第2話 変な授業



 リコーダーの音色ねいろが音楽室にひびいてる。


 とてもびやかでキレイな音色。


 これは雪ちゃんが演奏えんそうしてるんだよ。

 音楽の授業の最後さいごに先生が模範演奏もはんえんそうとか言って雪ちゃんを指名したんだぁ。


 最初さいしょは雪ちゃんは「あたしなんて、とんでもないです」って言って真っ白な頬を染めて、恥ずかしがってたんだけどクラスの皆から「雪ちゃん、やりなよ」とか「雪ちゃんが吹いてるのいてみたい」って言われて、雪ちゃんは渋々しぶしぶと言った感じで承諾しょうだくしたんだよ。雪ちゃんが演奏を始めたら、ざわめいてみたクラスの皆はおとなしくなって音楽室がシーンとなっちゃった。アタシもその1人。雪ちゃんのリコーダーの音色に「タマシイをうばわれちゃった」ってカンジ。それに演奏してる雪ちゃんはキラキラとかがやいてホントの天使さま、みたいだったから。


 演奏が終わってからも音楽室の中はしずまりかえっていたんだけど、雪ちゃんがホウッとため息をつくと、音楽室に拍手はくしゅあらしこったの。もちろんアタシもちからいっぱいの拍手をしたよ。手が痛くなるくらいにね。


「ねぇ、今の曲ってなんて名前なの ? どっかで聴いた事があるような気がするんだけど」


 アタシは同じように拍手している優希に聞いてみた。


「バッハのメヌエット。テレビのCMとか電話のけとかにも使われてる有名な曲だよ」


「ふーん」


 とりあえずはそう答えたけどアタシには「バッハって誰 ?」ってカンジ。


 優希は小学校に入ってからホントにわっちゃったんだぁ。短気なところもガキ大将だいしょうっぽいところも無くなった。アタシと優希は同じ空手からて道場どうじょうに通ってるんだよ。え ? なんでかって ? 雪ちゃんをまもる為に決まってるでしょ! 雪ちゃんは相変あいかわらず「ビョージャク」だったけど背はグングン伸びて3年生の頃には「学校1の美少女」と呼ばれるようになったんだぁ。本人はいやがってるけどね。そうなると上級生の男子も言いよってくるから、アタシと優希は空手道場に通い始めたんだ。もちろん空手で相手にケガをさせちゃいけないからアタシ達はもっぱら「関節技かんせつわざ」を使ってるの。アタシみたいなチビでも「関節技」なら通用つうようするしね。


 そして優希は学校の成績表も良いんだぁ。雪ちゃんに続いてクラスで2番目なの。アタシ達は仲良しトリオだから3人でいろんな話をするんだけど雪ちゃんと優希は時々ときどきアタシには判らないような、むずかしい話をする時もあるなぁ。コッカイとかケンポーカイセイとかセンソウとか。そして最近の優希は雪ちゃんより背が高くなって、なんか顔つきもシュッとしてきたの。クラスの女子は優希の事を「イケメン」とか言ってさわいでるけど、保育園の頃から一緒にいるアタシからしたら「アイツのどこがイケメン ?」って思っちゃうワケ。ちなみに雪ちゃんは小学校に入ってからピアノ教室に通ってるの。雪ちゃんはピアノをくのが大好きみたいで色んなコンクールで金賞きんしょうとかをもらってるんだよ。スゴイでしょ。


 音楽室の拍手がむと担任たんにんの先生が言った。


「とても素晴すばらしい演奏でしたね。さて今日は金曜日ですから、これから教室に戻って「特別授業とくべつじゅぎょう」となります」


 アタシ達の担任は若い女の先生なんだけど、その口調くちょうがちょっとかたく感じるのはアタシだけかなぁ。その「特別授業」が始まったのは6月の中頃なかごろからなんだけど・・・・アタシにはワケがわかんない事ばかり言うんだよ。大体だいたいその授業は先生じゃないオジサンがやるんだけど、そのオジサンは長いかみのカツラをかぶって女の人の服装ふくそうをしてるの。おまけに化粧けしょうまでしてるんだよ。口紅くちべにもつけてるけどアタシにはオジサンにしか見えない。ね、変でしょ。


「あーぁ、またあの授業かぁ」


 アタシは両手を頭の後ろで組んでいやそうな声を出す。


「勇気には、あの授業はむずかしいだろうな」


 となりを歩いてる優希が笑いながら言う。

 雪ちゃんは、あの授業の前後にはアタシ達とは一緒にいないんだよね。なんでだろ ?


「だってさぁ、最初さいしょころはやたらと「タヨーセイ、タヨーセイ」って言ってたじゃん。おっきな声でさぁ。最近は「ドーセイコン」とか言い始めるし。大体、あの格好かっこうからしてオカシイじゃん。なんでオジサンなのに女の人みたいにしてるの ? ホントにワケわかんない!」


「まぁ、それも多様性たようせいと言えば多様性なんだけどな」


 優希がちょっとマジメな顔つきになって答える。


「優希は「タヨーセイ」の意味がわかるの ?」


 アタシはちょっとビックリして優希を見る。


「うーん、言葉の意味くらいはね」


「それなら教えてよ。「タヨーセイ」って、どういう意味なの」


 優希はまたも「うーん」と考えんでから話し始める。


「俺と勇気は別々べつべつの人間だろ ? 考えている事もかんがかたも違う」


「そんなの当たり前じゃんか。アタシと優希は別の人間なんだから」


 そう言うアタシをのぞき込むように見て優希は軽く微笑ほほえむ。


「そう。人はそれぞれ違う考えを持っている。価値観かちかんとも言うけどな」


「え、「カチカン」ってなに ?」


 うーむ。またアタシの知らない言葉が出てきたぞ。


「その人の考えの基準きじゅん。って言っても勇気には判らないか・・・」


「うん、わからん」


 アタシは即答そくとうした。


威張いばって言うなよ」


 優希は軽く笑い声を出す。


「そうだなぁ・・・勇気の好きな動物って何だ ?」


「え、うーんと。ねこかなぁ」


「そうか。俺はいぬかな」


 は ? 何で、ここで好きな動物の話なんかするの ?

 アタシの「ワケわからん」と言う顔を見て優希はしゃべりだす。


「つまりさ。勇気は猫が好き、これが勇気の価値観。俺は犬が好き、これは俺の価値観って言うワケさ。判るか ?」


「うーん、確かに人によって好きな動物は違うだろし・・・これがカチカンの違いって言う事 ?」


 アタシが答えると優希はうれしそうにアタシの頭をワシャワシャしてきた。


「正解 ! やっぱり、お前はかしこいよ。もう少し普通の授業も集中できたらなぁ」


 アタシはワシャワシャしてくる優希の手が、うっとおしくてねのける。


「うっさいわ! じゃあ、その「カチカン」の違いってのが「タヨーセイ」って事っで良いの」


「まぁ、今はそれで良いよ。俺は犬が好きだけど、勇気が猫が好きって言う価値観もみとめる。それが人の多様性を認めましょう、って事なんだよ」


 うーむ。なんかまだ良くわかんないけど、少しは「わかった」ってカンジかなぁ。


「ね、ね、じゃあさ。「ドーセイコン」って、どういう意味 ?」


同性婚どうせいこん同性同士どうせいどうしで。うーんっと、判りやすく言うと女の子どうしの結婚けっこんも認めましょう、って事だな」


「えぇぇぇっ!」


 アタシはビックリした。女の子どうしで結婚って、どう言う事 ? それじゃぁ、赤ちゃんが出来ないじゃん!


「ゆ、優希も「ドーセイコン」を認めるの ?」


 アタシがおそおそたずねると優希は神妙しんみょうな顔つきになった。なんでかな。こんな時の優希はとても大人おとなっぽく見える。


「いや、認めるって言うか。俺にも良く判らないんだ」


 優希が苦笑交くしょうまじりに言う。ふむ。今の優希は「イケメン」でも良いかな。


「って、おい。もうすぐ授業が始まるぞ」


 そう言って優希が小走こばしりになる。アタシも小走りで続く。


「あーあ、なんでアタシらだけ「変な授業」を受けなきゃいけないんだろ。保育園の時の友達に聞いたら、ほかの学校ではやってないのに」


「仕方ないだろ。俺らの学校が県指定けんしていのモデル校になっちまったんだから」


「モデル校って、なんだよ」


 アタシ達のおしゃべりはそこで終わりになった。「変な授業」の始まる時間になったから。







「あー、今日もあのオジサンが言う事。よくわかんなかったなぁ」


 アタシと雪ちゃんと優希の3人はいつも通りに学校からの帰り道を歩いていた。いや今日はいつもとは違う道だ。「変な授業」が終わってからクラスの皆で教室の掃除をして担任の先生から「それでは来週も皆さん元気にお勉強しましょう」って挨拶あいさつがあって今週はおしまい。かえ支度じたくをしていたアタシと優希に雪ちゃんがあゆって来て「2人に真面目まじめなお話があるから、帰りに公園に寄っても良いかな」って言って来たの。その公園は通学路つうがくろの近くにあるちょっと大きな公園なんだ。これまでも帰りの途中で3人で公園でよく遊んでたから、わざわざ言いに来なくても良いのに。でも雪ちゃんの真剣しんけんな顔つきを見たアタシと優希はだまってうなづいたって言うワケ。


 夕焼ゆうやけにはまだ早いけど太陽は西にかたむいている。公園にいてからも雪ちゃんはアタシと優希から離れて1人で太陽を見つめている。アタシは雪ちゃんの事が心配になって来たから、優希にそっと話しかけた。「ねぇ、雪ちゃんのお話ってなんだろ」優希は「シッ」と小声で言って雪ちゃんの方へ目配めくばせする。アタシは雪ちゃんの方へかえった。



 そこには雪ちゃんがアタシと優希を見て立っていた。両手を胸の前で組んでいる。西日にしびを背にした雪ちゃんはかがやいているように見えた。



 雪ちゃんは今にも泣き出しそうなんだけど、それでいて口元くちもとはしっかりと結んでいた。そんな雪ちゃんはいつにも増してキレイだった。やがて、雪ちゃんはゆっくりとくちびるを開いた。



「あの、あのね・・・あたしは男の子になりたいの!」



 







 


つづく

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