第5話 堕天使とエルフ
日本時刻午後八時、米国ボストン時刻午前七時。
地球は自転するため世界の時間は同一ではない。だけど、オンラインゲームには昼も夜もない。ログインした時間がオンタイムだ。
廃屋で身を隠すふたつのアバター。
マッチョなアングロサクソンのアバターがジェニファーで、そいつと向かい合うアジア人女性のアバターが俺だ。
ジェニファーとはリアルでも友達で、日本に帰ってきたからも定期的にネットゲームをプレーしながら通話している。彼女の要望で使用する言語は日本語だ。これは彼女の日本語の勉強のためである。といっても彼女の日本語力は既にペラペラの域を超えて災害レベルだ。
彼女の本性を知る者は彼女の美貌を揶揄し口をそろえてこう言う。
〝オフは
『よう、日本の学校はどうだ? 爽やかな仮面をかぶった屁理屈クソ野郎』
精錬な水面のような透き通った女性の声がヘッドセットを介して聞こえてきた。
良家のお嬢様である彼女はゲーム中、ものすごく口が汚い。周囲の求める自分を演じているとストレスが溜まるそうだ。その捌け口がネトゲという訳だ。
「あ、そうだ! 聞いてくれ、すごいニュースがあるんだ! エルフがクラスいたんだよ!」
『エルフがレイプされただと?』
「全然違う! エルフがクラスにいたんだよ!」
『はあ? エルフがクラスにいただぁ?』
「ああ、隣の席の女の子がエルフだったんだよ」
『それはなにかの比喩か?』
「いや、マジモンのエルフだ」
『あのなぁ、いくらギークの私でもそんな嘘に騙されねーぞ、このスカポンタンのクソディック野郎』
「相変わらず口が汚いな」
『汚いのはお前の粗チンだ、チンカス野郎』
「女の子がそんなことを言ってはいけません」
『はあ!? おめぇセクハラで訴えるぞアスホール!』
画面の向こう側で中指を突き立てている彼女の姿が容易に想像できてしまう。
「……話を戻すけど本当にいるんだよ、エルフが」
『はっ、一万歩譲ってそれがホントならよかったじゃねーか。エルフの同級生なんて羨ましいぜ。クラスメイトも大喜びだろうな』
「いや、それがみんな普通なんだ……。どうやら日本ではエルフが珍しい存在ではないようだね」
『んな訳ねーだろ、そんな話聞いたことねー。実在したら世界中が大騒ぎだ』
「じゃあ彼女は一体何者なんだよ、あの長い耳はなんなんだ」
『コスプレじゃねーの? 日本人は普段でもコスプレするんだろ』
「コスプレ……。作り物の付け耳を付けているってこと?」
『さあな、実際見た訳じゃねーから私には分からん』
「それに顔もすごい綺麗で小っちゃくて、ちょっと神がかっているっていうか、とにかくすごく美人なんだ」
『お前の語彙がしょぼすぎて全然すごさが伝わってこねーぜ、とにかくクラスの男共が常にフルボッキってことか?』
「いや……それがさ、クラスメイトは彼女のことを地味だって言うだ。どう見ても彼女は地味なんて表現に当てはまらない」
『
「そういう次元じゃないんだ。誰が見ても綺麗だって答えるはず、だけど……そうなのかなぁ、俺の感覚がズレてるのかなー。今度、本人に聞いてみようかな……」
『あなたはエルフですかって? やめとけ頭がおかしいと思われるぞ。それにもしかしたら何かの病気かもしれないだろ、先天的か後天的か知らんがセンシティブな問題だとしたら安易に触れない方がいいんじゃねぇのか?』
「……そうか。うん、そうだね」
『おら、
おっさんのアバターが走り出す。少し遅れて走り出した俺の背中に悪鬼が投てきしたバールが突き刺さり転倒する。
彼女の言うように、何か事情があるのかもしれない。
でも、みんなが彼女のことを地味だというのはやっぱり気になる。
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