第17話 先輩とエルフ
「おはよう、水瀬さん」
翌日、登校した俺はいつものように隣の席のエルフに声を掛けた。
「…………おはよう」
本当に聞こえるか聞こえないくらいの小さな声だ。ワードのフォントサイズだと8ポイントくらいしかない。
こっちも見てくれないし、彼女はまだ怒っているのだろうか。
しかし俺の誠意は伝わったはず――。
と、信じていたのだけどそれから水瀬さんとの関係に進展はなく、テスト期間に突入して何事もなく最終日を迎えて最後の古文のテストが終わった。
終了のチャイムと同時に、眼に見えるくらいクラスから張り詰めていた緊張感が緩んでいく。
答案用紙を回収して先生が教室を出て行くと、悲喜交々の溜め息が溢れた。
「みんな聞けー、はい、ちゅうもーく」
そんな中で一番に席を立ち上がったユートが声を上げて、教壇に立った彼は切り取ったノートを黒板に貼り付けた。
「次の日曜日、セトハルの歓迎会やるぞー。来るヤツはこれに名前書いとけなー。金曜日に締め切るぞー」
うえーい、と声を上げたクラスメイトたちは、ユートが黒板に張り付けた紙の前に集まっていく。
「遠野さんは来てくれるの?」
俺は隣の席の遠野さんに声を掛けた。
現在、俺の隣にいるのは水瀬さんではなく遠野さんである。なぜかというとテスト期間中は出席番号と同じ、五十音順の席に移動していたからだ。
「ごめんなさい、その日は撮影が入ってて」
遠野さんは一ミリも申し訳なくなさそうに言った。透明感のある瞳に俺の顔が映り込む。
「撮影? マジで? ドラマ?」
「違うよ、グラビア」
「すっげぇーッ、超見たい!」
興奮する俺を落ち着かせるように彼女は人差し指を唇に当てて、「……えっち」と呟いた。
「まあ、否定はしないよ」
そう素直な気持ちを述べると、彼女はぷっと吹き出してクスリと笑う。
「いいよ、データもらったら送ってあげる。後で連絡先教えて」
「ありがとう、スマホの待ち受けにするよ」
「それはやめて」
俺が肩をすくめたところで会話終了。遠野さんは、「またね」と言って本来の自分の席へと戻っていった。
さて、俺も自席に戻るか。そういえばここ数日、水瀬さんとまったく会話できてないなぁ。テスト期間中は席が離れているから仕方ないけど、そうでなくても避けられている気がする。日曜の歓迎会に来てくれるか聞いてみようかな。
なんてことを考えながら、チラリと水瀬さんの席の方を見たら彼女と眼が合った。直後、パッと目を背けられてしまう。
う、うーん。やっぱり避けられているのか……。
「水瀬、ちょっといいか」
廊下から水瀬さんを呼んだのは背の高い三年生だった。左耳にピアスを付けたその上級生にクラスの視線が集まる。
な、なんだあの高身長イケメン……。あんなチャラそうな男が水瀬さんの知り合いなのか??
「あ、はい」
教室から出ていった彼女は、廊下で三年生となにやら親しげに話している。ここからでは内容までは聞こえない。ときおり彼女の横顔が笑顔になる。警戒している様子はない。
俺とはあんな風にしゃべってくれたことはない。あんな表情をしてくれたこともない。
胸の奥からもやっとした感情が湧き上がってきた。
「……」
「セトハル、あいつには気を付けた方がいいぞ」
廊下を見つめる俺の肩をユートが叩く。
「どういう意味?」
「あの人は三年の香椎先輩だ。バスケ部のエースで部活を引退してからは文芸部に入ったらしい。もしかしたら水瀬さんに目を付けたのかもしれない」
「え、でも……」
彼女はみんなから地味だって評価だったはず。
「香椎先輩には文系ハンターって異名があるんだ」
「文系ハンター?」
「ああ、文系の女子ばっかり狙ってやりまくってるって噂だ」
「ほ、本当か? な、なんで文系?」
「さあ? 従順そうだからじゃね? 自分の命令どおり女の子が動いてくれるのが好きなんだろうよ。そんなことよりお前、水瀬さんのこと狙ってるんだろ? 夏休みに入る前に距離を近づけないと、あいつに水瀬さん持ってかれるぞ」
「ま、まさか……」
「見てみろあの水瀬さんを、もう女の顔になってるじゃねーか」
そう言われると、そんな気がしてしまう。
そんな……嘘だろ、水瀬さん……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます