第50話 4ー7 太平洋艦隊司令部の思惑

 開戦の判断を下した米国政府首脳の考えと異なり、太平洋艦隊では必ずしも開戦の準備ができていなかった。

 そもそもが、沈められたガトー級潜水艦グロウラー (USS Growler, SS-215)にしても、太平洋艦隊に事前連絡の無いまま、海軍本部からの特命で樺太からふと油田の調査確認に当たらせたものであり、艦長は口頭で言い含められて出撃、危険を承知で日本軍主張の領海内に侵入し、撃沈されたものだった。


 後に、ワシントンに居る友人から秘匿情報を聞かされたハズバンド・キ〇メル大将は二つのことで怒りをあらわにした。

 一つは、グロウラーの艦長以下の乗組員を死地に赴かせたこと。


 今一つは、太平洋艦隊司令部に何の断りもなくワシントンが独断で潜水艦のハワード・W・ギルモア艦長に危険な命令を下したことだった。

 結果論ではあるものの、日本に対する宣戦布告を為すためにグロウラーを生贄いけにえにしたとしか思えない仕打ちなのだ。


 確かに潜入に成功すれば、入手できる情報は大きいだろう。

 しかしながら、くだんの樺太海域では、これまで何度も潜水艦等が領海内侵入を企て、その都度警告を与えられて逃げ戻っているのである。


 今回も同じように警告を与えられながら逃げなかったのは、何としてもやりげろとの命令が有ったはずなのだ。

 艦長のギルモア少佐は寡黙かもくではあるが慎重な男だ。


 賢明な彼が、無茶をする理由がキ〇メル大将には全く思いつかなかった。

 そのくせ、グロウラーが撃沈されたから日本に戦争を仕掛ける?


 そのように仕向けたのはワシントンだろう・・・。

 いずれにしろ太平洋艦隊としては、ろくな説明もなしにいきなり交戦状態に放り込まれたようなものだった。


 取り敢えず動くことはできる。

 だが、実際に本格的な戦争をするとなれば、本来は相応の準備が必要なのだ。


 少なくとも半月はその準備に欲しかった。

 その準備に取り掛かって間もなくフィリピンの窮状きゅうじょうが伝えられ、救援艦隊を差し向けろという命令が来た。


 フィリピンに対する増強支援はそもそもワシントンの仕事だろう。

 如何に近いとはいえ、フィリピンまで5000マイルを超える距離があるのだ。


 18ノットで向かっても12日間ほどかかるのだ。

 救援艦隊と言っても二週間近くもかかれば戦況がどう変わっているか知れたものではない。


 キ〇メル大将は、不承不承ふしょうぶしょうながらも取り敢えず動ける艦の最小数を選び、陸軍とも協力して将兵8千と武器食料を輸送船三隻に積み込んで送り出した。

 輸送船の速力は精々16ノット程度、ハワイからならばフィリピン近海に至るまでには二週間ほどを要する。


 その間に太平洋艦隊の出動準備を整えて、派遣艦隊の後を追わせるつもりだった。

 しかしながら、その二日後にはフィリピンに日本陸軍10万が上陸、更に9月16日にはフィリピン駐留米軍との通信が途絶とぜつ、フィリピンへの補給そのものが困難になったことがわかった。


 最終的にワシントンに上申して、救援艦隊についてはハワイに戻させることとし、補給の後に太平洋艦隊を使っての日本進攻計画を進めることとした。

 最初に狙うべきは、トラック諸島である。


 最近に至って、日本軍はトラック諸島の要塞化を進めており、日本国海軍の主力がここに集結しているという情報があったのだ。

 一方で、千島列島から続くアリューシャン列島方面にも小型空母三隻をようする機動部隊が出現し、ニア諸島を含む米国領の島々を占領しつつあるようだ。


 生憎とアリューシャン列島については、気象海象も良くない場所であり、航空機の運用も艦隊の運用も難しい場所である。

 特に大兵力を展開して運用するには難しい場所であり、精々島を占拠して航空基地を作るぐらいしかないのだが、離島故に補給が難しく、米軍としてもアダック島以西の島についての戦略的な利用価値は無いと考えているのだ。


 仮にそこが占拠されたなら、航空機で爆撃を行って日本軍の東進を止めるだけの話と割り切っていた。

 そもそも軍事的に余り価値がない島々なのだ。


 従って、日本軍にしても陽動作戦に使っているだけで、4隻の大型空母を含む艦隊主力は、アリューシャンには居ないのだ。

 少なくとも大型空母4隻はトラックに残り、軽空母とみられる二隻は本州に居ると承知している。


 従って、狙うならば連合艦隊の大部分が抜けている本土を直接狙うべきであり、その足場としては、東京の南にある小笠原諸島辺りが本来は適している。

 小笠原に航空基地と補給廠ほきゅうしょうができれば、そこを使って日本の首都である東京を空爆できるだろう。


 何しろ小笠原から東京までは千キロほど、戦闘機でも航続距離の長いモノは、東京上空で戦闘して戻ってこられるだろう。

 問題は本土から近すぎて、敵からも爆撃できるということなんだが・・・・。


 ふむ、やはり小笠原よりもサイパン辺りから届く爆撃機が無ければジャップの攻略は難しいか?

 新型の長距離爆撃機が出来ないと難しいかもしれない。


 まぁな、日本本土への上陸は余程のことがねえとやりたかねえな。

 日本人が寄ってたかって抵抗してきそうだ。


 何しろ狭い上に人口密度が高い土地柄だ。

 周囲全部が敵だらけならば、ちょっとしんどいことになる。


 いずれにせよ、現状では、航空機を運ぶのに島伝いの足場が少ないのだ。

 ハワイから、ジョンストン島まで1300キロ、さらにウェーク島まで2500キロ、小笠原までは更に2600キロほどの距離があるのである。


 開発中の四発重爆が完成すれば島伝いに行けるが、B―17以外の航空機では中々難しいだろう。

 B―17は、フェリーでなら4800キロまで行けるからフィリピンまで送れたが、中継基地が無ければ当然に無理だ。


 それにB―17も本来の戦闘行動半径は1200キロ前後なのだ。

 爆弾を持って飛ぶのは難しいだろう。


 小笠原に航空基地を作ってB―17が運用できるのであれば、東京の空襲も可能だと考えているが、側近たちは島伝いに少しずつ占領して行くオレンジプランを勧めて来る。

 まぁ、一歩一歩進める方が安全ではあるな。


 その意味で言うと、トラック諸島に居座る日本軍主力艦隊の存在は、かなり目障りめざわりな存在ではある。

 マーシャル諸島と北マリアナ諸島の両方ににらみを利かせており、グアムについてもその防衛圏内にあるから、米国の駐留軍が居るにもかかわらず、おいそれとはグアムにも近づけないのだ。


 因みに、ウェークからグアムまで2400キロ余り、開戦直後にB―17爆撃機10機を応援のために行かせてみたが、一機たりともグアムには辿たどり着けなかった。

 サイパン辺りから出撃した航空機により迎撃されたものと見ているが、詳細は不明だ。


 B―17は、空飛ぶ要塞とまで言われた防御力の高い爆撃機なのだが、開戦劈頭フィリピンから出撃した50機ものB―17と60機のP―38戦闘機からなる大編隊が全滅させられていることから、台湾にかなり強力な戦闘機部隊が存在するのは承知していたのだが、北マリアナまで当該航空機が進出しているとなれば、グアムの陥落かんらくは防げまい。

 オーストラリアとニュージーランドは、日米戦に対して中立を装ってはいるが、その実米国に対してはかなり協力的であり、情報提供などは進んでしてくれているので大助かりだ。


 トラック諸島の情報も、実はオーストラリア経由の情報がもらえたものである。

 太平洋で戦端を開いているのは日本と米国だけ、残りの各国は様子見であろう。


 米軍有利と見れば勝ち馬に乗ろうとしてくるかもしれないと、参謀本部では見ている様だ。

 まぁ、日本如き、米国だけで何とでもなると思ってはいるが、大西洋側での活動に影響されることも多いので太平洋単独での活動も実のところは難しい。


 大西洋側にある空母や戦艦等を太平洋に回してもらえればもっと楽になるのだが・・・。

 まぁ、無い物ねだりをしてもしょうがないか。


 キ〇メル将軍はオレンジプランの改訂版に署名し、太平洋艦隊の侵攻計画を認めたのだった。


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