。俺が言った事を鵜呑うのみにするな。あくまでもお前自身が考えるんだ」ってな。そして「お前自身が考えて間違まちがっていないって思う事だけを頭に入れろ。間違ってるって思ったらそれは忘れろ」って。だから」


 優希はアタシと雪ちゃんの顔を見ながら宣言せんげんするように言った。


「俺の言ってる事はアニキのりかも知れない。でも、それは俺が自分で考えた事でもあるんだ」


「・・・・優希、今はイケメンだよ。優希の兄ちゃんも」


 アタシは雪ちゃんに顔を拭いてもらいながら親指を立てる

 そしたら雪ちゃんも優希に向かって微笑みながら親指を立てた。

 それを見た優希もガラにもなくれたように親指を立てる。


 アタシ達3人は大きな声で笑った。


 仲良しトリオの復活ってヤツかなぁ。


 アタシは雪ちゃんからもらったティッシュで鼻をチーンとしてから優希に尋ねる。


「じゃあ、その「なんとか障害」から教えてくれよ」


「それは、身体は女なのにこころは男って言う人達の事だよ。逆に、身体は男なのにのうは女って言う人達もいる」


 ん ? 心と脳って2つの言葉が出て来たぞ。


「おい、優希。心と脳ってなんか違うのか ?」


「それを説明すると長くなるからな。とりあえず今は「同じモノ」って考えてくれれば良い。そして、それは医学的いがくてきにも認められてるんだ」


 んん ?「イガクテキ」って何だよ ?


「あのね、勇気ちゃん。それは「決しておかしな事じゃない」って認められてるって事なんだよ。残念だけど「おかしい」って思う人達もいるけどね」


 雪ちゃんがフォローしてくれた。うん、雪ちゃんの説明の方が判りやすいよ。


「オホン、それで今の日本では医者から正式に認められてる人は1万人くらい居るんだけどアニキは「もっと多い」って言ってる」


 優希はちょっと咳払せきばらいして話を続ける。


「え ? 「もっと多い」って、どう言う事 ?」


「つまり「そう言う事」をかくしたり秘密ひみつにしてる人達も多いって事だよ。なやんだりくるしんでる人達が沢山たくさんいる、って事なんだ。たとえば勇気。お前が「そう言う人達」だったとしたら、それをおや素直すなおに話せるか ?」


 えっ、アタシが「そう」だったら ?


「うーん、話せるとは思うけど。ちょっと話しづらいかも」


「そうだろ ? そして世の中の親のすべてが俺らの親みたいな人達じゃ無いって事だ。自分の子供達を「対等たいとうの人間」って見てくれない親もいる。友人や一緒に働いている人達もそうだ。これは前にも説明した「多様性たようせい」や「価値観かちかんちがい」って事になるな」


 うーむ。世の中って「フクザツ」なんだなぁ。


「それで、「そう言う人達」をすくうって言う名目めいもくで「ある法案ほうあん」が制定せいていされたんだけど「そう言う人達」の中には反対してる人達も沢山いたんだ。「これまで通りで良い。そっとしておいて欲しい」って」


「何だよ! 「メイモク」とか「ホウアン」とか「セイテイ」とか。またアタシにはワケわかんない言葉を使いやがって!」


 優希はマジメな顔つきのままでアタシに頭を下げる。


「ゴメンな、そのあたりの事はまた後で説明するよ。かなり複雑ふくざつになるけどできればお前にも理解しておいて欲しい事なんだ。さてと」


 優希は両手をばして大きく伸びをする。


「なぁ、雪」


「えっ、何 ?」


 雪ちゃんはいきなり名前を呼ばれてビックリした顔になる。


「お前が「男の子になりたい」って言い出した本当の理由りゆうは勇気の事なんだろ ? 勇気にちゃんと言った方が良いんじゃないか。コイツにはハッキリと言葉で言わないと判んないぜ」


「・・・・それは、そうだけど」


 雪ちゃんは頬を染めてうつむいてしまう。

 なんだ、なんだ。アタシが理由ってなんだよ。

 しばらく俯いていた雪ちゃんが顔を上げる。


「・・・・そうだね、優希くんの言う通りだね。元々の言い出しっぺは、あたしなんだし」


 なに、なに ?

 雪ちゃんが何か「ケツイ」を「コメタ」顔つきになってるけど。

 でも、こう言う顔つきの雪ちゃんはホントにキレイなんだよなぁ。


「あ、俺。またのどかわいちゃった」


 優希がワザとらしいセリフを残して水飲み場の方へ駆けて行く。


「勇気ちゃん。姿勢しせいただして、あたしの顔を見て」


 雪ちゃんはベンチにすわなおすとアタシに言葉をかける。

 あのー、雪ちゃん ? ちょっとコワイんですけど。

 でも雪ちゃんの「フンイキ」に「アットウ」されたアタシは雪ちゃんと同じようにベンチに座り直す。


「勇気ちゃん。あたしの眼を見て」


 雪ちゃんはまぶしいくらいにキレイな顔でアタシにげる。

 雪ちゃんのひとみの中にまたあからめくモノが見える。

 アタシはまた固まってしまいそうになるのを何とかこらえる。


「あたしは、勇気ちゃんが好き」


 雪ちゃんのれた紅い唇が開く。


「アタシだって雪ちゃんが大好きだよ」


「勇気ちゃんの「好き」と、あたしの「好き」は違うの」


 雪ちゃんの紅い唇が言葉をつむぐ。


「あたしの「好き」は勇気ちゃんをあたしだけのモノにしたいの。あたしだけを見て欲しい。あたしの声だけを聴いてほしい。あたしだけを感じて欲しい」


 雪ちゃんの言葉は続く。


「あたしは大人になったら勇気ちゃんと結婚けっこんしたいって願った。あたしの夢は勇気ちゃんのお嫁さんになる事だった。でも小学生になってから同性同士どうせいどうしでは結婚できない事を知った。あたしはあきらめるしか無いって思ってた。でも、あの「特別授業」を聞いて。それで」


「雪ちゃんは「男の子になりたい」って思ったんだね」


 アタシは自分でもビックリするくらいに冷静に答えてた。


「うん。勇気ちゃんの身体に何かするなんて、あたしにはおそろしくて考えられないから。だったら、あたしが「男の子になろう」って思ったの」


「ありがとう、雪ちゃん」


 アタシは雪ちゃんに抱きついていた。


「雪ちゃんはホントにアタシの事を大切たいせつに思ってくれてるんだね」


「・・・・だって勇気ちゃんは、あたしにとって「特別に大切な人」だから」



ザワッ


ザワワワワッ



 公園のれる。

 アタシの心をみだすような風が吹く。


 アタシと雪ちゃんはおたがいの体温たいおんを感じていた。お互いの心臓しんぞう鼓動こどうを感じていた。お互いのにおいをかおりを感じていた。雪ちゃんの香りはさっきより強くなっている。アタシは「このまま、この香りの中にもれていたい」と言う気持ちを強引ごういんにねじせると雪ちゃんの両肩りょうかたにアタシの両手りょうててる。そして、そのまま、ゆっくりとアタシと雪ちゃんの身体を引きはなす。


「ゴメンね、雪ちゃん」


 雪ちゃんは悲しそうな眼でアタシを見てる。


「アタシには雪ちゃんの「特別な好き」の意味いみが、まだ良く判らないんだよなぁ。アタシがまだお子様なのかも知れないけど」


「フフッ」


 雪ちゃんがあきらめたようなれたような笑みを浮かべる。

 雪ちゃんのひとみの中のあからめくモノは、もう消えている。


かなわないなぁ、勇気ちゃんの素直すなおさと本能ほんのうによる防御ぼうぎょには」


 んん ? 何か雪ちゃんの雰囲気ふんいきわったぞ ? 少したくましくなったような。


「雪ちゃん、雰囲気変わった ?」


「うーん。勇気ちゃんにあたしの本音ほんねを話せて少しスッキリしたかも」


 そう言って笑う雪ちゃんからは「ビョージャク」な雰囲気がうすれて行っているカンジ。

 確実かくじつに。


「雪ちゃんは中学生になる頃には身体が丈夫になってると思うな。これはアタシのカンだけど」


「本当に ? やっぱり勇気ちゃん、だーい好き」


 さっきまでの雰囲気は何処どこへやら、だよ。でも、雪ちゃんの笑顔がいつもより元気そうでアタシはうれしいかなぁ。そんな時にまたも不意ふいに声がする。コイツ、何度目なんどめだよ。


「おーい、話は終わったのかぁ」

 

 頃合ころあいを見計みはからったような優希の声。コイツ、さては。


「テメェ、女の子同士どうしの話をぬすきしてやがったな!」


「それは違うと思うよ。勇気ちゃん」


 へ ? 何で雪ちゃんがかばうの ?

 アタシの「?」いっぱいの顔に雪ちゃんが答える。


「だって優希くんはあたしのおもいを知ってたから。でしょ?」


「まぁな。で、結果は・・・・聞くまでも無い、か」


 雪ちゃんはアッサリと答える。


「うん、あたしの完敗かんぱい。今の所はね」


「やっぱりな。ま、俺としては完敗記録きろくばして欲しい気もするけど」


 アタシはブチ切れる。

 何で、雪ちゃんの完敗を優希が喜ぶんだ。そりゃ原因はアタシかも知れないけどさ。それにしたって雪ちゃんの気持ちを考えろよ!


「おい、優希。その言い方は何だよ!」


「ん ? そりゃ、その方が俺には有利だからな」


 はぁ ? なんじゃ、そりゃ。意味わかんねぇ。


「お前が有利って何の事だよ」


「決まってんだろ」


 優希は少しタメを作って、言いはなつ。



「勇気は俺がよめさんにもらうんだからな!」



な!


な、な!


な、な、な!


なんじゃ、そりゃあぁぁぁ!!!

 

 


 

 






つづく

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