第51話 4ー8 太平洋の島々の戦いに向けて

 私は吉崎だ。

 帝国海軍は、開戦劈頭(と言っても宣戦布告から十日目)にウェーク島を占拠して兵力を送り込んだ。


 ウェーク島はトラック諸島まで1300マイル足らずと近いので、場合により空襲もあり得るとしてその足掛かりを潰すための作戦だった。

 史実においては、真珠湾奇襲作戦(1041年12月8日)とそう日を置かず(12月10日)に発動したが、今回は米国からの宣戦布告が先だったので、準備をしている分作戦決行が遅れたことになる。


 ウェーキ島を鎧袖一触で占領しており、その守備勢力としての要撃機である蒼電を配備しているものの、蒼電は米艦隊の侵攻に際しての抑止力としてはさほど高くはない。

 無論、航空攻撃を撃破するだけの能力はあるが、さすがに戦艦を撃滅するまでの能力はないのである。

 

 従って、海軍は単発複座型の新型攻撃機リー201を配備することにした。

 吉崎航空では双発の爆撃機も開発済みではあったが、現段階の戦闘では重爆撃機は不要である。


 仮にこの時点で重爆等により相手の根拠地を潰せば、それだけ米国に対処方法を考えさせることになる。

 現状においては帝国の領域に近づくものを撃退若しくは撃破するだけで構わないのだ。


 こうした防衛重視の考え方は、私が闇魔法で海軍の首脳に押し付けたものである。

 さもなければ血の気の多い若手参謀たちは声高に米国本土爆撃を叫ぶだろう。


 近い将来において、マンハッタン計画を潰す際にはどうしても積極果敢せっきょくかかんにならざるを得ないが、それまでは彼我の被害を極小化することも大事なのである。

 特に、米軍が疲弊ひへいしすぎて欧州戦線に支障を生じてはこれまた後々困ることになる。


 取り敢えず、日独伊三国同盟の成立は避け得たが、ナチスドイツの非道も放置するわけにはいかないだろう。

 米国の原爆開発の進展は間違いないとしても、ドイツも放置すればいずれ原爆を生み出すことになる。


 私としては、現世は核兵器のない世界にしたいと思っている。

 そのために色々と頑張らねばならない。


 ウェーク島の占領は、米国の喉元のどもとに突き付けた匕首あいくちのようなものだ。

 フィリピンとグアムを失った米軍が西進するためには、どうしてもウェ-ク島を奪還だっかんし、順次太平洋の島々を攻め取って行かねばならないはずなのだ。


 まぁ、航空母艦とBー25を使って日本本土空襲などという離れ業もできないわけではないが、前世と異なって、日中間に戦闘は起きていないから、そもそも、日本本土を空襲して中国へ逃げるという荒業の実現が難しいのだ。

 その点、ソ連領からの空襲の方がむしろ可能性は高いだろう。


 尤も、こちらも日ソ双方が互いの戦争に中立状態なので、ソ連がよほどのことが無いと了承しないだろう。

 スターリンとしては、日本軍にこの時点で沿海州を攻められると非常にまずい事態に陥るのである。


 沿海州方面には日本を警戒してかなりの兵力を残してはいるが、日ソ間で戦闘が始まると東西二方面での戦いを強いられることになり、ソ連としては体力的にも耐えられなくなる可能性が高いのである。

 今でさえ、米国等の連合国側からの支援で何とかっているようなものであり、その物資を沿海州方面にも使わねばならないとしたなら、今までの倍の支援物資でも不足する恐れがあるのだ。


 まして大量の兵員を西部戦線につぎ込んでいる今は、兵員数に余裕が無いのである。

 結果として、ソ連の賛同が得られない限り、沿海州からの米軍侵攻は無理である。


 千島方面からの島伝いでの侵攻はあり得るが、天候不順な海域であるために、戦況が予測できず無理押しが効かない地域なのだ。

 米国は、往々にして成算のある冒険はするものの、本来は余り無理をしない国でもある。


 従って、米軍が攻めて来るならば、南方からだろうという確信は私にはあるのだ。

 そのためにウェーク島の戦力強化は欠かせない。


 海軍の大砲屋が望む艦隊決戦をするには、客観的に見て帝国側の準備が不足している。

 そもそもそんなことは起こるはずもないのだが・・・。


 無論新たに結成した機動部隊を主戦力に使うなら話は別なのだが、実はこちらの方も色々と理由をつけて正面兵力としては使わせないように裏工作をしているんだ。

 新型空母「若狭」の率いる機動部隊だけでも現状の太平洋艦隊は壊滅できるだけの能力は持っているだろう。


 一方で新型の機動部隊を除く既存部隊を中心としての連合艦隊主力は、今現在はトラック諸島にあって、トラックの要塞化を図っているところである。

 前世の海軍ならば南方島嶼とうしょ群を次々に攻めて占領していたかもしれない。


 だが現世では、ロジスティックの重要性を十分に承知している将官が多いのだ。

 ここ数年程の間に、私があちらこちらと駆けずり回って、色々な人物に講釈を垂れてきた成果が少しずつ現れてきたかもしれないな。


 島嶼群の維持には、金も船も人材も要るのである。

 軍隊が占領したら後は放置してよいというものではない。


 そこに住む者の生活の安定を図るには、政治的な配慮が必要だし、何より物資補給が不可欠なのである。

 それなしに統治はあり得ず、まして他国と戦争をしながら安全に物資補給ができる地域など非常に限られるのである。


 点と線での補給路ではなく、領域としての面から面への補給路が無ければ、戦争継続はできないのである。

 点と線でだけの補給で、その線が切られれば、突出した点は切り捨てられてしまう。


 制海権とか制空権とかは、そもそも領域としての「圏」で考えるべき代物なのである。

 そのために優秀な武器と物量が絶対的に必要なのだ。


 私が関わる今世において、帝国が米国と織りなす戦争は、どちらかと言えば守りの戦争であって、相手の領域を攻め取る戦争ではないと思っている。

 帝国には、それだけの将兵の数も足りていないし、生産力も工業力も追いついてはいないからだ。


 吉崎グループが何とか立ち行くように頑張ってはいるけれど、万が一ウチが倒れたら帝国もすぐに没落するだろう。

 開戦劈頭でフィリピンの陥落とグアムの陥落、更にウェーク島の陥落が米国に与えた衝撃は非常に大きかったと思う。


 負けるはずのない戦いと思って宣戦布告を為したのに、いきなり複数の足掛かりを潰されてしまったのだ。

 従って、ウェーク島を奪還するための勢力は太平洋艦隊の八割程度をつぎ込んでくるに違いない。


 今の段階でその艦隊を潰すのはさほど難しくは無いだろう。

 接近してくる艦隊は、飛行船型無人偵察機と早期警戒機で十分把握できる。


 事前に飛んでくるであろう偵察機は一定範囲以内に入ればすべて撃墜できる。

 同様に海上においては、海中から偵察行動に出てくる米国潜水艦もウチの新型潜水艦をウェーク島に配備して、これを阻止、撃沈させる。


 要は相手に情報を渡さないことだ。

 そうすれば、彼らは焦って無理を承知で力づくで攻めて来ざるを得なくなる。


 ろくな情報も得られずに無暗に攻めてくればどうなるか。

 こちらは、相手が未だ戦闘可能域に達していない段階で、リー201型攻撃機を使って超空から特殊なメガネ爆弾を投下させればいい。


 新型500キロ爆弾の一発で、正規空母も戦艦も十分に撃沈可能だと思っている。

 そうしてリー201は、1機で二発の新型五十番を搭載できるのだ。


 太平洋艦隊が何隻いようとも、36機のリー201と新型爆弾があれば、一度に72隻まで殲滅せんめつは可能だ。

 ただ、そこまでやるかどうかだな。


 新型五十番の眼鏡爆弾は破壊力が凄まじい。

 正規空母にしろ、大型戦艦にしろ、艦内で爆発すれば大半の乗員は負傷するか動けなくなるだろう。


 その上で短時間で轟沈したならば、乗員の大半がそのまま海の藻屑もくずと消え去ることになる。

 相手が戦闘員だからと言って、無暗むやみに殺して良いわけではない。


 然しながら、戦争とは究極的には将兵の殺し合いなのだ。

 お互いに死ぬまで戦わずに、ある程度の段階でレフリーストップのような仕組みが発動すればよいのだけれど、国家間の戦ではそんなものは無い。


 お互いに負けを認めるまで殺し合うのが唯一の戦いのルールなのだ。

 まぁ、やむを得ないでしょうな。


 色々と不憫ふびんではあるが、攻略部隊で攻め込んでくる空母、戦艦、巡洋艦は全部沈めることにしよう。

 駆逐艦は成り行き次第だが、取り敢えず全部で36隻程度も沈めれば攻略艦隊は引き上げざるを得ないだろう。


 もしそれでも突っ込んでくるなら、航空機も艦船もすべてを根絶やしに撃滅するしかない。

 その上で米国の出方を見ることになる。


 この時期、まだVT信管はできてはいないはずだが、超空まで到達できるVT信管が存在するかどうかが、今後の問題だな。

 リー201も大口径砲の直撃を受けなければ、戻っては来れるだろうけれど、無傷とは行かないかもしれない。


 その場合は、予定より早いが、遠距離から発射できる誘導弾を生み出すしかなくなるな。

 少なくとも音速を超える誘導弾で100キロ以上離れたところから発射することになるだろう。


 ただ、できれば出し惜しみをしたいところなんだ。

 新たな兵器が出現すれば、相手も対抗策を考えるし、同じような兵器の開発に邁進まいしんすることになる。


 そのことが将来の平和にとっては一番怖いのだ。

 太平洋艦隊の主力を叩き潰し、米軍が迂闊うかつに動けなくなったところで、適切な時期にマンハッタン計画の壊滅を図る。


 マンハッタン計画が直接攻撃で潰されても、米国が講和に応じようとしないなら、米国本土の軍事拠点た軍需工場の爆撃も止むを得まいと考えているが、想定される被害が大きくなりすぎるからできればしたくはないな。

 マンハッタン計画の要所を破壊した上で、米国西部、中西部、東部、ついでに五大湖周辺の工業地帯にまで大量のビラを撒けば米国の世論が黙ってはいないだろう。


 私は別に米国の無条件降伏を望んでいるわけじゃない。

 不毛な戦争を早く終わらせたいだけだ。


 今のところ、ウェーク島の滑走路の拡張工事は進めていない。

 然しながら、米本土爆撃を実行するならば、少なくともウェーク島は出撃基地の一つになるからその時点では、滑走路を拡幅し、燃料タンクも建造しなければならないだろう。


 そのためには、仮整備中の港湾をより基地化すべく整備しなおす必要があるのだろうな。

 同じことは、アリューシャン列島においても考慮しなければならない。


 天候不順で使いにくいとは言っても米国に最も近い島々であることは確かなのだ。

 アッツ島、キスカ島、いずれでも構わないし、場合により幌筵ホロムシル島からでも出撃は可能なのだ。


 幌筵島は、ソ連に近すぎる嫌いがあるけれどね。

 いずれの基地(?)港湾(?)整備を行うにしても、ウチの建設部隊をうまく動かさないといけないだろうな。


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 7月2日、「とある宙軍将校のとんでも戦記」の投稿を開始しました。

 一応、「カドカワBOOKSファンタジー長編コンテスト」への応募作品として投稿しました。

 毎日投稿を予定していますので、ご一読いただいて応援をいただければ幸いです。


 By @Sakura-shougen


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