第11話 懺悔とエルフ
俺の前を750ccのカートに乗ったゴリラが爆走している。
『射精がどうしたって?』
華麗なドリフトを決めながらジェニファーが言った。俺たちは今、レースゲームで対戦中だ。そして今日も彼女の堕天使っぷりは絶好調だ。堕天使というか最近はただの卑猥なオヤジ化しつつある気がする。
「言うと思ったよ。写す生きるで〝写生〟ね」
俺が操るタートルが前を行くゴリラを追いかけるもどんどん離されていく。
『ほう? イントネーションだけじゃ判断できねーのに、まるで卑猥な漢字に変換したような言い方じゃねーか』
「何年の付き合いだと思ってんだよ?」と言ってルーレットで出てきた爆弾をゴリラに投げつける。
ふふん、というどこか威張った吐息がヘッドホンを介して聞こえてきた。バナナを食べた彼女のカートが加速する。ついでに投げ捨てらたバナナの皮が空から降って来た。
『で、射精しようとしたけど失敗したんだったか』
まだニュアンスが違う気がするけど、ツッコムとエンドレスで続きそうなので俺は話を進める。
「ああ、やっぱり本人が嫌がってるのに無理やり続けるのはよくない」
『やれやれ、くそ童貞。だからお前はくそ童貞なんだ。嫌よ嫌よも好きのうちという有名な俳句を知らんとは……。いま私がどんなジェスチャーしているか分かるか?』
「え? 肩をすくめている?」
『ブッブー、正解は頭を抱えているでした』
「嘘つけ、頭を抱えてたら減速するはずなのにアクセル全開で踏んでるじゃん」
『そのとおり、確かに私はアクセルを〝踏んで〟いる。もうベタ踏みだ』
「なに!? ま、まさかのハンドルコントローラー!?」
『くくくっ、怖いか? 戦慄しろ』
「くそ……、このブルジョア貴族め。それで頭を抱えた理由は? そこまで悪いことしちゃったのか、俺」
『ちげーよ、攻めすぎだっつーの。……まあ、いい。病院には行ったのか?』
「いや、行ってないけど」
『なんで?』
「放課後は部活があるし、なにより俺は自分がおかしいとは思えない」
『おかしいヤツはみんなそう言うけどな』
「ジェニファー……」
『……なに?』
「仮に俺の見ている彼女の姿がまやかしだったとして、水瀬さんがエルフじゃなくて普通の人間だったとしたら、俺の彼女への評価や態度は変わってしまうのかな……」
『そうかもなー。人間ってヤツはげんきんだから』
「容姿は彼女を構成するひとつの要素でしかないことは分かっている。でも不安なんだ。もしも彼女の本当の姿が今とかけ離れていて、自分の態度が変わってしまうのだとしたら……俺は」
『だとしたら?』
「俺は人を外見でしか見れないルッキズムの権化だ」
教会で罪を懺悔をしているような気分だった。
俺なりに悩んで打ち明けた相談だったけど、俺たちの間に訪れた沈黙は僅かしか続かなかった。
ジェニファーは『バカかおめぇ』と吐き捨てる。
『いいんだよ別に、んなことで悩むな。きれいな花を見ればきれいだと思うし、赤ん坊を見ればかわいいと思う。ゲームキャラがイケメンなら課金したくなるし、エッチなサキュバスのイラストにボッキする。ぜんぶ自然なことだ、なぜその気持ちに抗う必要がある? 罪悪感を抱く必要がある? 悩む必要がある? 世の中ってのは単純なんだぜ? 世間がなんて言おうときれいならきれい、好きなら好きでいいじゃねぇか。おめぇは今のエルフちゃんにイカれてんだろ? それはそれ、これはこれ。もしも今見えているエルフちゃんの姿が仮の姿で、エルフちゃんの真の姿が違ったとしても、見たまんま評価すればいい。だれもお前の意思を束縛することなんてできねーんだしゃらくせぇ』
「ジェニファー……」
『あん?』
「俺はキミと友達で良かったよ。キミは最高だ、可愛いし知的でユーモアに溢れている」
『はっ、褒めてもなんにも出ねーぞ』
「別になにもいらないよ。本心を言っただけ」
『とにかく、その調子だ。うじうじしてないで、がんばれクソ雑魚。ダメだったら私がなじってやるよ』
「それもいいかもね」と言うと彼女は『バーカ』と言ってブレーキを掛けた。俺のタートルは急停止したゴリラとクラッシュしてコース外へと跳ね飛ばされたのだった。
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