第16話 告白とエルフ
美術室の鍵を職員室に返却した後、俺と遠野さんは昇降口で別れた。
駐輪場まで走っていた。自転車に跨ってペダルを踏む。胸の奥にあった
もう迷いはない。
思わず立ち上がって叫んでしまいそうになった俺に幸運が訪れる。
後ろ姿だけでも一目で分かる。夕陽に染まり始めた並木道を歩いているセーラー服の少女は、水瀬さんだ。
なぜ彼女が日曜日の学校に? 文芸部の活動があったのか?
そう考えるよりも早く俺はバス停に向かう彼女の背中を追いかけていた。
「水瀬さん!」
バス停の近くまで来て自転車を降りた俺は、後ろから彼女に声を掛ける。
びくりと肩を小さく跳ね上げて、振り返った彼女は俺と目を合わせてくれない。
「この前のことは、その……ごめんなさい。ちゃんと謝りたいと思っていたんだ」
頭を下げる俺に彼女は、「どうして……わたしなんかを描こうとしたの?」と怯えるように声を震わせる。
「それは……、その……」
キミがエルフだということを証明するためだとはさすがに言えない。
でも、適当な嘘をつくことはできない。それは彼女に対する裏切りだ。俺は彼女に対して真摯でいたい。
応えあぐねる俺に彼女は、「……わたしなんか、地味だし……、描いても面白くないよ」と眉を八の字にして微苦笑を浮かべた。
――わたし、なんか……。
ずきん、と胸が痛んだ。彼女自身の認識がそうであったとしても、やっぱりそれだけは認められない。
だって俺にとっては唯一無二の存在なのだから。
「キミの眼にも、自分自身がそう見えているんだね」
「え?」
俺は一歩足を踏み出して前に出る。力を込めて両の拳をぎゅっと握りしめた。
誰がどう見えているかなんて関係ない。俺は俺だ。そして君は君なんだ。いま、ここで、この瞬間に、俺が視ているキミこそが真実なんだ。
「俺の眼にキミがどう映っているのか教えてあげるよ」
ひぐらしが鳴いていた。
「キミはきれいだよ、水瀬さん」
水瀬さんの顔が夕陽色に染まる。
「俺が今まで出会った誰よりも、見てきた何よりもきれいだ。たとえどれだけ遠くにいようと、たとえ人混みに紛れていようと、俺は一目でキミを見つけることができる。それくらいキミはきれいだ」
俺は夕焼け空を指差す。
「あれが見える?」
彼女はどこか上の空で、俺の指が示す先を翡翠色の瞳で追った。
「あそこに〝こと座〟のベガが輝いている。今はまだ明るくて誰にも見えないけど、俺にははっきりと見えるんだ。それくらいキミは俺にとって特別な存在なんだよ」
彼女の顔がさらに夕日に染まったそのとき、ちょうど市営バスがやってきた。
「それじゃあ、また明日」
俺は自転車に跨り走り出した。立ち漕ぎで疾走する。
ああ、自分の気持ちに素直になるってなんて爽快な気分なんだ!
◇◇◇
『な、なんじゃそりゃ……』
眼の前を走っていたマッチョなアバターが立ち止まる。見事な棒立ちだ。
今回の経緯を話し終わった後の彼女の一言がそれだった。どういう理由か、ジェニファーは今まで聞いたことのない度肝を抜かれた声を上げた。
「え? なにか変だった?」
『なにかって……。どうすんだよ、後の始末は……』
「後の始末って?」
『おお、マイガぁー……』
「一体なんだよ?」
『……いや、もういい。もうお前のことなんて知ったことか。お前なんか罵る価値もねぇ。なにより真面目に話してる私がヌケサクみてぇだ……。それより朗報だ、実は夏休みに日本へ旅行することになってな』
「おーッ! 日本に来るの?」
『嫌なのか?』
「全然嫌じゃないよ、嬉しい。いつ来るの?」
『八月の中旬くらいになりそうだ』
「たぶんめちゃ暑いと思うよ」
『そんときはキモい話で涼しくしてくれよな』
「あのさジェニファー、肝試しのキモはキモイのキモじゃないから……」
『しゃ、しゃらくせーんだよ!』
逃げるようにマッチョのアバターが走り出した。
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