第三章 新たなる展開
第19話 3-1 海軍航空本部長の思惑
ー 吉崎視点 ー
1939年(昭和14年)の秋、世界情勢は混迷としている。
依田隆弘の知っている時間線の歴史の一部が多少変化したものの、大勢は概ね追従しているようにも見える
このまま放置していれば、再来年の年末には真珠湾の奇襲作戦を敢行することになる可能性もあるのだろう。
しかしながら、仮に海軍が真珠湾奇襲攻撃をかけてハワイの太平洋艦隊を壊滅させたとしても、米国は引っ込まないだろう。
依田隆弘の知っている時間線では、開戦初頭で相手にやる気をなくさせるという魂胆は逆目に出て、実際には「Remember the Pearl Harbor」という標語ができて米国民の戦意を高めただけに終わった。
元々米国は、その生産力から戦力に絶対の自信を持っている。
恐らくは百万単位の将兵が失われるか、本土(しかも東海岸)が攻撃されない限り、講和に引きずり出すのは無理だろう。
だから海軍さんにはできるだけ自重してほしいのだが・・・。
現状で対米交渉はかなり難航している様だ。
中国問題は取り敢えず日中講和が為され陸軍が山海関以北に撤退を始めたことで、一応の終結を迎えたのだが、米国は帝国国内における自動車問題を盾に日米通商条約の破棄を突き付けて来たのだ。
或いは中国問題が片付けば矛先が多少鈍るかなと思っていたんだが、やはりロズベルトの汎アメリカン思想は強烈なようだ。
特に、米政府が資金を拠出して公共工事を連発し、国民の所得を無理やり引き上げようとする政策は、この時点で限界間近に来ていたのである。
残りの方策は戦争によって兵器を大量に必要とする状況を生み出すしか無いところまでロズベルト大統領は追い込まれていたと言っても過言では無いかもしれないぐらいだ。
もう一度世界不況が起きれば米国経済は破綻することになりかねないから、それを防ぐためにも、何とかモンロー主義から脱却して欧州の混乱に乗じて、自分は傷つかずに旨味だけを吸い取ろうとしているのだ。
帝国は、依田の時間線と異なって、三国同盟には参加していない。
日独防共協定には入っているが、三国同盟に加担すると下手をすればドイツに引きずられる恐れがあった。
このために私が裏工作で親独派の軍人等に色々闇魔法で吹き込んでやったので、三国同盟の回避には何とか成功したのだった。
にもかかわらず、ロズベルトが日本と戦端を開きたがる理由が正直なところ良くわからないでいる。
依田の時間線では、ハワイ奇襲攻撃に伴う日米開戦で、日本と三国同盟を締結しているドイツとも半自動的に戦争状態に入ったわけだ。
今回の場合、日独防共協定は対ソ連を対象にした条約であって、三国同盟ではないのだから、日米間で戦争が起きようと欧州戦線とは無関係な筈なんだが・・・。
あるいは、ロズベルトとしては、日本との関係で一線を越えれば、自らの公約にも反せず(少なくとも自らは戦争を起こしていないというスタンス)、太平洋を挟んだ戦争によりモンロー主義自体が意味を為さなくなるので、それと同時に欧州参戦も可能と考えているのかもしれない。
そもそも体裁だけは独立を認める素振りを見せながら、フィリピン自体を植民地化しようとする気配も従来からあるし、信託統治領も結構あるので、南北アメリカ大陸以外には口を出さないというモンロー主義は、事実上破綻しているのだけれどね。
現状では日本から戦端を開かせるために、敢えて日本を締め上げる目的で外交交渉をしているとしか見られない状況だ。
生憎と米国にまで虫型ゴーレムのスパイカメラは置いていないし、遠すぎて流石に操作できないから、正直なところ米国中枢の動向がよくわからないんだよね。
前世で知り合った大魔導士のゴルベンあたりならば、こんな時「透視」とか「遠視」の魔法で見えちゃうんだろうけれど、私にはその能力がない。
まぁ、私のできる範囲で戦争回避に向けて努力はしよう。
戦争になった時の防空面については、取り敢えずここ二、三年分は大丈夫だと思っているんだが、仮に真珠湾攻撃が行われた場合、戦闘機としての「蒼電改」の参加は多くても150機ぐらい?
少なければ100機未満だろうか?
一航戦と二航戦ぐらいなら蒼電の運用も可能だろうが、五航戦(翔鶴と瑞鶴)ではパイロットの練度が果たして間に合うかどうか微妙だろうな。
最悪「蒼電改」ではなく三菱の「旋風」ならば間違いなく扱えるだろうが、それで出撃すれば「旋風」の場合は未帰還機が必ず出るだろうな。
ベテランであろうがなかろうがパイロットの損失はできるだけ避けてほしいものだ。
その為には参加機体を「蒼電改」だけに本当は限定して欲しいのだが・・・。
仮にそうなれば99%の帰還は保証できると思う。
いずれにしろ、新型機のパイロットの訓練が果たして開戦に間に合うのか?
そんな中、1939年(昭和14年)晩秋になって、海軍航空本部から私にお声がかかった。
現航空本部長は
彼は、山元磯六中将が海軍次官併任で航空本部長に就いていた後に、航空本部長になった人だ。
この時期のお呼び出しは何のためかな?
単なる顔合わせぐらいなら構わないけれど、政治向きや軍事向きの話はできれば勘弁してもらいたい。
色々知っている情報もあるけれど、現時点では披露できない知識もあるからね。
◆◇◆◇◆◇
1939年(昭和14年)11月10日、吉崎航空機製作所の代表取締役である吉崎が海軍省を訪れた。
吉崎を招いたのは、航空本部長に就任して一年になる豊世田貞次郎中将だったが、用意された会議室には、艦政本部長の
吉崎も、豊世田貞次郎航空本部長については、先年就任した際に直接お会いしてお祝いを申し上げたから良く知っているのだが、他の面々は顔写真で知ってはいても、ほとんどが初対面の人ばかりである。
うーん、これは単なるご挨拶だけではなさそうだ。
ひとしきり大勢の将官たちとも挨拶を交わすことになった。
まぁ、顔は私の秘密名簿で覚えているのだが、どこで会ったかということを覚えておかねばならないのが面倒だ。
帰ってから、またまた、名簿に添え書きを書き加えねばなるまいな。
そうして、全員が着席したのを確認してから、航空本部長さん(航空本部長、艦政本部長共に豊世田なので紛らわしいから職名で記す。)が何を考えているのかわからないような笑みを
「さてさて、本日は、吉崎航空機製作所の社長さんにわざわざお出ましいただき、本当にありがとうございます。
実は、艦政本部長の同席だけのつもりで居ったのですが、生憎と私の部下と艦政本部長の部下も出張って来ましてな。
やむを得ないので一緒に入れました。
吉崎さん、艦政本部長は別としても、どうかこ奴らを余り気にせんでください。
どっちかというと押しかけ女房のようなもんです
世話好き、おせっかい好きなだけですから。
実は、本日の用件は、今後の航空機開発のお話と相まって、航空母艦の話についてもぜひご意見を伺いたいのですわ。
航空機の話だけならば、艦政本部は不要なのですが、航空母艦が絡んでくると流石に艦政本部抜きではままなりません。
ということで実は艦政本部の次長に話を持ちかけたら、その上の本部長が出て来られましてな。
正直私も戸惑っているところです。
まぁ、それはともかく本題に入りましょう。
最初に、今般十二試艦船の完成機として採用されることになった吉崎航空機製作所の蒼電改は非常に優れた艦上戦闘機です。
しかも装備品も素晴らしいものが用意されておる。
海軍で研究されてはいても、未だ実証試験すらもなされていなかった電探が小型化実用化されて、搭載されているのには心底驚かされました。
おまけに電探と連動する敵味方識別装置なるもので、近接空域に接近する航空機を識別することができるようですな。
未だ予算の関係で本格導入はされていないが、来期には間違いなく基地用設備並びに空母用設備等を購入しますので、どうかそちらでも準備方お願いします。
それと・・・。
航空機は、風に影響されますので大まかな方位だけでは母艦に帰還するのも難しい。
しかしながら、電探と統合した識別装置があれば母艦若しくは基地の方位が判るというのは実に画期的な装置です。
しかもこの識別装置は、通常の電波探知機にはひっからないと聞いておりますから、戦闘時においても実に有効な装置と思えます。
当然のことながらこれは軍機としなければなりませんが、その点は宜しいでしょうか?」
「当社では、我が社で製造しているもの全てが極秘事項となっており、そのままで社外に漏れることはありません。
海軍さんにおかれましてもそのように配慮していただければ非常にありがたく存じます。
今後、我が社で開発している航空機で、民間に販売するような機体がある場合には、その都度軍ともその性能等について協議をさせていただきます。」
「フム、仮に、飽くまで仮にですが、「蒼電改」や「蒼電」が戦闘中に墜落して敵方の手に渡った時には、敵方の手で複製品を作ることは可能でしょうか?」
「わが社に備えてある機器若しくは製造部品なしに「蒼電改」や「蒼電」を複製することは非常に難しいと存じます。
総合的な同等品を独力で造るにはおそらく五年単位の時間を必要とするでしょう。
従って、この技術的優勢は少なくとも今後五年は間違いなく保証できると存じます。」
「なるほど、今のところ納入してもらうのは蒼電と蒼電改、それに99式複座高速練習機ですが、練習機を除き、二機種とも戦闘機と言う
しかしながら、できれば艦船攻撃のために魚雷を搭載できる航空機を新たに開発してもらいたいと考えておるのですが、それは可能でしょうか。
また、その雷撃機は空母に搭載できましょうか?」
「航空魚雷の詳細については未だ公表されてはいないようですのでここでは省きます。
私も、応召時に駆逐艦に乗っていましたので知っておりますが、通常の魚雷であれば、全長で7m越え、ものによって9mもありましたな。
重量も1.5トン超と非常に大きいものです。
破壊力もそれなりでございましょうが、航空機にそのまま搭載するには重すぎて航空機本来の性能劣化を
特に速度と機動性を失っては、接近時に防空兵器で撃墜される可能性もございましょう。
ですから、まずは軽量化した航空魚雷を製造することが肝要かと存じます。
海軍さんのことですから既に開発中か或いは既に開発されておられるやもしれませんが・・・。
老婆心ながら申し上げるなれば、魚雷はどうしても一定の高度を取って海面に落とすことになりますので、衝撃に耐えることと同時にあまり深く潜らない形状が必要になります。
港湾で停泊している場合、10m程度の水深ですと投下された魚雷が海底に当たって爆発し、若しくは壊れる恐れもございます。
そうした工夫を為した航空魚雷ならば搭載できる航空機も作れると思います。」
「例えば、蒼電改にそのような雷撃機能を設けることは可能ですか?」
「例えば、航空魚雷を600キロ程度の重量に収められるならば、蒼電改に搭載するための改造は簡単ですが、その場合、爆撃手が必要なので原型となるのは劣化版の練習機になるでしょう。
攻撃専門の航空機として必要であれば、爆装、雷装いずれも可能な複座型攻撃機を新たに開発した方がよろしいかもしれません。
その場合は、概ね1トンまでの爆弾若しくは魚雷が装備できると思いますし、大型空母ならば搭載も可能になるでしょう。
鳳翔などの小型空母の場合は、離陸距離が不足する恐れがありますので、カタパルトを装備しなければ運用上はかなり難しいと思われますので、小型空母には現状の雷撃機や爆撃機を使われた方が宜しいのではないかと存じます。」
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