第12話 依頼とエルフ

 翌日から水瀬さんに謝罪する機会をうかがっていた俺だったが、思いのほか二人きりになれるチャンスがない。


 放課後に図書館へ行こうとすると先生から用事を頼まれたり、クラスメイトに呼び止められたり、部活の先輩に捕まったり、そうこうしている間に部活がはじまってしまう。

 それならば部活動が終わった後だと意気込むも部活が長引いたり、先輩の恋愛相談に乗ったり、顧問の長話に付き合わされたりとチャンスを逃してしまう。


 それから何の成果もなく日々が過ぎていった。


 元々、水瀬さんとは隣の席同士というだけで特に接点はない。けれど、この頃はさらに距離を置かれるようななった気がする。

 挨拶はおろか視線すら合わしてくれない。俺は完全に嫌われてしまったのかもしれない。


 そんなある日、今日こそはと図書館に向かって廊下を歩いているときだった。


「瀬戸くん」


 呼び止められて振り返るとそこにはクラスのアイドルであり、黒髪の乙女こと遠野うららが立っていた。


「遠野さん?」


 少し驚いた。だって彼女と話すのは何気にこれが初めてだったから。なぜなら俺は窓際の席で、彼女は廊下側。席が離れているせいもあって挨拶すらまともに交わしたことがない。

 なにより彼女は俺のクラスではアイドル的な存在で、おいそれと近づき難いオーラがある。そんな彼女が俺に声を掛けてきたのには、一体どんな理由があるのだろう。


「ちょっといい? 話したいことがあるの」


 警戒する俺に彼女は、さらに警戒するようなことを言ってきた。


「え?」

「付いて来て」


 戸惑う俺をよそに彼女は踵を返して歩き出した。


 これは一体どういうことなんだ?

 

 彼女の後を付いて俺がやってきた場所は校舎の屋上だった。先日、ユートに教えてもらった方法で彼女は屋上へと至るドアを開錠する。

 夕焼けに染まる屋上で俺と遠野さんは向かい合う。


「この前の美術の時間のことなんだけど」

「うん?」

「水瀬さんを描こうとしていたよね」


 そう彼女は言った。


「う、うん……。それがどうかしたの?」

「よかったら私を描いてくれない?」

「えっと……、それはどうして?」


「他人の目に私がどう映っているのか知りたいから」

「……そうだけ?」

「そう、それだけ」


 静かに俺を見据える彼女は長い黒髪をすくい上げて耳にかけた。そんな他愛もない仕草でさえ絵になる。


「でも俺、正直言って絵は得意じゃないよ。上手く描けるかどうか……」


「別にいいの、瀬戸くんに私がどう見えているか知りたいだけだから。……いや?」


「嫌じゃないけど改まって依頼されると、描いた絵を見せるのちょっと恥ずかしいかなって」


「じゃあお互いを描き合うってことでどうかしら?」


「遠野さんが俺を描くの?」

「そうよ」

「……うーん、分かった、いいよ。いつにする?」


「瀬戸くんの都合に合わせたいけど私も放課後と土曜日は用事があるの。日曜日はどう? 場所は学校の美術室、許可は取っておくから」


「分かった。次の日曜日の午後なら大丈夫だよ」


「じゃあ午後二時に美術室で待ってる」

「うん」


「それから今のことはみんなには内緒で」

「了解」


 用事を終わらせると遠野さんは、さっさと踵を返して戻っていった。

 ひとり残された俺は、ひぐらしの鳴き声に耳を澄ませながら校庭を見下ろす。


『他人の目に私がどう映っているのか知りたい』と彼女は言っていたけど、一体どういう意味なんだろう。それに絵を描くのが俺じゃなきゃいけない理由なんてあるのかな?


 よく分からないけど、当日聞いてみればいいか……。

 

 遠野さんって取っ付きにくい感じだったけど案外面白い子なんだな。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る