第8話 欲求とエルフ

 この学校にはエルフの少女がいる――。


 とりあえず俺はそういうものだと思い込むことにした。

 アメリカにも色んな人種がいたし、とりあえず一旦現実を受け入れよう。郷に入れば郷にしたがえってことで、細かいことは後回しだ。あれこれ悩むよりもエルフのいる日常を楽しんだほうがいい。


 そして、転校してから初めて迎えた日曜日、俺はテニススクールに通うため電車に乗っていた。

 部活とは別に親の知り合いが運営するスクールに所属していることは、テニス部の顧問の了承を得てある。


 都心に向かう電車はそこそこ混んでいてシートはすべて埋まっていた。けれど立っていればそこまで窮屈さは感じない。

 籠原さんの話によると通勤通学ラッシュ時はすごく混んでいて身動きも取れないほどだそうだ。

 ちょっと想像できない。そんな状況で彼女たち女子高生は大丈夫なのだろうかと心配になってしまう。


 そんなことを考え、ドアにもたれかかりながら外の景色を眺めていた俺の眼に、エルフの少女の姿が映り込んだ。

 ドアガラスに反射する不確かなシルエットでも、ひと目で彼女だと気付く。


 他の誰でもない、水瀬さんだ。


 眼鏡を掛けたエルフがシートに座って文庫本を読みふけっている。なんてミスマッチな光景なんだ。だけどそれがいい。しかも制服じゃないくて私服の水瀬さんだ。俺はファッションに疎いから上手く説明できないけど、フリルの付いた水色のワンピースが良く映える。

 

 ――やっぱりきれいだ……、ずっと眺めていたくなる。


 彼女は俺に気付いていない。なので俺は彼女に声を掛けず目的地に着くまで観察することにした。

 ジェニファーには悪趣味だと軽蔑されるだろうけど、僕は彼女のことが気になって仕方ない。目が引き付けられてしょうがない。


 周囲の誰もエルフの彼女に気付かない、興味を示さない。ということは学校だけじゃなくて、この地域にエルフの存在が認知されている。そうでなければ彼女は注目の的でしかない。


 俺が降りる駅まであと四つ、彼女はどこへ向かっているのだろう。


 駅で停車した電車が再び動き出してしばらくしてからだった。水瀬さんが立ち上がる。次で降りるのかなと思ったらそうではなく、彼女は前に立っている腰の曲がったおばあさんに席を譲ったのだ。


 おばあさんからお礼を言われた後、ふたりは何度か言葉を交わしていた。

 彼女の横顔はとても明るくて、人懐っこそうに笑っている。


 思えば彼女の笑顔を見るのはこれが初めてだ。

 学校では見せない彼女の顔を見た瞬間、子供の頃に行った花火大会の会場に向かっているときみたいに胸がざわめいた。


 俺はみんなが思っているような爽やかな男じゃない。ジェニファーが言うよりに爽やかな仮面を被っているだけで、人並みに性欲はある。

 彼女に、エルフに触れてみたい。あの耳に、そして唇に触れたい。

 その欲求は日に日に強くなっていく。



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