第15話 真理とエルフ

 互いの顔を描きはじめてから一時間が経過した。


「できた?」

「まだ半分くらい。遠野さんは?」

「できたよ」

「え、もう? 見てもいい?」

「うん」


 書きかけのスケッチブックを閉じて彼女からスケッチブックを受け取る。


「……おう」


 思わず唸った。

 そこには劇画調で俺の顔が描かれていた。もみあげスナイパーの漫画や剣客が主人公の漫画や世紀末の漫画に出てきそうなタッチである。


「……イカついな。でも、うまいよ!! 俺と話しながらこのクオリティー!? 遠野さん、漫画家を目指した方がいいよ」


「そう? 考えておく」


 ――さらに一時間、遠野さんは微動だにせずモデルに徹している。さすがに申し訳なってきたので、こだわるのは諦めて細かい部分は端折ることにした。


「で、できたー!」

「見せて」


 すっと迷いなく手を差し出されると反射的に躊躇してしまう。


「……遠野さんの見た後だから、ちょっと嫌だなぁ」

「いいから」

「はい……」


 彼女は俺の描いた絵をじっと見つめている。特にリアクションもなく表情を変えずに首をかしげた。


「ふぅん、瀬戸くんから見たらこう見えるんだ、私って」


 なんとも言えない感想だ。実物にできるだけ寄せて美人に描いたつもりなんだけど、元々の画力が足りないから彼女の魅力を十分に表現できていない。


 くっ……、こんなんじゃ水瀬さんを描いても安っぽいエルフになっていたところだった。エルフの少女が題材となれば巨匠ディエゴ・ベラスケス並みの画力が必要だったのだ。


「どうしたの? 大丈夫?」


 頭を抱えて猛反省する俺に彼女は言った。


「あ、えっと……、そういえばどうして自分の絵を描いてほしかったの?」


「私ね、アイドルやってるの」


「アイドル? アイドルって歌って踊るあの?」


 遠野さんはこくりとうなずいた。


「ええ!? そうなんだ! すごいじゃん!」


「マイナーな事務所に所属する売れないアイドルだけど。街を歩いているところをスカウトされて、ユニットに加入したの」


「遠野さんが笑顔を振りまいて踊って歌う姿なんか想像できないよ」とポロッと口から出てしまった俺はすぐに「気を悪くしたらごめん、普段の物静かな遠野さんからは想像できないって意味だから」と釈明した。


「ううん、仕事中もこんな感じだから、だいたい合ってる」


「え? そうなの?」


「うん、気怠い系アイドル」


「斬新な売り方だね……」


「他の子は違うよ、いつも笑顔でニコニコしてるし。私はそのままでいいって事務所の人が決めたの。だから歌も起伏がなくて平坦だし、ダンスもみんなよりワンテンポ遅れてる。動画あるけど見る?」


 彼女はスマホを操作して俺に差し出してきた。

 そこにはライブハウスのような会場でダンスを披露する遠野さんの姿が映っていた。


 他のメンバーはキレキレのダンスなのに、確かに遠野さんだけ気怠い感じで踊っている。ワンテンポ遅れる彼女を鼓舞するみたいに彼女の衣装と同じ青いサイリウムが激しく振られている。

 

「ホントだ……、でもお客さんウケはいいんだね。クラスのみんなはこのこと知っているの?」


「たいして話題になったことないからみんな知らないと思う。学校には親が許可取っているはずだけど」


「これが今回の件と関係があるってこと?」


「絵を描いてもらったのは、単純に自分が他人からどう映っているか知りたかったから。ファンからは可愛いって言ってもらえるけど、実際のところ私は自分の容姿が他の子と比べてアイドルとしての価値があるのかよく分からない」


「どうして俺だったの?」


「外国で育った人の感性で描いてもらいたかったから」


「なるほどー」


「それに、自分が見ている物と他人が見えている物は必ずにも同じとは言えないでしょ?」


「え? それは……、たとえば特定の誰のこと?」


「ううん、この世界のすべて、あらゆる物」


「いや、さすがにそんなことはないだろ。だって林檎は誰が見ても林檎だし」


「それをどうやって証明するの?」


「写真とか、こういう絵とか」


「それはただ光の反射を受け取った器官が神経を伝達させて脳に見せているもの。ただの電気信号に過ぎない。個人個人で実際の見え方が違うかもしれない」


 数瞬、彼女の言っている意味が分からなかったけど、俺の中で何かが閃き点と点が繋がりそうな気がした。


「……そうか、確かに脳が見せているものだから自分が見えているとおりに他人が見えているとは限らない……」


「うん、色だってそう。赤ってなに? 青ってなに? 白ってなに? 黒ってなに? 自分にはそう視えていても他人が視ている色とは全然違うかもしれない」


 彼女のその一言でスイッチがパチンと入った音がした。


 その通りだ……、証明する必要なんてどこにもないんだ。なにも悩む必要なんてなかった。


「他人にどう見えているかなんて関係ないんだ……。自分が視ている物が真実、ただそれだけでいいんだ……」


 僕はなんてつまらないことで悩んでいたんだろう。

 思わず笑いが込み上げて来た。


「瀬戸くん?」


「ありがとう、遠野さん」


 なぜ感謝されたのか分からない彼女は首を傾げて、とりあえず「どういたしまして?」と返事をした。







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