第14話 美少女とエルフ

 日曜日の午後、俺は遠野さんとの約束どおり学校にやってきた。


 グラウンドでは野球部が練習する声が聞こえてくる。校舎の方からは吹奏楽部のこもった音色。

 俺は教職員用の昇降口から入って美術室に向かう。


 約束の二時までまだ十分もあるけど、扉の窓から中にいる遠野さんの姿が見えた。

 教室にひとり佇む美少女の姿は絵になる。どこか物憂げな深窓の令嬢、映画のワンシーンを観ているようだ。


「ごめん、待った?」


 美術室の扉を開けるとひんやり冷たい空気が流れ出てきた。先に来ていた遠野さんがエアコンを付けてくれていたようだ。

 俺の方に顔を向けた彼女は長い黒髪を掬い上げて耳に掛ける。


「私もいま来たところ」


 これだけ室内が冷えているのだから〝いま〟ってことはないだろうけど、定型句的なやり取り交わして俺たちは互いに向かい合って席に着いた。


「じゃあ、やろうか」


 こくりと彼女がうなずく。

 スクールバッグから鉛筆を取り出してスケッチブック開き、俺たちは互いに相手の顔を描き始める。


 外で活動する運動部の声、吹奏楽部の間延びした木管楽器の音、エアコンの室外機の音、鉛筆がスケッチブックの上を走る音、集中するほど周囲の雑音がひとつずつ消えていく。

 

 全体のデッサンを描いてから遠野さんの顔をつぶさに観察する。

 まつ毛が長い、目が大きい、鼻筋が通っている。唇がぷっくりしていて柔らかそう、顔が小さい。髪がさらさらでツヤツヤしている。

 誰もが認める典型的な美少女だ。


 モデルとスケッチブックを行き来する互いの視線がたまに合い、僅かだけど僕らは見つめ合う。

 こんなシチュエーション、本来なら舞い上がっていたところだ。冷静でいられるのは、それ以上の存在が隣の席にいるからだろう。


 別格、異質、人外、神がかっている、そう表現するのに躊躇する余地がないエルフの前ではどんな人間も霞んでしまう。


 なぜ俺だけがそう視える?

 なぜ水瀬さんなんだ?

 本当の水瀬さんはどんな顔をしているんだろう。


「瀬戸くんって水瀬さんのことが好きなの?」


 遠野さんが言った。

 俺の鉛筆が止まる。心を読まれたみたいで気恥ずかしい。スケッチブックに視線を落としたまま彼女は気にすることなく描き続けている。


「クラスで噂になってるよ、セトハルは水瀬が好きなんだって」


 そんな噂が立っていたなんて知らなかった。確かに俺は水瀬さんを目で追うことが多かったのかもしれない。好みのタイプをユートたちと言い合ったときも彼女の名を挙げたし、俺の行動や発言が周囲にそういう印象を与えるのは避けられない。


「さあ、どうだろうね、よく分からないんだ。俺は彼女が好きなのか、それとも彼女の属性が好きなのか」


 それが今の俺の正直な気持ちなのだ。好きか嫌いかで言えば間違いなく好きだ。だけど恋愛感情かと問われると分からない。彼女と付き合っている自分が想像できない。


「そう」


 なんとも気のない返事、遠野さんは特にゴシップには興味がなさそうだ。


「水瀬さん、可愛いもんね」


「え?」


 まさか遠野さんにもエルフが見えている?


「小動物みたいで」


「あ、ああ……」


 そういう意味か

 僕以外にも彼女がエルフに視える人がいるのかとちょっと期待してしまった。


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