第9話 トラップとエルフ

『あのよー、思ったんだけどよー』


 俺の前をアングロサクソンのマッチョなアバターが走っている。悪鬼のアバターになった俺はマッチョな背中を追いかける。


「なにを?」


『お前の隣の席のエルフちゃんのことなんだがよー』


「うん? 水瀬さんね」


『みんなが地味だって言っているって話だけどよー』


「うん」


『今日、お前はエルフちゃんをストーキングしながらマスターベーションかましてたって言ってたじゃんよー?』


「……ストーキングって言い方には語弊があるけどな、それからマスもかいてないけどな」


『エルフがいるのに周囲の人間の反応は特になかって言ってたじゃん』


「うん、みんなフツーだった。やっぱり日本ではエルフの存在が認めらているんだ」


『そこなんだよ、前にも言ったが日本にエルフがいたら、あっという間に世界中に拡散する。だがしていない。これが何を意味するか解るか?』


「……ひょっとして政府の情報操作か?」


『全然ちげぇよマザーファッカー。お前の眼がスクラップって可能性はないかってことだ。眼が正常なら脳みその方だな、くるくるぱーってことだ』


「え? どういうこと?」


『だからさー、お前だけがそう視えているんじゃねーかってことだよ三下野郎』


「え、ええ? ちょまっ……、つまり俺と他のみんなでは視え方が違うってこと? 水瀬さんだけが??」


『ああ、周囲の反応から鑑みてそう考えた方が自然じゃね? 私はお前の美的感覚がズレてるとはそれほど思えねー、私のことだってちゃんと天使に視えてたんだろ?』


「うん、初めて会ったときのジェニファーはマジ天使に視えた」


『……』


 海の向こうにいる彼女は黙ってしまった。過去形だったのがまずかったのかもしれない。「今でもジェニファーたんマジ天使ハウラブリー!」とフォローすべきだろうか。


『……ちなみに私とエルフちゃん、どっちがタイプだ?』


「水瀬さん」


『即答しやがってこの朴念仁が……』


 ジェニファーは大仰に溜め息を吐いた。

 

『とにかくだ。総合的に判断して、お前の視えているエルフちゃんと他の人が視えているエルフちゃんは違う可能性が高い。美的感覚の違いよりも、お前だけがそう視えていると考えた方が自然だし辻褄が合う、だろ?」


「だとしたら、なんで俺だけそう視えるんだ……」


『そこまでは分かねぇよ』


「じゃあ……俺だけが水瀬さんの正体を知っているってことか」


『いや、それもどうだか分からねぇぜ、〝お前だけが間違っている〟のかもしれない』


「っ!? そ、そんな……、俺の視ている水瀬さんは……、本当の彼女の姿じゃないってこと?」


『とりあえず眼科か脳神経の病院に行ってこい。間違っても精神科には行くなよ、間違いなくお薬を処方されるから』


 衝撃の指摘に茫然となった。ジェニファーのアバターを追っていた俺の悪鬼は、自分で仕掛けたトラップに引っ掛かって盛大にすっ転んだのだった。




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